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学園祭当日。
快晴に少しだけうろこ雲の浮かぶ空。風はひんやりと冷たいけれど、空気は澄んでいて、太陽の日差しはぽかぽかと暖かい。
校門は花や色とりどりの看板で飾られていて、アーチ状の紋に象られている。
学園の校庭には毎年恒例の屋台が来ていて、大人たちも一緒になってわいわいと賑やかだ。平坂高校は学園祭で商店街などの人たちにも呼びかけて、屋台を出してもらっているのだ。
校舎にも垂れ幕がかかっていて、学園祭を祝っているムード満点だ。
一学年五クラスあるなか、催しのないクラスも所々ある。そういうクラスの生徒はみな何らかの倶楽部に所属していて、そちらの催しに忙しい。
空いたクラスがもったいないので、大抵は隣のクラスが間借りして舞台裏にしたり、催しを拡大したりする。
凜理のクラスも同じで、お化け屋敷の拡大を試みて成功していた。
廊下の一部からお化け屋敷の設備がはみ出しているがご愛敬だ。教室をろの時に通路を作り、もう片方も同じように通路を作っている。小文字のgのような形だと思ってもらっていい。
初日からなかなかの反響で、凄い怖かった! あんな風なお化けは初めて見た! と言って、中には泣き出す女子もいた。
「ええ感じやん」
ねこむすめ扮する凜理も仲間同士で喜んでいるのだが、他の女子が扮するお化けとは違い、ねこむすめの凜理は客寄せパンダよろしく、教室の前で呼びかけの役目を任されたいた。
ミニスカートから伸びる白い足が眩しい。可愛い真っ赤な厚底の靴がよく似合っている。アニメでよく見るねこむすめのように赤いワンピースに白いブラウス装着だ。
長い青みがかった黒髪に赤いカチューシャを付けているがピンと立った耳としっぽは作り物だ。
凜理はこんな場所でよもや本物のねこむすめに変身することはあるまいと油断していた矢先、タキシード姿の——と言っても凜理の父親から借りた黒いフォーマルに蝶ネクタイをしているだけだが——満夜がやってきた。
ふんふんと楽しそうに鼻歌を歌っている。
「あ、満夜——っ!!」
声を掛けてから、凜理はぎょっとした。満夜の手にある、とあるものに視線が釘付けになる。
「あ、アカン! 満夜、こっちに来んどいて!」
凜理は叫んだが、満夜は全く意に介さず、その手に持ったものを凜理の鼻先に突きつけた!
「ふにゃああああん」
凜理が甘えるような可愛い泣き声を発し、満夜の手からそれを取り上げて、頬にこすりつける。
「ふはははは! 存分に味わうがいい。差し入れのマタタビだ」
あまりの乱れ具合からカチューシャが撮れて猫耳が落ちたのに、凜理の頭には立派な黒い耳が生えている。ふと気付けばスカートの中から出ているしっぽは二本に増え、意図せず猫又になっていた。
「あ、本物そっくり!」
などという観客に指さされ、その効果でお化け屋敷にぞくぞくと人が入っていく。
「にゃにゃにゃーん」
凜理が我に返る前に、満夜はマタタビに付いた紐を凜理の首に掛けると颯爽と去って行った。
「ひどいにゃ、でも嬉しいにゃ」
凜理の意識は次第にクロと化し、すっかり猫化して、いつまでもニャンニャンと鳴きながら、マタタビを頬にこすりつけていた。
それを横目に確認し、満夜は自分の教室へ引き返していった。
「このくらいしなければ、こんなつまらん催しに参加する意味などない」
「芦屋くん、どこ行ってたの。このジュース、一番テーブルに持っていって」
クラスメイトの女子にトレイをぐいと掴まされる。その上にはオレンジジュースのコップが一つ乗っている。
「うぬぅ……」
「ちゃんとお帰りなさいませお嬢様って言うんだよ!」
女子に念を押されて、満夜は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
シックなカーテンをくぐると、そこには机を合わせて作ったテーブルがいくつかあり、メイド姿の女子と執事姿の男子が客の相手をしている。
メイドの女子は男客相手、執事姿の男子は女客相手だ。
そして向かう一番テーブルには見覚えのある女性が座っているのと奇妙なものがいた。
美虹とアライグマだ。いや、アライグマの着ぐるみを着た菊瑠だった。
「ただいまぁ!」
美虹が楽しそうに声を掛けてくる。満夜は悔しそうな口調で、
「くっ、お帰りなさいませ、お嬢様」
と答えた。
「うふふ、満夜くん執事姿似合ってるね!」
「芦屋先輩、背広が似合います。なんだか没個性が意外にしっくりくるというか……」
「うるさい」
アライグマは着ぐるみのせいで話し声がくぐもって聞こえるが、満夜を容赦なくぶった切ってくる。
「お客さんにうるさいなんていったら駄目だぞぉ」
からかい半分で美虹がニヤニヤ笑った。美人なのにあくどい笑みがよく似合っている。
「早くのんで、さっさと帰ってくれ。オレは忙しいのだ!」
けれど、教室の中はけっこう閑散としている。催しとしては失敗である。
反面、隣の凜理のクラスは大反響だ。
「凜理ちゃんの様子がかなり変だけど良いの? お酒飲んでるのかな?」
「マタタビを与えただけだ。そのうちに目が覚めるだろう」
「薙野先輩、軽業師みたいなことしてますよ!」
「うちの戦闘部員だからな、身のこなしは軽ければ軽いほど良いのだ」
満夜がフフンと自慢げにいった。
そうこうしているうちに、凜理の体操部のような見事な身のこなしを見物している客たちがついでにメイド喫茶にもなだれ込んできた。
「おまえ達、回転が悪くなるから帰れ!」
「満夜くん、帰れじゃないでしょ。行ってらっしゃいだよ」
「行ってきまーす」
アライグマと美虹はそう言って去って行った。多分隣のお化け屋敷に入るつもりなのだろう、隣のクラスの受付係に話しかけている。
隣からはひたすら叫び声が聞こえてくる。それがけっこううるさかったりする。
「一体、どんな化け物を出しているんだ?」
さすがの満夜も興味が湧いて、うずうずしてきた。
そのとき、一際でかい叫び声が響いた。一瞬みんなが振り返り、ぎょっとした顔でお化け屋敷を見た。バタバタと走り抜ける音がして、
「芦屋先輩! 薙野先輩! で、で、で、で、出ました〜〜!!」
猛烈な勢いでアライグマが叫びながら、黒いカーテンから飛び出してきたではないか!
そっちの方が怖くて、廊下で立ち止まっていた客たちが「ぎゃー!」と叫んだ。
「な、なにごとだ!?」
「な、なんにゃ!?」
アライグマのあまりの勢いに満夜も凜理も駆け寄った。
「どうしたのだ」
「で、で、出ましたぁ」
「なにが出たんにゃ」
まだクロが表に出たまま、不思議そうな顔でアライグマを見ている。
「お、お化けが、お化けが出たんですぅ!」
「お化け屋敷だからお化けぐらい出るだろう」
なんだそんなことか、大袈裟なとでも言いたげに満夜は言った。
「そ、そうじゃないんです。ね、お姉ちゃん」
見れば、三人の背後に美虹がたたずんでいる。彼女の表情は別段いつもと変わりない。
「確かに出たよ」
しかし、その口から発せられた言葉は普通ではなかった。
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