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「なんなんだ! あれは!?」
人々は確かにてるてる坊主のような服を着ているが、満夜にはそれがなんなのかひと目でわかった。古墳時代に平民の多くが着ていた貫頭衣のことだ。
頭と腕を通す穴だけを残して四角い布を縫い合わせ手作る簡素な服のことを指す。
それらを着た集団が、窓めがけて駆けてきた。
「きゃあ!」
菊瑠が悲鳴を上げたと同時に、ぱあんと空気が破裂するような音を立てて、満夜の前で集団の白い人々が霧散し、代わりにその背後から集団を追い立てていた何かが見えた。
バタバタと地鳴りをとどろかせ、灰色のヨモツシコメが腕を振りながら木々をぬい走ってきた。
「ヨモツシコメだと!?」
満夜は目の前まで迫ってきたヨモツシコメに、本能的に銅鏡を掲げた。
「きええええ!!」
醜い顔を歪ませて、ヨモツシコメが奇声を上げて、くるりときびすを返して山を登って元へ戻っていく。
ためらうことなく満夜は駆けだしていた。
窓を大きく開けて、三階の窓から飛び降りようとした。
「芦屋先輩!?」
すっと窓の外に消えた満夜の後ろから、凜理も追いかけて窓をとり下りた。
動転した姉妹が窓へ駆け寄る。窓の外は暗がりで何が何やら判別が付かない。
「慌てなくていいよ」
背後から声がかかった。
「ここ二階だけど斜面に立ってるから、窓は一階にあるのと同じ高さなんだよね」
イケメンメガネはひょうひょうと言ってのけた。
「先輩……」
「満夜くん……」
姉妹は心配そうに、山の斜面を見上げることしかできなかった。
***
思わず勢いでヨモツシコメを追いかけたはいいが、早くも満夜は息を切らし始めた。
「ぜぇぜぇ……くそっ。キサマがちんけな能力しかくれなかったおかげで、この有様だ!」
「だからわしに生け贄を饗せば甚大な力を与えるというたではないか!」
「この妖魔が! 生け贄など誰が与えるものか。はぁはぁ」
「満夜、だらしないにゃん」
「ねこむすめは最終兵器だ。この銅鏡を持ってヨモツシコメを追うのだ!」
それなのにクロは首を振る。
「ダメにゃん。それは満夜が持っておくほうがイイにゃ」
「どういうことだ」
「夜の間はヨモツシコメが山の中を彷徨ってる可能性があるにゃん。今満夜を守る手立てはその銅鏡だけにゃ」
「しかし……」
「ヨモツシコメはこの山の頂上を目指してたにゃん。あの祠のある場所にゃん」
「では、そこまでなんとかたどり着かねば」
満夜の目には月の光だけで辺りが明るく見えている。けれど、木々に遮られて頂上までどのくらいあるかわからない。
「ちょっと見てくるにゃん」
クロが、スタッと木々の幹に足を掛け、軽々と木を登っていく。
「見えたにゃ!」
木のてっぺんからクロの声が響いた。
「ヨモツシコメは!?」
「やっぱり祠のほうに向かってるにゃよ。先に行ってるにゃ!」
クロはぴょんぴょんと木々の枝に移り飛んでさっさと行ってしまった。
「うぬぅ……全身全霊で走るしかあるまい」
「健脚の呪符を備えた靴だ、ちっとやそっとでは足が疲れることはないぞ」
「うむ、それを今は信じるしかあるまい」
満夜はまた斜面を登り始めたが、ちょっと脇を見ると木々の間に、遊歩道があるのを見つけた。
「まて……あそこに遊歩道があるではないか……舗装されていない山の斜面を闇雲に登るよりも遊歩道を上ったほうが早く頂上に着くのではないか?」
「遊歩道とはなんだ?」
「今は説明している暇はない!」
そう言って、満夜は木々を抜け、遊歩道に飛び出した。
案の定、案内板に頂上まで二〇〇メートルという表示がされており、満夜も内心ほっとした。
「二〇〇メートルならばすぐだ。急ぐぞ!」
だが、満夜は知らない。道のり計算ではなく標高計算であることを……。
「くっそ……! なぜ二〇〇メート走ったのに頂上に着かんのだ!」
「ヨモツシコメの姿は見えるか?」
鵺にいわれて、遊歩道の脇に生える木々の隙間から、道の先へと目をこらして見る。
ちらほらとヨモツシコメらしき灰色のものがうごめいている。その周囲を、黒い人影が軽業師のように動き回っている。
「あのおなご、一人で苦戦しておるようだ。早う駆けつけねば、ヨモツシコメにやられようて」
「ぬぅうう!」
凜理の危機に、俄然やる気を取り戻した満夜は残りの行程を、ややへばりながらも走り抜き、頂上にたどり着いた。
それまで俊敏に動き回る凜理を捕まえようと腕を振り動かしていたヨモツシコメが、満夜の存在に気付き、彼のほうへ向きを変えた。
「これでもくらえ!」
あわや掴まれるというところで、満夜はポケットの中の銅鏡を取りだし、ヨモツシコメに突きつけた。
得体の知れない奇声を上げて、化け物は後ろへと後ずさり、吸い込まれるようにして祠がある岩屋の中へ消えていった。
「これはどういうことだ……」
唖然として満夜は岩屋へ近寄っていった。
「この岩屋がヨモツシコメの出口になっていたにゃん」
クロが満夜の横に立った。
「出口……?」
「この祠から封印の残り香がするにゃ」
「封印……そうか、戦時中に回収された銅鏡が、今の見たようにヨモツシコメをここから出られないようにしていたのか」
「そうにゃん」
「ということは……千本鳥居の異空間からヨモツシコメが出られないのは鵺の体を封じた八束の剣があるからか……今まで大学内にヨモツシコメが入り込まなかったのは勾玉のおかげか?」
「その勾玉も一年間は戻ってこないにゃん。このままでは平坂大学はヨモツシコメに襲われるにゃん」
「ぬうう……悔しいが、こうするしか方法はないな……」
そう言って、満夜が祠の中に銅鏡を納めた。
「何をするか! それはわしの飛翔輪なるぞ!」
「だが、今は平坂町を守護する銅鏡なのだ。いぜん、キサマは平坂町を守護していたといっていたではないか! こうして考えてみると、キサマは封印されてもなお、平坂町を守り続けていたということになる」
「くっ、生意気なわっぱが!」
「いくらでもほざいていれば良い。しかし、そうなると、封印された銅鏡や勾玉がなくなった場所のことが気になるな……」
「九頭龍神社と古墳……にゃ?」
満夜の脳裏をいつぞやの悪夢がよぎった。
あの災厄がこれから先、平坂町を襲わないとも限らない。
今まで平坂町を守護していたものが少しずつ欠けていっているからだ。
「平坂の地に黄泉の出口があるのはわかったが……言い伝えでは入り口もあるとじっちゃんに聞いた。もしかするとその入り口の封印を強固なものにすれば、町を救えるかもしれない……ふふふふふふ」
これから先恐ろしいことが待ち受けているにもかかわらず、満夜は不敵な笑いを漏らした。
「なんにゃ?」
「とうとう、オレの未知なる力を発揮するときがやってきたのだ! 我が先祖から受け継ぎし秘めたる力、存分に発揮するときがな!」
―ふ、ははははははは!
久しぶりに上げた笑い声が、夜のしじまにこだまして、さらにクロの心に不安を呼び起こすのだった。
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