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1話、3000〜4000文字に編集しました。
「なんや、満夜くんと勉強やるのん?」
「うん、満夜、成績やばいんや。うちがしごいてやろ思うて」
「手加減してやらなアカンで。でないと満夜くん勝手に帰りはるかも」
「わかった。飴と鞭やな」
「あとでばあちゃんが着替えとか満夜くんちに取りに行ったるわ」
「ありがと」
気が利きすぎる祖母に礼を言い、トントントンと階段を上っていった。
先に凜理の部屋に入った満夜は、女の子らしい部屋に少したじろいだ。淡いブルーと薄いピンクで配色されたカーテンと壁紙。心なしか甘い香りが漂っている。整えられたベッドには黒い猫のぬいぐるみが、ちょこんと座らせられている。
ピンクの縁取りの座卓の下にはふわふわとしたラグが敷いてあり、パッチワークのクッションは座り心地が良さそうだ。
「ふぬう」
満夜は久しぶり——正確に言うと中学一年——に入った凜理の部屋に戸惑いはしたが、すぐに気を取り直して鼻から深く息を吐いた。
ベッドに寄っていき縁に腰掛けて、黒いぬいぐるみを手に取り、また深く鼻から息をする。
「あいつはクロのことを忘れられないのか」
クロが死んで何年も経つのに、クロに取り憑かれてねこむすめになったから、余計に凜理はクロを失ったときの哀しみを抱えているのではないかと思っている。
現に取り憑かれて誰よりもクロを身近に感じているはずなのに、こうして猫のぬいぐるみを側に置いているではないか。
「これはますますクロを表に出してやらねば」
日常的にクロが表に出ていれば、凜理もいずれそれが当たり前になり、クロを身近に感じて寂しくはなくなるのではないか。
「ねこむすめ化計画である」
「なんやて?」
ガチャリとドアが開き、凜理が中に入ってきた。
「また変なこと計画してるん?」
「いや、そんなことはないぞ。気のせいだ」
じとーっと凜理は満夜を見ていたが、気を取り直したのか、鞄をベッドの脇に置いて、中から筆記用具と教科書を出した。
「ノートと筆記用具はうちのを貸したる。あと、今日は泊まりで特訓やから覚悟しいや」
「泊まりがけだと!? おまえの家に泊まる気はさらさらないぞ!」
「竹子おばあちゃんがあとで着替えとってくるから気兼ねせんでもええんよ」
ニヤニヤしながら凜理が言った。本気で徹夜で勉強をたたき込むつもりらしい。
凜理の家から、満夜の家までそうは離れていない。歩いて二分もかからない距離だ。そのせいか、教科書を開き、満夜に教え始めてからすぐ、部屋のドアがノックされた。
「はーい」
「満夜くんの着替え持ってきたよ。ここに置いておくね」
竹子の声がして、気配が階段を下りていった。
「むぅ……」
逃げ道がなくなってきて、満夜は無念そうにうなったが、すぐに教科書に意識を戻されて凜理が繰り出す問いを次々と答えさせられた。
しばらくすると玄関のチャイムの音が聞こえてきた。
「白山さんかな」
「白山くんが来たならオレの面倒を見るのは手間がかかるだろう。邪魔になるだろうから、ここでオレは失敬する」
「ちょっと待ち。白山さんが来たらなんで満夜が邪魔になるん」
「質問が倍になるではないか」
「そんなん、全然いいわけになってへんわ」
ぐいっと服の裾を掴まれて、満夜は渋々床に座った。
トントントンと音がしてからドアがノックされる。
「薙野先輩、お邪魔しまーす」
私服の菊瑠がドアの隙間から顔を出した。
雰囲気に似合った清楚な白のブラウスとふんわりとしたベージュのスカートをはいている。
いつも纏めている茶色の髪を今日は纏めずに肩に流している。
全体的にふわふわしていて柔らかそうだ。
それだけでなく甘い香りもする。
「ふぬぅ」
満夜は凜理の部屋に入ってきたときのようなうなり声を上げた。
甘い香りの正体はお菓子だったようだ。でも、そういうのとは関係なく、多分菊瑠自身から甘い匂いがしたからだろう。
菊瑠がお菓子のような甘さだとすると、凜理はミント系の甘い香りだ。すっとして爽やかであとに残らない。
座卓の上に菊瑠が花柄の紙袋を置いた。その中身を凜理が見てみる。
「おいしそう。うちも着替えてから食べようかなぁ」
頭を上げると、満夜に向かって命令する。
「満夜、うち着替えるし、お母さんからお皿もろうてきて」
「な、なんでオレが」
言い終わらないうちに、満夜は部屋からたたき出された。
背後でバタンとドアが閉められ、満夜は「ふぬう」とうなった。
「なんでオレがこのような雑務をせねばならんのだ……」
ぶつくさ言いながら階下にいき、キッチンでお茶の用意をしている美千代に声を掛けた。
「おばさん、皿をくれ」
「あら、お茶を持って行くの遅かったかしら?」
「白山くんがクッキーを持ってきた」
「そうなの。じゃあ、お茶も頼まれてくれる?」
「いいだろう」
相変わらず偉そうに受け答えする。
茶器と皿を載せたトレイを手にして、階段を上っていくと、キャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「先輩、そのパーカー可愛いですね」
「そ、そうか? ちょっと子供っぽくないやろか」
満夜が器用にドアを開けると、水色のもこもこパーカーに紺のギンガムチェックのミニスカートをはいた凜理が菊瑠と和気藹々と話をしていた。
「お茶持ってきてくれたん。ありがとう。満夜も着替えたらどうや?」
満夜の着替えは廊下にあるが、ここで着替えるとなると何かと困ることもある。
「ぬう」
眉間にしわを寄せてうなっていると、凜理がピンときた様子で言った。
「うちらの見てる前で着替えよ思うたやろ! 冗談やないわ。廊下で着替え!」
またもやたたき出された満夜は、なんとなくほっとしながら、制服から普段着に着替えた。グレイのトレーナーとジーンズを着ると部屋の中に入り、ドアから近い場所に腰を落ち着けた。
凜理の普段着は見慣れているとは言え、ここはやつのテリトリー。落ち着かないにも程がある上、予想以上に可愛い出で立ちの菊瑠にもヒットポイントが削られて、満夜はうなるしかない。
「ぬうう」
もじもじしていると、凜理がお茶を満夜の前に置いて、クッキーを勧めてきた。凜理と菊瑠はすでにクッキーに手を付けて、おいしいだの言い合っている。女子会である。これから勉強会ではなくパジャマパーティーでも開きそうな勢いだ。
「うなってないで、クッキー食べや。おいしいで」
何も知らず、凜理がクッキーをずいずいと勧めてくる。
「む、ではいただくとしよう」
断り切れず、満夜はクッキーをつまんだ。生クリームを絞り出したようなクッキーである。チョコとバニラの香りが香ばしさと入り交じり、ほどよい甘さに仕上がっていて、噛むとサクサクとして、口の中で溶けていく。
「うまいな」
意識せずに褒めると、菊瑠が手を合わせて喜んだ。
「本当ですか。お母さんが喜びます!」
「白山くんは作らないのか」
素朴な疑問を投げかけると、菊瑠がぱあっと明るく笑った。
「お母さんと比べられたらいやだなと思って、出さないでおこうと思ったんですけど、そんなに食べたいんでしたら嬉しいです!」
「い、いや、食べたいとは……」
口ごもっていると、同じように甘い香りのする紙袋を取り出した。
「はい、あーん」
菊瑠が袋から何か取り出して、満夜の鼻先に持ってきた。
「ぬ」
満夜はいきなりの仕草に戸惑ってのけぞった。
目に入ってきたのはフィンガーサイズのクッキーで、意図せずこうなったと言わんばかりの形をしている。
なんだかいやな予感がしたが、ぐいぐいとクッキーを口元に持ってこられて、思わず満夜は口を開けた。
ぎゅむっと押し込まれて口を閉じると、なんとも言えない味が口中に広がった。しょっぱくて粉っぽくてざらざらしている。慌ててお茶でクッキーを流し込んだ。
「自信がなくって……お母さんほど上手じゃないですから。初めて作ったクッキーなんですけどどうですか?」
食べられないほどではないし、こういうクッキーなのだと思えばそうかもしれない。ただ残念なのは最高にうまいクッキーのあとだったと言うことだ。
「まずくはない……」
気をつかったわけではないが、思わずそんなことを口走っていた。
「じゃあ、芦屋先輩、どんどん食べてくださいね!」
「う、うむ……」
図らずも自分をしょっぱい地獄に落としてしまった満夜が、大量のお茶を消費したのは言うまでもない。
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