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1話、3000〜4000文字に編集しました。
時間は遡って——。
学校で満夜と別れた凜理は、素直に合宿の準備をするため家に帰った。
帰った途端、竹子がやってきて凜理に渋い顔をしてみせる。
「凜理、あんた、満夜の家に泊まりに行くそうやないの。ほんまに泊まりに行くだけか?」
「え!? そ、そうやで。なんでやの?」
竹子に図星をつかれて、しどろもどろに答えた。
「昨日、満夜くんがうちに来て千本鳥居の呪歌のことを聞いたやろ。あやし思うてな」
「べ、別に怪しくなんてないよ〜」
「そうか? やけど身代わり観音さんにお願い事したんやろ。言い伝えによると、お願い事をした人はみんなよくわからないものに名前を呼ばれるらしいで。それに返事をしてしもうたら連れていかれるんやって」
「そうなの……?」
それを聞いて、凜理は少し焦る。満夜は得体の知れない物と遭遇したと言っていた。幸いにも名前は呼ばれなかったのが、九死に一生を得たということになるのだろうか。
それでも、返事をしないように注意しなくてはいけない。
竹子が見ている前で、凜理はボストンバッグに寝袋や防寒具を詰めていく。
「満夜くんの家に行くのに、なんで寝袋がいるのん?」
どきっ!
凜理の心臓が飛び上がった。
「そ、それは……ど、土蔵や。そう、土蔵でオカルト研究をするていうとったで」
「土蔵で……そういえば芦屋の道春さんが封印しとったもんをどうも満夜が開けてしもうたかもしれんてぼやいとったで?」
「どういうこと?」
「あんたも覚えとき。うちの家系は芦屋家が直系になっとる。そのご先祖さんは呪術師で有名なひとやったらしいんや。封印したもんはどうも天皇家が関わっとった。天皇家に災いをもたらすいうて封じたもんらしい。中身は道春さんしかしらんいうとったで」
「災い?」
「そうや。そのせいで都の人たちがぎょうさん死んだらしいで? それを治めるためにご先祖さんが封じたんや」
満夜が最終兵器とか言っていた銅鏡はもしかしたら満夜の手には負えないものなのかも知れない。
満夜にこの話をしたら、反対に喜ぶだろう。その声が頭の中に聞こえてくるようだ。
どうにかもう一度封印したほうがいいのではないだろうか。
「とにかく、満夜くんから銅鏡を返してもろうて、道春さんにもう一度封印してもらわなアカンやろね」
時計を見ると、もう三時を過ぎている。
凜理は慌ててボストンバッグを担いだ。
「竹子おばあちゃん、そういうわけやから、満夜の家に行ってくるね!」
「気ぃつけや」
「わかった!」
凜理は急いで家を出て、千本鳥居を目指した。
凜理が早足で公園の横を通ったとき、声を掛けられた。
「薙野先輩!」
振り向くと、白山菊瑠だった。
「あ、白山さん。白山さんも今から千本鳥居?」
「そうですぅ」
相変わらず、菊瑠はカワイイ。こんな可愛い女の子が、満夜の怪しいオカルト研究部に興味を持つのは奇跡のような話だ。もしかすると中身が凄く変わった子なのかもしれない。
「でも、手ぶらなん?」
「あ、公園に置いてます。ちょうどベンチに座ってたら薙野先輩を見かけたから。とってきますね」
「じゃあ、付き合うよ」
二人は平坂公園に入っていった。
***
「遅い……」
満夜は腕を組んで、通りの向こうに目をこらした。もうすぐ夕方にさしかかる。空も少しずつ赤みが増してきた。黄昏時である。
凜理を待っていたがいつまで経っても現れない。しびれを切らしていっそのこと菊瑠と呪歌を唱えようかと迷いもしたが、部員の要である凜理抜きに呪歌は唱えられない。
「白山くんは凜理を見かけたりしなかったのか?」
もしかしたらと思い訊ねてみた。
「そういえば、公園の前ですれ違いましたよ」
「平坂公園か!」
「公園の中に入っていきましたよ」
「ふむ……これは迎えに行ってやらねばいけないかもしれないな。公園で足止めを食らっているか、自分の家にいるかだ。む、そうだ。電話をすればいいのだった」
ようやく携帯電話の存在を思い出したかのように、凜理に電話を掛けてみた。
しかし、呼び出し音は鳴るけれどなかなか凜理は電話に出ない。そうするうちに留守電に切り替わってしまった。
一応、留守電に要件を残しておこうと口を開き掛けたとき——。
「あつっ」
いきなり火がついたように腰の辺りが熱くなってきた。銅鏡を入れた側のポケットが、今にも燃えそうなほど熱い。
「これは——!?」
そうか! ピンときた満夜は銅鏡が熱くなる理由をこじつけた。
「凜理が助けを求めている。自宅にいるときにこれほど銅鏡が熱くなることはなかった。凜理は自宅ではないどこかにいることになる。最後に目撃されたのは公園だ。白山くん! 公園に向かうぞ!!」
そう言って、満夜はボストンバックを手にして、菊瑠が追いかけてくるのも確認せずに駆け出した。
「あーん、先輩、呪歌はどうするんですか!!」
「そんなことはあとだ! 我が部員のピンチかもしれぬ。助けに行くぞ!」
全力疾走の満夜の後ろを、乙女走りで菊瑠が追いかけていくのだった。
***
とは言っても、千本鳥居から平坂公園までけっこう距離がある。走るには持続力が足りなかった。
「はぁはぁぜぇぜぇ……」
無念……という顔をして、満夜は膝に手をついて肩で息をした。
「せんぱぁい」
その後ろを乙女走りでようやく菊瑠が追いついた。
「大丈夫でしょうか?」
菊瑠は体力に自信があるようですぐに息が整う。
満夜はインドア派なので、年の割に体力が残念な感じだ。
「大丈夫じゃない。尻が熱い」
ポケットの中の銅鏡が熱せられたように赤々と輝いているのも気になる。
「薙野先輩のことです」
「ああ……電話に出ないのはおかしい。オレとの約束を破ったときの恐ろしさを知っているはずだからな」
あともう少しで公園というところで満夜は立ち止まったまま、くしゃくしゃのハンカチをポケットに突っ込んで、銅鏡を取りだした。
鏡面が真っ赤に染まっている。
「何が起こってるのだ。これはもしや封印が解かれる前兆なのだろうか!?」
満夜がわざとらしいくらいの驚愕した表情を浮かべた。
「しかし、今はそれどころではない。銅鏡のことは……」
と言いかけたところで、銅鏡の鏡面がギラリと照り輝いた。
満夜はポケットにしまう手を止め、銅鏡を覗き込んだ。
鏡面が黒々と渦を巻いている。今までにない反応に、満夜は久方ぶりにぞっとしたが、口からは意に反した笑いが起こった。
「ふ、ふははははははは! これは……この銅鏡がまさに災いを生み出すかのように黒く染まったではないか! 銅鏡! オレの言葉に応えるのだ。我に力を!!」
「芦屋先輩、今はそんなときじゃないです」
意外に冷静な菊瑠が突っ込んできた。
しかし、銅鏡は満夜の言葉に反応したのだ。
——ウルルルルルルルルゥ!! それほどまでに力が欲しいかぁ!
それは地を這うように低い声だった。
満夜は熱い銅鏡を右手に握りしめ、鏡面を見入った。
「銅鏡が……!! しゃべったぞ!」
銅鏡から声が発せられたことのほうに驚いて、菊瑠にその鏡面を向ける。
「わぁ、恐いです!! 芦屋先輩」
菊瑠が目をつぶって手で顔を庇った。
「銅鏡がしゃべるんだぞ! 口もないのに言葉を発した!」
満夜はおどろおどろしくうなる銅鏡をしげしげと見つめた。
「ぬう。これぞ、崇徳院のなせる技かっ!」
「崇徳院が中にいるんですか?」
菊瑠がこわごわ近寄ってくるが、銅鏡事態が恐いらしく、一メートル以内に入ってこない。
「そうだ!」
ぐっと銅鏡を菊瑠に向けて、ずいずいと近づいてくる満夜から、じりじりと菊瑠は後ずさる。
「芦屋先輩、近づけないでください」
「おそろ、しく、はない」
ちょっと自信なさげに満夜は答えた。
「恐ろしくはないが気持ちが悪いな」
改めて、銅鏡に問いかける。
「力が欲しいだと!? たかが銅鏡に封じられたキサマに何ができる」
正論である。それを感じ取ったのか、銅鏡から聞こえていたうなり声がやんだ。それでも諦めないのか、銅鏡の声が訴えかけてくる。
——わっぱ……小賢しいことを抜かすな。わしは力をやると言っているのだ。
「嫌だと言ったら?」
いつもの満夜なら、「オレに力をくれるのか! ふははははっ!! ならば、我に力を!」と言っているところだが、凜理のことを考えてるのか、やけに慎重だ。
「どんな力があるのだ」
——わしの力を分け与えよう。おまえの友を助けるためにな。
「一回限りか?」
——それは無理だ。わしをこの銅鏡から解放するのが条件だ。
「ぬう」
満夜は目を細めて、銅鏡の黒い鏡面を見つめた。
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