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「先生! 地図を持っているか!? 江戸時代初期のヤツだ!!」
朝起きて登校準備をする前に満夜は急いで八橋に電話を入れた。
電話の向こうから、八橋の眠そうな声が聞こえてくる。
「国絵図のこと? 平坂国の国絵図ならあるよ」
「ならばそれを持ってくるのだ! それと解読できたのか!?」
「できたと思うよ。沼や石について神経質に書いてたね」
「そうだ。オレはそれを沼を埋め立てたものと祟り石だと考えているが、先生はどうだ」
「へぇ、ボクも沼に関しては賛成だね。きっと昔からあった沼を埋め立てたために雨が降る度に沼に戻るんだろうね。石に関しては、どっかで読んだことがある気がするから、研究室に戻ってちょっと調べてみるよ。放課後にまた図書館で会おう。それから」
「なんだ?」
「レッサーパンダちゃんを連れてきてもふらせてね」
「よし、それは任せろ。好きなだけもふらせてやろう」
「勝手なことを決めおるでないぞ」
寝起きの鵺が布団からのそのそと起き出して、満夜のパジャマの背中に飛びつき、電話口にがなった。
「おまえもいい加減にせんか! わしはれっさーぱんだなどというものではないぞ!」
「きゃあああ」
黄色い歓声を聞きながら、満夜は電話を切った。
「変人に何を言っても無駄だぞ、鵺」
「言わねばわかるまい。逃げてばかりではわしの面目に関わる」
「オレは逃げたほうがいいと思うがな」
そこまで話したところで、階下から、
「満夜ー! 朝よ! 下りてきなさい!」
と里海の声が響いた。
満夜は背中から鵺を振り払って、学生服に着替え、ダイニングへ下りていった。
食卓の上の朝ご飯を口の中に詰め込めるだけ詰め込むと、三分で完食しもごもごさせながら鞄を担いだ。
「ひってふゆ(いってくる)」
「いってらっしゃい」
鵺がすかさず、満夜の背に飛び乗り、一人と一匹は脱兎のごとく玄関から外に出た。
満夜がいつになく駆け足で投稿しているのをみて鵺が言った。
「どうしたのだ。いつもは歩いてがっこうに行っているではないか」
「もうひひほがっほうを、ゴックン、調べるためだ」
しかし、次第に走る速度が緩くなっていく。
「はぁはぁ……今日は呪符を施した五芒星の靴ではないから、オレ本来の力を発揮できなくなったではないか……」
ひいひい息を荒くさせてがっくりと両手を膝に付いた。
「情けないヤツだ」
「はぁはぁ……どうとでもいっていろ。おまえは安穏とオレの肩に乗っているだけだからな……獣がっ」
「ふん……ほざいておれ」
高校が近くなったのを見計らって、満夜はボストンバッグに鵺を押し込み、校内に入っていった。登校口にはまだ教師は立っていない。異様に膨らんだボストンバッグも見とがめられなかった。
「それでどうするのだ?」
ボストンバッグから頭だけ出して鵺が訊ねた。
「今までは人から効いた場所だけを調べてきたが、今回は人に頼らず、オレの勘を頼りに怪しい場所をピックアップしていく」
「おまえの勘など当てにならぬぞ」
「ならば、キサマにはわかるというのか」
「それは見てみねばなんとも言えぬ」
いったん教室へ行き、鞄を机に置くときびすを返して校庭へ出た。平坂高校の敷地は意外に広い。新校舎と旧校舎、校庭も以前使っていた狭いものと新校舎を建てる際に増設したものとある。
今までは見るからに古ぼけてジメジメとした暗さが目立つ旧校舎を中心に噂を頼りにして調査を繰り返していたが、調べ尽くした旧校舎は除外することにして、狭い校庭の端から端まで見て回ることにした。
授業のチャイムが鳴っても戻るつもりがない満夜は、ここぞとばかりに、手を組みごにょごにょと何やらつぶやいた。
「何をしておる?」
「隠遁の術を唱えているのだ! これで誰にも俺の姿は見えん」
「隠遁の術とな……腹痛を治す術を唱えておるかと思うたぞ」
「好きに言え! 速攻効果が現れよう」
満夜はこそこそと物陰に隠れつつ、怪しいと思った場所をスマホで撮っていく。
「ふむ……校庭に特記すべき怪しい場所はないようだな……」
「わしにもおまえが調べた場所に何も感じなかった……しかし、あの林はなんだ?」
鵺が校庭と校舎を囲むように広がっている木立を指した。
「おお、あまりにも当たり前に存在していたので気がつかなかったな」
人目を気にしながら、林の中へ分け入っていく。
林の大半は人力で植えられた銀杏の木だったが、他はブナなどの昔から自生している木も多かった。
足下は枯れた葉で腐葉土ができ、銀杏の実も落ちていて、林の中はほのかに堆肥の匂いに満ちていた。
「ずいぶん湿っているな……」
最近雨が降った覚えがない満夜は、思わず空を見上げて納得がいった。
空が見えないほどに梢が茂り、暗く湿った空気が辺りに満ちていたためだ。
カサカサと音を立てながら林の中を探検していくと、旧校舎の裏辺りで地面に足を取られた。
「おおふ」
転びそうになるのを傍らの木にすがってすんでで避けることができた。
「足下が悪いな……女子供でここに来たら危ないかもしれん……」
しかし、ねこむすめならば大丈夫だ、などとつぶやきながら、自分が足を引っかけたものをよく見ようとした。
枯れ草をのけるために手近な木の棒でかき分ける。ぬかるんだ黒い土が現れ、白い石が頭を出していた。
「これが原因か」
そう言って、石を棒でつついてみた。泥にまみれた石は案外深く埋もれているようで、棒でつついたくらいではびくともしない。
「ふむ……」
満夜は何か思い当たる節があるような顔をして、棒を使って石の周りに穴を掘り始めた。
案の定、石は氷山の一角のように、一部だけが表に頭を出しているようだ。
手で掘るには破傷風などの病気が気になるので、満夜はその石が後からでもわかるように、持っていた木の棒を脇に突き刺してその場を離れた。
パキン!
その石に背を向けたとき、満夜の背後で枝が折れる音がした。
「ん?」
振り返ったが小動物の姿さえない。
「気のせいか」
満夜はこっそりと校庭を横切り、旧校舎の陰から新校舎へと入っていった。
***
サボったとは言え、二時限以降は真面目に授業を受けた満夜に、休み時間中凜理が声を掛けた。
「あんた、一時限目のときどこにおったん?」
「調査に出ていたのだ。昼休みにでもその場所に案内するぞ」
「調査て、文献のこと?」
「そうだ。いろいろとわかったことがあったので、高校の敷地を調べていたのだ」
「よう先生に見つからんと探せたね」
「そこはオレの隠遁の術による成果だ」
「隠遁の術とか、使えたっけ?」
すると、ボストンバッグから声が漏れる。
「腹痛を治す呪文だ」
「隠遁の術だ。使えたぞ。見つからなかったのがその証拠だ!」
そのとき、ガラリと教室の引き戸が開けられた。風紀の男性教師が満夜に視線を移して怒鳴った。
「こら、芦屋! ちょっとこっちに来い! 一時限サボって旧校舎で何してた!」
そのまま、満夜は説教を食らうため職員室へ連行されていったのだった。
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