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「え? どないしたん」
「不思議には不思議で対抗する。不思議オカルトに対抗できるのは……、お前だけだ!」
と言った満夜の手には、猫のおやつ煮干しジャーキーが握られていた。
「いけ! ねこむすめ」
「にゃあああん!」
煮干しの匂いにつられて、凜理に取り付いたクロが表に出てきた。凜理の頭に耳が生える。
「んなわけあるかいな!」
と同時に、勢い良く凜理の手の甲がハリセンのように、満夜の胸をどついた。
「うぐっ!」
「なんで、あたしが解決せなあかんねん!」
「何を言うのだ! オカルトを嗅ぎ分ける嗅覚が、ねこむすめになったお前には備わっているだろう!?」
「至って普通の猫の鼻や!」
凜理は気になってしょうがない煮干しジャーキーを目で追いながら、満夜に突っ込んだ。
「そうなのか……。それは残念」
「と言うか、そのジャーキー、しまってくれへん」
凜理の口の中によだれが溜まっていく。このままだと、満夜に襲いかかってジャーキーを奪ってしまいそうだ。
「わかった」
満夜は残念そうにジャーキーの包みを閉じて、ポケットに入れた。
「とにかく、ここまで来たんやから、なんか手がかりになるようなもん探すしかないんやないの?」
「うむ」
満夜は顎を撫でながら、観音像に近寄った。
「行方不明の少女の名は、田中幸子。一昨日から行方不明。最後の目撃者は、下校中の友人、小林美智子。目撃場所は、この麓にある平坂公園。この観音堂と平坂公園に何かヒントがあるに違いない!」
観音像を、満夜はビシィッと指差した。
「ほんま、格好と口だけやなぁ」
「そんなことはないぞ」
「ふう、ようやく耳が収まった」
凜理は頭を撫でながら、ため息を吐いた。
「ジャーキーとか勘弁してぇな。あたしの意志でねこむすめになってるのんと違うんやから」
「お前の魂の奥底に秘められたる摩訶不思議な猫の力が、お前の体に変化を及ぼしているのだな」
「クロちゃんに取り憑かれてるだけや」
「しかし、クロも一体何のために取り憑いてるのだ。全く役に立たないではないか」
「クロちゃんは、あたしと一緒にいたいだけなんや。ずーっと一緒に、な」
「オレもずっと一緒にいてやってもいいぞ」
「あんたとは、はよう縁が切れてしまいたい」
二人はお堂を前にして騒いでいたが、いきなり、満夜が黙った。
「何か音がする」
「?」
満夜の言葉に、凜理は耳を澄ませた。地面に落ちた枯れ草や枯れ枝を軽く推し曲げる音。カサカサとかき分ける音がする。
「そこだ!」
満夜が指差した先はお堂の脇。そこに、白い大きなアオダイショウがいた。
「ふにゃああああ!」
蛇に興奮した凜理の頭から再び耳が飛び出て、蛇に飛びかかろうとした。それを満夜が食い止める。首根っこを掴むと、ねこむすめはおとなしくなった。
「白とは吉祥な!」
満夜が両手を合わせて、「部員増員、部員増員」と祈っている。そうこうするうちに、蛇は消えてしまった。
「蛇にゃ!」
いつもの京都弁ではない猫語が、凜理の口から飛び出した。
「満夜のせいで、蛇が逃げたにゃ!」
凜理ではなく、クロに入れ替わってしまったかのように、満夜に文句を言った。
「落ち着け、凜理。そうやって、雀やら道端の草なんかに興奮するたびに、オレが助けてやった恩を忘れたのか」
すると、凜理がもじもじした。俯いて、上目遣いで満夜を見る。
「忘れてないにゃ」
「じゃあ、凜理を困らせないためにも、お前は俺の言うことを聞くんだ」
「わかったにゃあ」
本能を強く揺さぶられた時、凜理は半分クロと化してしまう。凜理にもそれが分かっているけれど、どうすることもできないようだ。
ようやく興奮が収まったのか、凜理の頭から耳が消えた。
「白蛇……。この真下にある公園には蛇塚がある。その蛇塚と関係のある、ヌシだろう」
「ヌシ?」
凜理が首を傾げた。
「そうだ。蛇塚の中には、無数の毒蛇がうずを巻いている、という話を聞いたことはないか。もしくは化け物がいる巣穴だとか。その化物は蛇の姿をしていて、巨大な力を持っているために、とある旅人の手によって、蛇塚に封じ込められたのだ。その蛇塚も、封じられてから千年以上経っている。もしかすると、封印が解け始めているのではないか!?」
「ちょっと待ち……。蛇塚に封じられてるのが白蛇だって根拠はなんやの?」
「蛇だから」
自慢気に満夜が両手を腰に当てた。
「それより日が暮れてまう。なにか考えがあって、ここに来たんやろ?」
満夜が顎をなでて不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふっふ。それはしっかりと考えてある。オレがお願いごとをすればいいのだ!」
「それだけ?」
「それだけとはなんだ? それで十分ではないか。オレが願い事を身代わり観音にすれば、自ずと依頼主と同じ状況がやってくる。その時に事件解決だ! お前はオレをくまなく見張っていればいい」
「ちょっと待ち! それ解決じゃなくて、巻き込まれるってやつやないの! もし、あたしがあんたを見逃してしもうたら、どないするの!?」
「その時はその時だ!」
「偉そうに胸を張るな!」
満夜は突っ込もうとする凜理の手を止めた。
「体を張っていると言ってもらいたいな。これでもオレは真剣なのだ」
「う……」
いつにない、満夜の態度に凜理は口をつぐんだ。
「さて……」
満夜がポケットから押しピンと紙を取り出す。
「なんて書いてあんの?」
満夜は凜理の目の前に紙を突き出した。
太く黒いマジックペンで、
「部員増員!」
と、書いてあった。
「あんたの願いはそれだけなんか!」
「そうだ! この願いが叶えば、仮クラブが正式なものとして認められるくらいの部員がやってくるかもしれない! オレはそれを期待してるのだ!」
「メチャ私欲の塊やないの!」
「悪いか!」
夕焼けに赤く暮れなずむ平坂山の頂上で、黒い影が二つ。お堂に寄り添い立っている。黒い影の一つは、自分の思いの丈を書き綴った紙を思い切り、身代わり観音に打ち込んだ!
「部員増員!!」
声高に叫ばれた言葉がこだましながら、平坂町の上空に響いた。
ダイナミックに願い事の紙を、身代わり観音の胸に打ち込んだ満夜を、凜理は呆れたように見やった。
「凜理」
打ち込んだ後、下を見ている満夜がつぶやいた。
「なんやの?」
「この紙、心臓じゃなくて、頭部のほうが効き目あると思うか?」
「紙の位置に迷っとるんかい!」
「位置は大事だ!」
「位置の問題やのうて、問題は行方不明の田中幸子ちゃんが見つかることやろ!」
「そうだ、そうだが! 部員増員も切実な願いだ!!」
「心臓でも頭でも好きなところに貼ればいいやないの!」
「やっぱりそう思うか!」
よしとばかりに、もう一枚紙を取り出した満夜は、ためらいなく二枚目の紙を身代わり観音の頭に打ち込んだ。
「部員ぞうい……ッ、あぐぅっ!」
最後まで言わせず、凜理は平手で満夜の後頭部を叩いた。
* * *
すっかり、日が暮れた中、二人は山を降りる。満夜と凜理は同じ帰路についた。公園を横切って、町の東にあるいざなぎ神社に凜理が入っていくのを見届けて、満夜は近くにある自宅に向かった。
高い建物の少ない新興住宅地の空は開けて、街灯が殆どないために空の星がよく見える。
満夜が小さい頃は、この辺りは野っ原や林だった。行ってはいけないと大人たちに言われる場所もたくさんあった。今はそんな場所もなくなって、いわれのわからないものだけが残った。そこだけは大人たちは手を入れることを拒んだのだ。それに、潰してしまおうとした工事が何度も頓挫したせいもある。
平坂町には、黄泉に開く入口がある、と凜理の父親・嵩が教えてくれた。いざなぎ神社はその封印をしている場所なのだ、とも。
そして、間違いなく、封印をした子孫は満夜でもある。はるか昔に、この一帯を騒がせた化物を封印した先祖の血が、満夜にも流れているらしい。
それが、満夜を勇気づけた。
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