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「なぁ、いくら自分の思い通りにならんかて鵺の存在を否定せんでもええやん」
「否定はしていない」
「だったらなんやの」
「このまま銅鏡と話をしていたら、オレの頭がおかしくなったと思われる」
「なんや、わかってるやないの。でもいつものことやから、心配せんでもスルーされるんやないのん?」
「むう」
心外だったらしく、満夜は気難しそうに顔をしかめた。
「とにかく。俺は家に帰って、鵺の力がなんなのか、試してみる。そしておまえは週末の合宿に備えるのだ」
「そういえば、白山さんには伝えへんの?」
「ここに来る前に一年の教室を当たったが、白山くんはいなかったのだ」
「足怪我しとったし、まだ休んでるんやろか」
「とにかく、今回は白山くん抜きで実験するしかないな」
二人はのそのそ用具室から出ていった。
***
土曜日の夕方、再び、ボストンバッグを担いだ満夜は颯爽と千本鳥居へ向かっていた。
道の関係でどうしても公園の前を通るのだが、視線の先で手を大きく振っている人影が見えてきた。
「なんだ?」
「芦屋先ぱーい」
同じくボストンバッグを持った菊瑠が公園の前に立っていたのだ。
「なぜ、今日合宿があることを知っていたのだ。学校で白山くんを捜したが見つからなくて伝えてなかったのに」
「実は先週の土曜日の合宿がうまくいかなかったから、今週こそは合宿をするのかと思いまして、待ってました」
その言葉を聞いて、図らずも満夜は胸にぐっときて感動してしまった。
「なんと志が高いのだ。オレは感動したぞ!」
「先週は薙野先輩が大変なことになって、結局解散してしまいましたし……わたしも足の調子が悪くて先週は学校を休みがちになってましたから」
「もう足の調子はいいのか?」
「はい、すっかり」
菊瑠が先週包帯を巻いていたほうの、すらりと長くて綺麗な足を見せた。
「傷一つないことは良いことだ」
女の子の綺麗な足を見ても鈍い満夜にはピンとこないようだった。見せたほうの菊瑠も他意はないらしく、ニコニコしながら足を引っ込めた。
「何やってんの」
その様子を後ろからついてきて見ていた凜理が、呆れたように声を掛けてきた。
「いつの間に!」
「満夜が家を出たときからずっと後ろ歩いとったんやけど。あんた、全然気付かんのやもん」
「音もなく忍び寄るとは、さすがねこむすめ!」
「気付かんかっただけやろ」
凜理は満夜をすっと抜いて、菊瑠の腕を取った。
「さ、行こ。白山さん、満夜のいうこと真に受けたらアカンよ」
「は、はい」
「オレを無視するな」
二人の後ろを満夜は慌てて追いかけた。
夕暮れの千本鳥居はどことなく薄気味悪い。夕闇に紛れて灰色にトーンを落とした朱色の鳥居がぼんやりと浮かんでいる。
地面などはすっかり色を失って、黒く盛り上がっているように見える。
心なしかひんやりとする風が吹いている。
満夜は首筋に寒気がして手でうなじを擦った。
「ぞくぞくするな……」
それを聞いた凜理がにやりとする。
「恐いのん?」
「ふふふふふふふふ……」
「なんやの……?」
満夜の武器な笑いに気温よりもぞっとして凜理が聞き返した。
「これぞ、怪異が起こる前ちょ……ふくしゅんっ!」
単純に寒いだけだったらしく、満夜は盛大にくしゃみをした。
「確かに寒いわ……寝袋持ってきたけど夜中になったら家に帰ったほうがええような気がするなぁ」
凜理が両腕をさすった。
「そんなに寒いですか?」
菊瑠がくしゅんとくしゃみをする。
「もしかしたら、満夜と菊瑠って気があうんとちゃうん……」
今更感もあるが、凜理はくしゃみをしあっている二人を疑わしげな目で見合った。
「足を見せてたし……」
「あ、傷が治ったのを見せたんです。凜理先輩も見ますか?」
そう言って菊瑠がすらりと長くて白い足を見せた。
「なんや……天然で見せただけか」
心なしかほっとする凜理だった。
「さて、ずるずる……通りゃんせをする準備をするぞ」
鼻をすすりながら満夜が凜理の手を取った。
「な、なんやの」
「何を驚いている。今から通りゃんせをするのだから手くらいつなぐだろ……そうだ、忘れていた!」
満夜が担いだボストンバッグから三枚の札を取り出した。
「これだ!」
「なんやの?」
「魔除けの呪符だ。何かあったときはこれがおまえたちの身を守るだろう!」
「ほんまかいな……また風邪除けの札やないの?」
といいつつも、凜理と菊瑠は素直に札を受け取った。
「これどうするのん?」
「こうするのだ!」
べたっと満夜は自分の額に札を貼った。
その姿を凜理がじとーっと見る。
「恥ずかしゅうないのん?」
満夜の後ろで躊躇なく額に札を貼っている菊瑠がいる。
ためらっていた凜理もそれを見て、しかたなく札を額に貼った。
すると再び満夜が凜理の手を取る。
「では最初は白山くんだ」
「なぁ、呪歌やのに、遊ばなアカンもんなん?」
「形式上やっておいたほうが良くないか」
満夜はそういうけれど、凜理はそんなことをしなくても充分この鳥居にはその力があるように感じた。
「では、今からオレたちが通りゃんせを歌う。白山くんはオレたちの作るトンネルをくぐるのだ。歌い終わるまでにくぐり抜ければ、もう一度繰り返して、腕で作った輪にはまるまで続けるのだ」
準備を整えて、二人が歌い始めた。高々と上げた腕の下を、菊瑠がくぐっていくのを繰り返した。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちっと通してくだしゃんせ
ご用のないもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい 帰りは怖い
恐いながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
「………………」
菊瑠は輪には嵌まらずやり過ごした。
三人はじっと黙ったまま周囲の様子に耳をこらして身構えたが、何事も起こらなかった。
「なんも起こらへんやん……」
凜理の言葉に満夜がうなる。
「ぬうう……何かやり方が違っていたのだろうか……」
そこに菊瑠が口を挟んだ。
「あのー……わたしたち、まだ千本鳥居の中に入ってませんよね?」
「ふおっ!?」
「ほんまや」
三人は千本鳥居の前にいるだけで、千本鳥居の中では呪歌を唱えていなかった。
「これは抜かった……」
おおげさに満夜が額を叩く。
幾重にも連なる赤い鳥居を満夜は見据える。そして思いついたように言う。
「そうか……これは鳥居と通りゃんせをするのだ。七つのお祝いが八つ目の鳥居、八束の剣のありかに違いあるまい。歌い終わるときには我々の手には八束の剣が!」
「ちょい待ち。行きはよいよい、帰りは怖いんやったら、そう簡単に手に入るもんなんやろか」
「そうですよね。また変な物が出るかもしれないですし……」
菊瑠も不安そうだ。
「変な物は出ない」
「どうして断言できるのん」
満夜の自信満々な言葉に、凜理が首をかしげた。
「忘れたのか? ここで通りゃんせをすると神隠しに遭うというのを」
「ああ、そういえば、竹子おばあちゃんが教えてくれた……」
「と言うわけで! これをおまえたちに付けてもらいたい」
満夜が担いだボストンバッグからロープを取り出した。
「これを腰に結んで、みんなで鳥居と通りゃんせをするのだ」
「でもみんなにロープつけたらみんな神隠しに遭うんやないのん?」
「ロープの片方の端は鳥居に結びつけるつもりで長いものを持ってきた」
束になったナイロン製のロープを満夜は凜理に見せた。
「てゆーか、満夜は神隠しに遭う気満々な訳やな」
「八束の剣がこの世にないのならば、神隠しの世界にあるに違いないと踏んだのだ!」
満夜は自分とみんなの腰にロープを結んだ。
凜理は前方にある千本鳥居を見やる。
歌い終わる前にくぐり抜けられそうな程数が少ないが、確実に七本の鳥居があるのは間違いない。全部数えたら十二本あった。
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