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「明けましておめでとうございます」そんな言葉が交わされる季節がやってきた。
犬はよろこび庭駆け回る。レッサーパンダはこたつで丸くなる。人間もはんてんを羽織って、こたつに手足を突っ込み、年始のつまらないテレビを見ている。
「つまらん」
食い散らかされたミカンの皮を里海が捨てながら、つまらなそうにつぶやく愚息に目をやる。
「年始の挨拶にでも行ってきたら? 凜理ちゃんとこにまだ挨拶行ってないでしょ」
「うむ。そうするか……土産はミカンで良いか」
「バカね、そのミカン、凜理ちゃんとこからもらったのよ。とりあえずお酒にしときなさい」
「芸のない……いつも酒ではないか」
「あちらは御神酒がいつも必要だから良いの!」
里海に一升瓶を持たされて、満夜は出掛ける準備をした。
「鵺、キサマも行くか?」
「ふいー」とため息をつきながら、鵺がこたつからのそのそと出てきた。ぽっかぽかの毛玉だ。
肩の上に天然の毛玉湯たんぽを巻き付けて、満夜は寒空の下、玄関を出た。
「ついでだ、白山邸にも寄っていくか」
満夜はあの眠りの淵事件からずっといざなぎのことを考えていた。
なぜ、忠志が自分をいざなぎだと自覚した後、眠りの淵へいってしまったのか。ヨモツヘグイしたはずのいざなぎがなぜまだ黄泉に行かず、いまだに眠りの淵にいるのか、など。
考えても答えが出せない。ならば、いざなみの意見も聞こうと思ったのだ。
「口寄せもオカルト研究には欠かせないものだ」
うん! と力強く頷いた。それに、今までちゃんと口寄せしている場面を見たことがないから、好奇心もあった。
いざなぎ神社を久しぶりに参道から鳥居をくぐる。ちゃんと手水舎に寄って身を濯ぎ、拝殿に参拝した。
一升瓶を手にしたまま、社務所に立ち寄る。
「おい、酒を持ってきたぞ」
お守りを売る窓口に立つ、巫女姿の凜理に満夜は声を掛けた。
「明けましておめでとう、満夜。今年もよろしくお願いします」
「それは大晦日にもいった」
「あれは今年はお世話になりました、やろ」
「まぁ、いい。これを母ちゃんが持って行けといったから渡す」
「ありがと」
「相変わらず、お屠蘇はおまえから離されてるな」
満夜が参拝者に振る舞うお正月のお屠蘇がかなり向こう側の端っこに置かれているのを見つけた。
「当たり前や。昆布とスルメやで。うちがどないになるかしっとるやろ」
「家族全員が知っていてなお、おまえの秘密がばれてないのがおかしい」
「普通、自分の娘が妖怪みたいになるとは思わんて」
「そりゃそうか。そういえば、おまえ、このあと暇か?」
「お昼休みがあるけど?」
「ちょっとした疑問解消のためにいざなみに会いに行こうと思っているのだが、おまえも一緒にどうだ?」
凜理が首をかしげる。
「疑問解消になんでいざなみにあう必要があるん?」
「いざなぎがなぜ未だに黄泉にいるか、いざなみに会えていないかが気になる」
「そういえば、そんなこといっとったなぁ。でもうち、そんな暇あらへんねん」
「ぬぅ……そうか。ではオレ一人で行ってこよう」
と言ったとき、凜理の後ろから嵩が顔を出した。
「明けましておめでとう! 満夜くん」
「うむ。明けましておめでとう」
「凜理に用か?」
「うむ。ちょっと凜理を借りたいと思ってな」
「そうか……凜理も満夜と話したいだろう? 行ってきていいぞ」
「気前の良いおじちゃんだ。感謝しろよ、凜理」
「おまえが言うな! お父さん、ありがとう。じゃあ、うち出掛けてくる」
「遅くならないように!」
「はーい」
社務所から奥の自宅に引っ込んだ凜理が、境内にいる満夜のところにやってきた。巫女衣装は着替えて私服姿だ。暖かそうなボアの付いたセーターとコートに、寒くても女子力を発揮する赤のチェックの巻きスカートだ。ムートンのブーツを履いて、防寒は完璧だった。
満夜はいつものジーンズにトレーナー、かろうじて紺色のダッフルコートを着ている。
「年がら年中同じ服やな。さむないのん?」
「気合いでなんとかなる」
「それ以前に首回りに鵺がおったらさむないか」
「別にこんな獣おらんでも関係ない」
「獣とは聞き捨てならぬな。我こそは鵺なるぞ。あがめ奉らぬか。それにせっかくの酒をこのような社に納めるとはもったいない。現つ神がここにおるのだ、わしに供えるのが筋であろうが」
鵺がふんすと鼻息も荒くして言い放った。
「フンスフンスと耳元に鼻息を吹きかけるな! 酒ならしこたま飲んだろうが! まだたりんというのか」
「酒を一升もでくの坊の神に供えるくらいなら、わしに供えたほうが験がいいぞ」
「見返りにビリビリショックでも与える気か。もっとましな能力を与えろ」
「それはおまえがわしに生き血を与えぬからだ!」
「まともな神が生き血を求めるな!」
「なんだとぉ!?」
「なんだ、ヤルか、おらぁ!?」
「まぁまぁ、けんかせんと仲良うし。ほら、白山さんの家やで」
襟巻きとけんかをしているようにしか見えない満夜をなだめた。
インターホンを鳴らすと、いつものごとくいつ自宅に帰っているかわからない信者のおばさんが出た。
「白山くんと美虹くんはいるか」
『お嬢様はお二人ともご在宅です。どうぞお上がりください』
「うむ」
美虹の代に変わってからは、信者も素直に満夜たちを迎え入れるようになった。
玄関を開けると、姉妹が出迎えてくれた。
「明けましておめでとうございます!」
「あけおめ〜」
「うむ。今年も頼むぞ」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
凜理が頭を下げると、姉妹も一緒にぴょこんと頭を下げた。
「年始参りですか? 芦屋先輩」
「いや、ちょっといざなみに聞きたいことがあってな」
「ここではなんだから、上がったら?」
美虹に促されて、満夜と凜理は祈祷所に案内された。
「満夜くんからいざなみ様と話したいって何事?」
「うむ。先月いざなぎが眠りの淵にいる話をしただろう。あれが気になってな。黄泉にいるのならば、なぜいざなみに会おうとしないのか……」
「そうなんだ……夫婦だったんだから遠慮なんて必要ないのにね」
「それでな、いざなみと話をしたいと思ったのだ」
「わかった」
美虹がうんと深く頷いた。
「……で、いざなみと話すには何かしないといけないのか?」
『すーはーすーはー……はい、いざなみでーす』
美虹が明るく声を上げた。
「は?」
「や、ちょっと軽ぅない?」
美虹の口調に驚いた満夜と凜理があんぐりと口を開けた。さすがの満夜もいざなみと話すにはもっと儀式めいたことをすると思っていただけに、たった二回の深呼吸でいざなみと美虹が入れ替わるとは思わなかった。
「もっと仰々しいのかと思ったぞ、いざなみ」
驚きつつもすぐにいざなみに変化した美虹を受け入れた。
「満夜、もうちょっとおどろこ」
「これ以上驚くことがあるか。オレは眠りの淵までいって裸で帰ってきた男だぞ」
『いざなぎ様のことでしょ〜』
いざなみが口を尖らせていった。どうやら拗ねているようだ。
『鵺様まで集まってますし、ちょっと愚痴らせて』
「愚痴など聞きたいわけではない。いざなぎがなぜ、おまえのもとに行こうとしないのか、それが謎なのだ」
いざなみもそれに関して不満を持っているのか、うんうんと頷いて腕を組んだ。
『まずは、わたくしの愚痴を話してから、あなたの話を聞くことにします〜』
「いや、おまえの愚痴を聞くつもりで……」
みなまでいわさず、いざなみは満夜を無視して話し始めた。
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