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満夜は里海にやいやい言われながら夕飯と風呂を終わらせて、コピーの束を持って仏間に立てこもった。
「満夜! 早く寝なさいよ。夜更かしして寝坊しても起こさないからね!」
「わかっている! オレは今から研究のために集中せねばならんのだ」
ふすま越しに親子の攻防を繰り広げる。
「少なくとも鵺ちゃんはちゃんと寝かしなさいよ」
「なぜ鵺を甘やかすのだ。鵺など勝手に寝て起きるわ!」
「お母さん、知らないからね!」
「おう、知らんでもいいぞ。オレは今から何を言われても返事をせんからな!」
「勝手にしなさい!」
里海は亡くなった忠志の遺品に没頭する満夜が心配なだけなのだ。満夜もそれはわかっているけども、今は文献の解読を優先しないといけない。
バンッ!!
音を立てて、座卓の上に紙の束を置き、傍らに古語辞典やら漢和辞典を並べた。内容を書き留めるノートも忘れない。
鵺はざぶとんを座卓の上に引っ張り上げて、その上にだらしなく寝転がってえらそうにのたまった。
「酒を所望するぞ」
「勝手に飲んだら良い」
「わしのこの姿ではれいぞうこを空けて酒を出すことができぬ。おまえ、ちょっと行って持ってくるのだ」
「ちっ、えらそうな獣だ……」
満夜はブツブツと文句を垂れながら、台所から一升瓶を取ってきて、座卓の上に置いた。
「飲め」
「よきかな」
鵺は一升瓶のふたをぽんと開けると、両手両脚で瓶を抱え込んで、一気飲みした。
「ぷはぁ、よきよき」
満夜はそんな鵺を尻目に、コピーした文献に目を通していく。
「ふむぅ。まるで父ちゃんの日記のようだ」
朝昼晩の献立と天気の記録が淡々と綴られている。大体一汁一菜で、非常に慎ましい。天気もバランス良く雨が降り、晴れては曇っていたようだ。要するに何もない平和な日々が続いているわけだった。
しかし、諦めずに読みふけっていると、所々に平坂郷の噂話が書かれていたりするのがわかった。
『なにがしの娘、ふたご産みにけり』
とか、
『なにがし、沼に馬がはまりて難儀す』
とか、
『なにがしの悪童、石に触りし』
など、どうでも良いことが書かれている。
「まさに日記以外の何物でもない。しかし、唯一見つけることができた平坂町の記録だ。何かキーワードが書かれてあるに違いない」
そこで、噂話だけを抜き書きしていくことにした。
「なんだ? やたら石に触った、沼に落ちたという記述が多いな。この沼の名前がわかれば良いのだが……血吸い沼などという名前はどこにも見当たらんな」
「別の名前で呼ばれておったのだろう」
ひとしきり一升瓶から酒をングングと飲んでいた鵺が言った。
「別の名前か……」
ふと、昼間コピーして持ってきた古地図のことを思い出した。いそいそとボストンバッグから鵺にくしゃくしゃにされた古地図を取り出し、沼地だと思われる場所を探した。だが、沼らしいものはない。石にしてもどんなものかもわからないので探しようがない。
早くも満夜は行き詰まった。
「ぬうう……八橋先生に電話をするのも癪だ……なんとか一人でキーワードを見つけねば」
『平坂郷伝聞帖』自体はそれほどの厚さではなかったが、読み進めていくうちに、時たま絵が描かれていることがあった。ほとんどが落書きで、今日食った柿とか、隣のばばあの顔とか、可愛いねことか、日記同様あまり重要には見えない。
パラパラとコピー紙をめくっていくと、触るべからずと言う但し書きがされている、何やら丸を描いた絵があった。見た目はただの丸石のようだが、触るべからずと言うのが気になる。
さらに、あまり触れたくなかったからなのか、最後のほうにようやく沼のことについて一言触れていた。
『雨降りしときのみ現れたる沼に近づくことなかれ』
「ふむ……意味深な言葉だ」
「雨のときに現れる沼地か。それこそ元々湖沼地帯であった名残ではないか?」
「そう言われたらそうだな……しかし、湖沼地帯だと言うことがわかる地図がないぞ」
「そのちずなるもののもっとも古いものはないのか」
「江戸時代の初期の頃ならまだあった気がするが……もう図書館は閉まっているし、明日にならんと何もできん」
「役立たずなヤツだ」
「なにをぉ!? 酒ばかり食らって酔っ払っているキサマに比べたら、オレは勤勉に証拠を集めているではないか! キサマこそおのれの封印された体を取り返したくはないのか!」
「わっぱに手伝わさずとも、わし一人でも封印されし飛翔輪を見つけることなどたやすいわ!」
「ならば、見つけてみろ!」
喧々囂々と言い合いをしていると、ガラッとふすまが開き里海が鬼の形相で立っていた。
「満夜! 夜中にさわぐんじゃないわよ! あっ!」
里海がすかさず座卓の上の一升瓶を見つけた。
「また鵺ちゃんにお酒なんか飲ませて! 体を壊したらどうするの! それよりあんたたち、もう寝なさい!」
里海の雷が落ちて、しぶしぶ満夜はコピーをかき集めボストンバッグに詰め込み、階段を上っていった。
鵺が素知らぬ顔をして満夜の後をついてくる。
満夜はそんな鵺を横目でにらみつけ、鵺が入る前に部屋のドアを閉めてやった。
「おのれ、ここをあけい」
「ふっ、その短足ではドアのノブに手が届くまい。キサマは廊下で寝れば良いのだ」
しばらくドアに耳を澄ませていたが、やがて静かになったので、満夜は布団に入った。すると、いきなりドアが開き、ストッと音がして鵺が入ってきた。
「あんた、鵺ちゃんを忘れてるわよ」
里海が鵺を部屋に入れたのだった。
「くうう……母ちゃんめ……」
歯がみしているとドスンと自分の腹の上に鵺が乗っかってきた。
「ぐえ」
「ふん、わしを閉め出すなどするからだ」
満夜は自分のみぞおちに前足をめり込ませる鵺から意識を遠ざけて、さっきまで読んでいた文献の内容を考えた。
湖沼地帯があったことは本当かもしれない、と言うことを前提に、雨の後にだけ現れる沼について考察した。埋め立て地によくある現象が思い浮かぶ。地震などが起こって地盤が弛み、地面が崩れやすくなる液状化現象とかいうヤツだ。
もしかしたら、埋め立てはしていても昔のことで、雨が降るとぬかるみやすくなったのではないか。たまに沼地には底なしの沼があると言うではないか。その沼にはまることから、伝聞帖の作者も沼には気をつけるようにと但し書きをした可能性がある。
石についてはわからないが、殺生石というものがあるし、近づいていって触ると毒ガスみたいなもので命の危険があるのかもしれない。しかし、オカルト的に解釈すると、祟りをなす石の可能性もある。
明日、そういう伝承を聞いたことがないか、八橋に確かめねばと考えながら、満夜は眠りについた。
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