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気がつくと、そこはお花畑だった。
視界いっぱいに広がる、野の花が咲く野原だ。
「こんな場所のどこにくくりひめがいるのだ」
満夜が途方に暮れていると、どこからか歌う声が聞こえてきた。
「らん、らんらら、らんらんらん。らん、らんらららん」
「歌?」
声のするほうへと近づいていく。世界は意外に小さかったのか、さっきまで見えなかった人影が前方にぽつんとあった。
さらに近づくと、その人影が小さな子供だとわかった。簡素なワンピースを着た、可愛い女の子だ。どことなく菊瑠に似ている。
「あの子供が、くくりひめなのか?」
今度は確信を持って近寄っていった。近寄っていくのに、なぜか女の子はどんどん遠くなっていくような錯覚を感じる。かと思えば、望遠レンズから覗いたように女の子がぼわんぼわんと大きくなるような気もした。
駆け足で近寄っていっても、全然距離感が変わらない。とうとうヒイヒイ言いながら立ち止まった。
「なんなんだ、あの子は……。呼んでみたら気付くかもしれない。おーーーい!!」
すると、遠目からでも女の子が振り返ったのがわかった。
「お、気付いたか? おーーーーい! ここだ!!」
女の子の顔がこちらを向いた、かと思った途端。
ずわぁぁぁん!
あんなに小さかった女の子がいきなり巨大化して、満夜を見下ろしていた。ヨモツシコメよりも大きな女の子に見つめられて、さすがの満夜もたじろいだ。
「なんなんだ、ここは……!? 遠近感覚も何もかもおかしいぞ」
「なぁあぁぁぁにぃぃぃ?」
声も拡声器を使ったように大きく、間延びして聞こえた。
くくりひめの目がまるで新しいおもちゃを見つけたかのように輝く。
「小さいお人形さん、見つけたぁ!」
「ひっ!」
満夜は慌てて逃げ出したが、まるで水の中を走るように思うようにいかない。
「ぬおぉぉぉぉっ!!」
全力疾走で空気をかき分けて逃げ回った。
背後からドシンドシンと足音が近づいてくる。
捕まったら食われる——っ!!
謎の恐怖が満夜の脳裏をよぎった。そのとき、自分の真上に影ができ、慌てて見上げた。
巨大な子供の手のひらが、ずずんっと迫ってきて、あっという間に満夜を掴んでしまった!
「うわあああああぁぁぁぁ! 放せぇぇぇぇ!!」
満夜は威嚇するように、自分を持ち上げたくくりひめに向かって大声で言い放った。
「わぁ、このお人形さん、しゃべってる!」
全く効果がないどころか反対に喜ばせてしまった。
キャッキャと喜んでいるくくりひめが、反対の手に持った花輪で満夜を縛り付けてくる。
花弁が満夜の顔ほどもあるところから推測するに、くくりひめが大きくなったのではなくて自分が小さくなったのだと悟った。
「なんと言うことだ! これでは話ができんではないか! くくりひめ、オレの言葉を聞けぇ!」
それなのに、くくりひめはふんふんと鼻歌を歌いながら、満夜に巻き付けた花の上からさらに花の茎を差し込んでいく。
「こ、このままでは一生ここから出られなくなってしまう……!」
満夜はどうすれば良いのか必死で考えた。ここに来て満夜の自由が利かなくなったのは、ここがくくりひめの潜在意識、魂の中だからだ。
くくりひめの魂を揺さぶるような何かを話さねば、きっと一生くくりひめのおもちゃにされてしまう。魂がこのまま囚われれば、現実の満夜の目は覚めず、体は生きながらに腐ってしまう可能性がある。
そんな悲惨な目に遭うわけにはいかない! なんとかしてこの窮状から脱しねば!
くくりひめが転生してまで、なぜいざなみのもとにいたかったか、それを思い出させれば、くくりひめは本来の魂の年齢になるかもしれないと思った。
「くくりひめぇぇぇっ! いざなみがおまえに聞きたいことがあるらしいぞ!」
すると、くくりひめの手が止まり、満夜を大きな瞳で見つめた。
「おかあしゃまが?」
「そうだ! くくりひめ。おまえが最後に自分に伝えた言葉をもう一度聞きたがっているぞ」
「うーん?」
くくりひめがかわいらしい顔で首をかしげながら、考え込んだ。
「最後の言葉?」
「いざなぎから言付かった言葉だ。覚えてるだろう!?」
「くくりひめ、覚えてないよ」
「なんだと!?」
満夜はその言葉を聞いて愕然とした。やはり、三歳児だからなのか、あまり当てにならない。
「では、いざなみがいざなぎに伝えた言葉は思い出せるか!」
一応、いざなみの恨み節では聞けずじまいだったが、これが思い出せれば、関連のある言葉でどんな伝言だったかわかるかもしれない。
「うーん?」
「こっちも思い出せないのか!?」
「わかんなぁい!」
にこーっと可愛く笑って、くくりひめはさらに花の茎を満夜に巻き付け始めた。
「ぐおおおおおっ!!」
もがきまくるけれど、みっちりと絡みついた茎のせいで身動きもできない。
このままでは、さっき危惧したとおりになってしまうかもしれない。
「どうすればいいのだぁぁぁぁああっ!?」
と叫んだ瞬間——。
どごおおおおんっ!!
凄まじい音ともに巨大な何かが空からふってきた。
「きゃあ」
「愚か者がぁ!」
「なんだとお!?」
三つの声が同時に発せられた。
満夜の目の前に大きな黒い瞳があった。茶色い毛に覆われたレッサーパンダだ!
「鵺!?」
「いざ来てみれば、情けない。愚か者が、くくりひめの魂に恐れ戦いて縮んでしもうたか!」
「恐れてなどっ……」
いや、確かに満夜はくくりひめの大きさに驚いて逃げてしまったし、食われてしまうと恐怖に襲われた。
「わぁ! たぬきちゃん!」
「たぬきなどではなァいっ!」
カッと赤いお口を開けて鵺が威嚇した。
くくりひめと鵺の大きさがほぼ同じだった。きっと鵺自身がくくりひめを恐れてなどいないからなのだろう。それが満夜のプライドを傷つけた。
「くそぉ……」
もう恐れてなどいられない。くくりひめと鵺が同じ大きさと言うことは、年上の自分はさらに大きいと言うことになる! 満夜はそんな自分を脳内で再生した。
もっと自分を大きく感じてみた。宇宙の小惑星にすぎない自分が、土星ほどの大きさになるイメージだ。肉と血潮が体の中や心臓に詰め込まれていく。ぬいぐるみの綿のように体の中がぎゅうぎゅうだ。
ミチミチミチ……!
確かな手応えとともに、体に巻き付いていた茎が引きちぎれていった。水の中にいるような空気の重さがすっかりなくなった。
目をしっかりと開けて巨大化した自分を実感した。と思ったのだが、満夜の大きさはくくりひめと変わらないものだった。
三歳児の満夜が、くくりひめの目の前にお座りし、目玉をぱちくりさせた。
「なんで、子供の姿なのだ!?」
「それは、くくりひめの許容範囲が子供限定だからだ。愚か者」
真横にはもふもふとした毛並みの鵺がちょこんと座っている。
二人と一匹は花畑の真ん中で仲良く並んで座っていた。
「おままごとぉ!」
くくりひめが満夜と鵺を見てキャッキャと手を叩いて笑った。
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