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研究室のドアを叩き中に入ると、資料とレポートの山に埋まった八橋がいた。
「あ、いらっしゃい。レッサーパンダちゃん〜」
メロメロな顔つきで寄ってきて抱きしめようとする八橋の顔に、両手を突っ張って近寄らせまいとしている鵺を無視し、ボストンバッグから満夜は白い箱と文献を取り出した。
「読んだぞ」
「それで、わかったことはあった?」
「推測だが、この像は龍で、いざなみを模しているのだと思われる。銅鏡との関係性はわからないが」
「ボクは大いにあると思ってるよ」
「それはなんだ?」
「君が教えてくれた六芒星だけど、全部、鵺の体を封印してある場所だよね? その一つにこの大学も含まれていた。でも本当は銅鏡のあった祠じゃないのかな?」
「うむ。ご明察だ」
「なぜ、鵺を封じた銅鏡といざなみの龍の像が一緒にあったか……それは鵺がいざなみを封印していたからじゃないかな」
「封印が封印するのか!?」
「いや、わからないけど」
「やけに気弱な推論だな。持論など自信を持っていうに限るぞ!」
自信だけはやけに有り余っている満夜は像を見つめて考え込んだ。
「ということはだ……鵺のいうことも理解できるな……キサマ、体を封印される前は平坂の地を守護していたといったな!」
「そうだ。わしがいる限り、平坂の地は安泰だった」
「鵺の体を封印している場所、いざなみの像……そうか!」
いきなり満夜が手を打って叫んだ。
周囲にいた四人がビクッと飛び上がる。
「な、なんやの?」
「まだ確証はないが、それぞれの場所に関係するのは黄泉だ。鵺の体はいざなみを封印しているのだ!」
「千本鳥居や古墳もですか?」
「理屈ではそういうことだ」
「でも……千本鳥居で出てきたのはヨモツシコメです」
「いざなみじゃないんだ?」
「……う、ともかく、千本鳥居と平坂大学の祠に関してはいざなみと関係していると思う」
満夜の自信たっぷりな持論はどうやら打ち砕かれたようだ。
「そういえば、みんな寝袋持ってきた?」
話の腰をへし折るように八橋が女子に訊ねる。
「持ってきました〜」
微笑みの国からやってきたかのように姉妹が答えた。
「それにしても大荷物だね」
「お夕飯にカレーをみんなで作ろうと思って」
「カレーかぁ。いいね。ボクにも手伝えることはあるかな」
「先生は飯ごうでご飯を炊いてくれるかな」
などと、女子と八橋が盛り上がってる脇で、満夜は学部棟裏の山の頂上を見つめるのだった。
四時を過ぎた頃、学部棟にある給湯室を利用して野菜を洗って着る作業を女子が始める傍ら、コンロを使って飯ごうでご飯を炊く準備を男子が用意し始めた。
姉妹の持ってきたコンロと給湯室のコンロでご飯を炊き、カレー鍋をかけた。
隠し味の調味料はなし。カレールゥにこだわりを持つ美虹が腕を振るう。と言っても市販のカレールゥを使うのだが、火のかけ方煮る時間が絶妙で見た目も漂ってくる香りも素晴らしいの一言に尽きる。
「えらいおいしそうやなぁ」
「じっくりコトコト煮るのが大事なんだよ」
「お姉ちゃんのカレーは、わたしが同じルゥを使っても全然別物みたいにおいしいんです」
男二人は、余計な口出しをしないように、それと飯ごうが焦げないように始めちょろちょろ中ぱっぱを実践している。
じーっとコンロの火を眺めている音子供を尻目に、女子三人は椅子に座っておしゃべりを始めた。
「幽霊が出る部屋って、三階でしたっけ?」
「なんで三階なんやろ」
「山側から来るって聞いたよ」
ガサガサと凜理がポテトチップスの袋を開けた。その匂いにつられたのか、鵺も女子に交じってポテトチップスを分けてもらっている。
「ほな、山からやってくるて考えるのが自然やな」
「山の斜面がちょうど三階に突き当たるんだね」
「山から下りて来ておるのではないか?」
「幽霊が集団で山から下りてくるってことですかぁ」
「山から下りてくるといったか!?」
耳をダンボにしていた満夜が会話に割って入った。
「そうとしか考えられないよ。山側の窓から入ってきて、突き抜けていくんだよね?」
「ボクは生徒からそう聞いたよ。斜めに突っ切っていくらしい」
いいながら、着陸する飛行機のように手を動かした。
「この山の頂上には祠がある……群集の幽霊はそこからやってきているのか!? よし、わかった!」
グッドアイデアだといわんばかりに、満夜が拳で手のひらを打った。
「祠がキーポイントだったのだ。幽霊は祠を出発点にしてやってくるのだ」
「なんでやの」
凜理が素朴な疑問を漏らした。
「それはわからんが、祠に行く必要性は確実に出てきた!」
「夜は危ないからやめてね」
八橋が責任者らしく注意した。
「わしは夜目も利くし、わしの力を少し与えたこやつも大丈夫ではないか?」
意外なことを鵺が言い放った。
「確かに蛇塚のとき、暗闇でも目が見えたことがあったな……」
「ではこのかれーとやらを食した後、わしとこやつとで祠へ行くとしようか。わしも自分の銅鏡のありかをしかとこの目で確かめたいからな」
「初めて意見があったな。こういうこともあろうかと、登山仕様でここに来たのだ!」
という満夜の姿はいつものTシャツとジーンズで代わり映えしない。
「いつもと同じやん」
「見ろ! このスニーカーを。このような日に備えて買っておいたのだ!」
「要するに新品の靴なわけやな。山道やから汚れるやん、こんな白い靴」
「くくくく。これはただの白い靴ではない。よく見るのだ! 側面にある、この五芒星。そして内側に書かれた呪符! 鵺に聞いたが靴擦れ予防の呪符らしい」
「愚か者。健脚の呪符だ!」
「まぁまぁ、カレーができたみたいだし、ご飯も炊けたから、そろそろ夕飯にしよう」
八橋がなだめる振りをして、鵺を抱きしめた。満夜と女子がカレー鍋と飯ごうを持って、二階のゼミの教室へ下りていく。
その間もフガフガと鵺は八橋の拘束に抵抗していた。
「隙を見せるからそうなるのだ」
「気に入らん!」
「先生、カレーだよ」
美虹からカレー皿を手渡された八橋が、
「はーい、あーんして。おいしいよ」
鵺は八橋の手にがぶがぶ噛みついて自由を得ようとするが思うようにならず、口元に運ばれてくるスプーンをイヤイヤ口に入れた。
「ほーら、おいしいねー」
「むぐぅ。わしはれっさーぱんだなどという輩ではない! むっしゃあ」
始めは文句を言っていた鵺だったが、カレーがことのほか気に入ったようで、されるがままに食べ始めた。
満夜もカレーのうまさに声をうならせる。
「これはうまいな」
「コトコトじっくり煮るだけだよ」
美虹がパチンとウィンクして見せた。
鍋一杯のカレーを平らげた後、幽霊を見ようという話になった。
「幽霊を見てから山に登るか、山を登ってそこで幽霊の所在を確認するか……」
「いって何もなかったら無駄になるから、見てからにしたら?」
「凜理のいうことももっともだ……できれば、凜理も連れていきたいが、その靴では難儀しよう」
満夜の目の先には凜理のスリッポンがあった。靴裏に滑り止めがなけなしに付いたものでおしゃれ重視だ。
「仕方ない。幽霊を確認してから、祠を確認しに行くとするか」
「幽霊は午前二時くらいに出るらしいから、それまでは起きてるか仮眠をとるかだね」
八橋が洗ってもってきた食器をキッチンペーパーで拭きながらいった。
「とりあえず、ゲームでもしよう!」
カードゲームを持って、美虹が手を上げた。
「ゲームなど子供のすることだ。ここはオカルト談義をすべきでは?」
「それとも王様ゲームする?」
「う、いや、カードゲームにしよう」
何やら悪い予感がして、満夜は嫌そうにカードゲームで遊ぶほうをとった。
「王様ゲームしたら、満夜くん、わたしたちの餌食だね!」
ほくそ笑む美虹の本音が垣間見えたような気がして満夜はぞっとするのだった。
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