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1話、3000〜4000文字に編集しました。
平坂町はここ十数年で拓かれた新興住宅地である。
町の真ん中には山半分を削って公園にした平坂山があり、四方に古墳といくつかの神社がある。街で有名なパワースポット、九頭龍神社には清水の湧き出る真名井がある。
中でも珍しいのは祠の存在しない千本鳥居だ。千本とは言うけれど、いつごろ奉納されたか不明の赤い鳥居が十数本あるだけだが、町では有名な場所ではある。
町の真ん中にある小高い山の頂上には、身代わり観音があって、恋が叶うことで有名だ。反対に祟りがあると思われている蛇塚もある。
こうしてみると、小さな町の中に名所がてんこもりなところが、この平坂町の特徴なのかもしれない。
こういう有名所のオカルトスポットに通い詰めてきた満夜にとって、身代わり観音は珍しい場所ではない。
薄曇りの中、放課後に、満夜は凜理を連れて小高い山道を登っていく。古ぼけた丸太を階段代わりにした遊歩道だ。たった五百メートル足らずの低い山なので、お爺ちゃんお婆ちゃんの格好の運動場になっている。登りつめた場所には観音堂と広場があり、保育園児のピクニック場所でもある。
「ほんまにあの話、信じるのん?」
凜理が先を歩く満夜に話しかけた。
「オカルト研究部の部長として、この話を信じなくてどうするんだ! 実際に行方不明者はいるんだ。それと依頼主の証言を照らし合わせるためには、現場に行かねばっ!」
現場――。
身代わり観音堂のことだ。
時は数時間前に遡る。
「ふぅ、また居残りかいな」
「うるさい!」
小テストで赤点を取ったせいで、満夜は放課後一人教室に居残って、教師から出されたプリントをこなしていた。
その様子を横に座って、凜理が見ている。
「どないしたら、こんな簡単な問題が解けへんの」
「だから、オレは日々オカルト研究に研鑽を重ねていてだな、こう言った勉学はオカルトには役に立たないと……」
言い訳がましく満夜がのたまった。
「オカルト研究は、こういう、いつ使うかもわからない数学の問題よりも最重要問題で、実際に風水や陰陽道などのほうがだな……ッ」
続けようとした矢先、教室に一人の少女が入ってきた。
平坂高校の制服、セーラー服を着たボブカットの少女で平凡だが可愛い顔立ちだ。
「あの……」
教室には居残りの満夜と、それに付き合っている凜理しかいない。
「芦屋さん……は、どっちですか?」
満夜は首を傾げた。こう見えてもオカルト研究部部員増員活動で、同級生の顔は一応覚えている。そのどれにも当てはまらない少女だった。
「見たことない顔だな」
思ったままを口にしたら、少女が肩をすくめた。
「あの……ッ、入学式の時にチラシを配られてた先輩ですよね?」
満夜は椅子に座ったまま、教室の入口に立つ少女を見つめた。
「そうだが、何の用だ。見ての通り、いまは雑事で忙しい。急ぎの用なら、まぁ、時間を割いてやってもいいぞ」
相変わらず偉そうである。
「満夜は赤点居残り中なんや。忙しゅうも何もあらへん。なんの用なん?」
「ば、ばかもの! オレは雑事に手間取って……!」
満夜がしれっと後輩に話しかける凜理の言葉を遮った。
「赤点……?」
後輩の少女が首を傾げる。
「ばか! 数学などで、オカルトという高尚な学問は紐解けないのだ!」
「それで何の用なん?」
凜理は満夜を無視した。
「実は……、身代わり観音って知ってますか?」
その言葉を聞いた満夜が身を乗り出した。
「なんだ!? オカルト関係の話なのか!」
「満夜はプリント済ませなあかん、この子の話はあたしが聞いとくから」
「いや! オカルトに関係があるならば、オレに分あり! とくと話せ!」
「はぁ……」
机に乗りかかるようにして勢いづく満夜に押されて、少女は引き気味に説明を始めた。
「実は……、友人のことなんです。高校に入学して、好きな先輩ができたんです……。あ、友人が、ですよ。それで、話に聞いていた、身代わり観音の恋が叶うって話を実行してみたんです。数日後、本当にお願いが叶って、友人と先輩は付き合い始めたんです。でも、一昨日から、友人がいなくなってしまって……。今も探してるんですけど、見つからないんです」
「身代わり観音……」
満夜が顎を撫でた。
「なんやの?」
その様子を不思議そうに凜理が見やった。
「平坂町にある身代わり観音は、もともとは病を治す薬師如来のことだ。昔は老人や病人が自らの身体の悪いところが治るように願掛けをしていたのだ。しかし、時代が過ぎて、医学が発達したこの世の中で、身代わり観音は用を成さなくなった。そのために、願いが叶うということだけが一人歩きをし、いつしか、恋が叶うという観音になってしまったのだ!」
満夜がとうとうと解説をしている脇から、凜理が突っ込んだ。
「それはわかっとる。この子が言っとるのは、行方不明になった友人のことや」
「うむ……」
再び、満夜が顎を撫でた。
「分かった。謎究明のために力を貸そう。お前の名前はなんというのだ!?」
ビシィッと人差し指で少女を指差した満夜が言い放った。
「あ、あの……。小林美智子といいます」
「そうか! 小林美智子くん、行方不明になった友人は必ずオレが見つけ出す! 待っていてくれ!」
根拠の無い断定を、凜理はまたか……、と横目で眺めた。
「もう、日が暮れかかっとるんやけど……」
頂上について、凜理がつぶやいた。満夜は、両手を腰に当て、辺り一帯を見回した。
目の前に扉が開かれた身代わり観音堂があるきりだ。お堂の中には、数えきれないほどの紙が釘で打ち込まれた古ぼけた木の観音像がある。
すでに観音の形すら残っていない。丸太のような一本の棒がお堂の中に立っている。打ち込まれた無数の紙は雨風にさらされて今は風化している。新しい物はキャラクターが書かれたピンク色のメモ用紙や便箋が押しピンで止めてあることで分かる。古いか身の上から真新しいメモが貼られているところから、それほど古いものではないように感じられる。
満夜はポケットの中の銅鏡を出してみた。それで、観音像を映しだしてみる。
「なんか特別な力でもあるのん?」
凜理はドキドキしながら尋ねた。
「ない。ただ、こうしてみたかっただけだ」
満夜は断言すると、凜理に向き直った。
「だが、オレには最終兵器がある!」
満夜が胸を張った。
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