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1話、3000〜4000文字に編集しました。
田中幸子は酷い脱水症状を起こしていたが、命に別状はなかった。蛇塚の中にあった大量の骨は今まで行方不明になった人たちの物だったそうだ。
ただ不思議なのは、塚への入り口は厳重に封鎖されていて、中に入るのは不可能なはずだということだった。
警察署長と区役所所員は頭をひねりながらも、これまで以上に頑丈な扉を付けると言うことで周囲の住民を安心させた。
「納得がいかん……」
いつもの用具室の中で満夜が恨みがましそうにつぶやいた。
引き戸には新たに作られた密室の呪文が書かれた呪符が貼り付けられている。
「でも田中さんが助かって良かったやん」
「しかし、おまえと互角に戦える謎の生物がいることはわかった」
「謎の生物なんやろか……得体が知れない感じやったけど」
「納得がいかんのは我が怨霊の力だ」
初めて聞く単語に凜理は首をかしげて聞き返す。
「怨霊の力?」
「そうだ。オレはあの銅鏡に求められるままに血を与えて力を得たはずなのだ。それなのに、発現したのはしけた稲妻だけだった」
「でもそのおかげで満夜は白い物から身を守れたんやんか」
「むぅ……その通りだが……もうちょっと凄い力だと思っていたのだ」
珍しく満夜が正直にのたまった。本当に期待していたらしく、こころなしか表情が暗い。
「それにしてもどうやってそんな物を手に入れることになったん?」
「これだ」
満夜はポケットの銅鏡を取りだして凜理に見せた。
「この銅鏡から崇徳院の怨霊が出てきてオレに力を与えたはずなんだ」
「崇徳院の怨霊?」
「そうだ」
「ほんまに崇徳院の怨霊やったん?」
「……確かにそうだな。はっきりとは名乗らなかった」
思い返してみれば、銅鏡は一言も自分のことを崇徳院とは言ってない。
「だ、だまされた!!」
ガクッと床に手をついて、満夜はガクガクと体を震わせた。あまりのショックに口もきけないようだった。
「そういえば、あのとき、うちは白山さんに呼びかけられて蛇塚についていったん。それやのに、突然白山さんが蛇になってんで」
「……そうなのか……?」
ぷるぷる震えていた満夜が顔を上げた。
「しかし、白山くんはオレと一緒にいたぞ」
「そうなんや。だからうちびっくりして」
ふぎゃっとか言ったらしい。
「では、あの得体の知れない白い物は人にも化けるのか……」
身代わり観音に願い事をするとかなう。その代わり名前を呼ばれて行方不明になるらしい。その謎が今解けた。
「そうか、名前を呼んでいたのはあの白い物で行方不明になったのは蛇塚に引きずり込まれたからなのだ!」
ふ、はははははは——っ!!
「我ながら名推理なのだ」
「こんだけ順序よく起こったら誰でもわかるんやないの」
「しかし、おまえはまんまと偽白山くんについて行き、蛇塚に引きずり込まれるところだったではないか!」
「そうやけど……でも願い事をしたのは満夜なのに、なんでうちが呼ばれたん?」
「それは……」
「なんやの」
「連名にしたからだっ」
またも偉そうに満夜が不敵に笑い始めた。
「連名だと効果抜群だったな!」
「連名なんかにすな! このドアホ!」
すぱーんと凜理の手の甲が満夜の胸を叩いた。
「ところで」
いきなり真顔で満夜が話題を変えた。
「今週末、今度こそ千本鳥居に集まって合宿だ!」
「合宿って何すんのん?」
「呪歌を実験する」
「じゅか」
「そうだ。通りゃんせをする」
「それって子供ンときにやった遊びやないの。なんでそれがじゅかやのん?」
「おまえ、ひらがなでじゅかとか言ってるだろ? 呪歌とはまじないの歌と書いて、呪歌なのだ!」
「そうなん。でもそれと千本鳥居がなんか関係あるのん?」
「ふふ……ふふふふふ……実験だ。おまえのばっちゃんはこの歌を千本鳥居で歌ってはならないと言っていたのだ。では歌ってみせよう! 何かが起こるはずだ。その何かを解明するのが、我らオカルト研究部の宿命なのだ!」
「いや待ってや。宿命なのは満夜だけやないの。巻き込まんどいてぇな」
「何をぉ!? おまえはオカルト研究部の戦闘部員! 秘密兵器だ。戦わずして何をするのだ!」
「戦闘部員ちゃうわ!」
「オレの魔の力が予想以上に弱かったこと以外、全てはオレのもくろみ通り。この調子でどんどん平坂町の謎を解いていくぞ」
満夜が凜理をおいてけぼりにして力説していると、どこからともなく声がした。
低く地を這うような声……。
——わしの力が弱かったのは、おまえの血がほんの少しだったからだ。
どことなく憤慨している。
——黙って聞いていれば好き勝手に言いよって。
「な、なんやの!?」
驚いた拍子に凜理の頭から黒い耳がポロリする。学校にいる間はバンダナを付けられないのでカチューシャを装着しているためか、かろうじて猫耳カチューシャとしてごまかせているのだ。
「おお、やはり崇徳天皇の怨霊か」
待ってましたとばかりに満夜が銅鏡を持ち上げた。
——わしは崇徳院などとは言っておらぬぞ。
「では、なぜキサマはあれほど入念に封印されていたのだ!? 祟るからではないのか?」
——祟るとも言っておらぬぞ。封印は心外ではあったがな。
「先祖代々、キサマを崇徳院の怨霊のかけらと信じて封印してきた我ら芦屋家は……得体の知れないものを封じてきたというのか!?」
——得体の知れぬとは聞き捨てならぬ。わしは怨霊ではないが、力あるあやかし、鵺なるぞ!
「ぬえ……」
——鵺を知らぬのか……。
ややがっかりした感じで銅鏡がしゃべる。
「いや、知っているぞ!」
がっかりしたのはこっちだとでも言うように、満夜は鼻息も荒く答えた。
「その昔、清涼殿に現れしあやかしだろう!」
——その通りだ。わしは体を細切れにされておまえの先祖がいる場所に封印された。しかし、封印は完璧なものではなかったため、復讐せんと都を目指していたところを、おまえの先祖に捕らえられた。力を与えようとしたが話も聞かずにこの銅鏡に封じられたのだ。おまえのように話を聞かぬやつだったわ。
「オレほど話を聞く人間はいないぞ。現にキサマの声に応えたではないか!」
満夜は鵺の失礼な物言いに憤慨した。
——いいや、聞いておらぬ。わしが封印を解かれるには大量の血が必要だと申したはず。
「生け贄などもってのほかだ! キサマにはオレの貴重な血を与えたではないか!」
——たったの一滴だがな。それに見合った力を与えただけだ。不満があるなら手首を切って血を寄越せ!
「誰がそんなことをするか! この強欲な化け物が!」
その言い争いを、凜理はぽかーんとした顔で見ていたが、ハッと気付いたように顔を引き締めた。
「こんな壁の薄い場所で血をよこせとか手首切れとかいわんといて! だれかに聞かれたら大変や」
その途端、ガラッと引き戸が開いてお札がはらりと床に落ちた。
「おや? 今日はたくさんおると思ったけど、いつものメンバーだね。遅くなる前に帰んなよ」
と言って、用務員のおじさんは満夜の背後にある箒をとって引き戸を閉めた。
「ぬおおおおおお!」
悔しそうに満夜が叫んだ。
——なぜこいつは大声を出しているのだ。
銅鏡の言葉に、凜理は首を振る。
「満夜のへっぽこお札が全く効果を発揮せんからや」
「へっぽこ言うなぁ!」
——その呪符をわしに見せてみろ。
鵺の言うとおり、床に落ちた札を拾い上げて銅鏡に見せた。
——ほう……。見事な……。
「見事だと?」
——風邪除けの呪符だ。
「へぇ、通りで満夜は風邪引かんて思うた」
「風邪除けだとう!? 今まで密室の呪符だと思っていたのに!」
風邪除けになど用はない! とでも言うように拾い上げて手に持っていた札を床にたたきつけた。
——こやつはいつもこうなのか?
呆れたような口調で鵺が言った。
「あんまり相手せんほうがええよ」
満夜はひとしきり悶えたあと、何事もなかったかのように凜理に向き直った。
「とりあえず、今日の会合は以上だ。何か質問はあるか?」
まるで鵺のことなど何もなかったかのような言いぶりだ。それを悟ったのか銅鏡が文句を言っているのも聞かず、ポケットに銅鏡をしまった。
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