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1話、3000〜4000文字に編集しました。
翌日、満夜は手に白紙の入部届を持って、凜理を引き連れ、一年の廊下に立っていた。
心なしか、満夜の鼻の穴が興奮に大きくなっている。
「もう部員はふやさんのやなかったの?」
「誰がそんなことを言ったのだ!」
「白山さんが入部したからもう満足したかと思うてた」
「正式な部になるためには部員三人ではなく五人は必要なのだ、凜理。今はたった三人しかいないではないか!」
満夜が一年の廊下で声を張り上げた。
凜理は周囲の視線が痛くて、一緒に廊下にいるのが恥ずかしくて堪らない。
「でも、この間勧誘に来たときは何の反応もなかったやないの。今更また同じことやっても同じやないの?」
「今回は白山くんもいるではないか。白山くんの友人たちを入部させるのが目的なのだ」
そこで大きく息を吸い込み、
「白山くん! 芦屋満夜だ。ここにいることはわかっている! 速やかに出てきてもらおう。休み時間はあと三十分だ、それまでここで待っているぞ!」
と呼び掛けた。
「三十分も羞恥プレイなん!? そんなん、いややわ。かんにんやわ」
満夜と凜理を遠巻きに見つめる数々の白い目……好奇の目……普通の神経ではそんな物にさらされてじっとしていることなんかできない。
「満夜だけで頑張って」
そそくさと廊下から去ろうとする凜理の首根っこを押さえて、満夜が声を潜める。
「いいのか……オレの胸先三寸でおまえの秘密は世にさらされてしまうのだぞ!?」
「ずるい……!」
去るに去られず、凜理は悔しげに地団駄を踏んだ。
廊下を歩く下級生たちから避けられながら、満夜は腕を組み十分ほど待っていたが、とうとう自分のほうから辛抱できなくなった。
「くっ! 白山くんはとことん我々を無視することにしたのか!? こうなったら陣中見舞いだ!」
「充分陣中見舞いやわ! こんなふうにこられたら、いくら部員でも恥ずかしくて出てこれへんよ。待ってよ、満夜。出てこないには訳があるんやから無理に連れ出そうとせんほうがええんとちゃう?」
満夜が一組の教室の前にたたずむ後ろから、凜理は呼びかけた。
そんな呼びかけにも応じず、教室のドアからいきなり入ってきた不審人物に驚いている下級生に向かって、満夜が話しかける。
「白山菊瑠はいるか? オカルト研究部部長、芦屋満夜だ。おとなしく出てくるのだ。話がある」
しかし、菊瑠らしき少女はいない。
「おい、君。白山菊瑠はこの教室か?」
近くにいた男子生徒に、満夜は尋ねた。
「ち、違います……」
「むう、嘘をついていていてもすぐにわかる。オレの目は節穴ではないぞ。本当に白山菊瑠を知らないのか!?」
ズズイッと迫られて、男子生徒は困惑した顔つきで激しく頭を横に振った。
「知りません!」
「ぬう」
すっと教室を出ると、二組でも同じ質問を始めた。
そのたびに、凜理が「お騒がせしました」と謝っていく。
とうとう五組の教室まで来て、凜理が満夜の裾を引っぱった。
「なぁ、もう諦めへん? 白山さんが何で一年お教室におらへんのか、本人の口から聞いたほうがいいんとちゃうのん」
満夜は入りかけた五組の教室に頭だけ突っ込み、ざっと見渡したが、見る限り菊瑠の姿はなかった。
「凜理のいうとおり本人に聞くしかないな」
あっという間に昼休みは終わり、満夜は諦めきれないという様子で、一年の廊下を振り返りつつ、二年の教室へ戻っていった。
「あんなふうに呼び出したら、出れるもんも出られへんよ」
「今週末の計画について知らせておく必要があったのだが……放課後まで待つしかないか」
「今週末? 何かするのん?」
凜理が不思議そうな顔をした。
「合宿だ。オカルト合宿をすることになった。集合場所は千本鳥居!」
「えー、何考えてるん、満夜」
と、そこで会話は途切れた。教壇に教師が立って、静かにしろと注意し始めた。
「とにかく、明日の土曜の放課後、凜理の家に泊まるといってくる」
「むちゃくちゃやなぁ」
満夜の横暴にため息をつき、凜理は教科書を開いた。
***
土曜日の放課後、ボストンバッグに呪術道具を入れて、満夜は意気揚々と千本鳥居の前にやってきた。
母・里海にはしれっと嘘をついたが、従姉妹の凜理の家だと聞くとあまり疑う様子はなかった。
『もうそろそろ女の子と遊ぶのも卒業して男友達でも作ればいいのに』
と、里海に余計なことを言われたくらいだろうか。
満夜だってできるものならば、女子供ではなく男友達とオカルト探求をしてみたいと思うこともある。
だが、惜しむらくは友達そのものがいない。みんななぜか満夜を避けるのだ。別にいじめているわけではないが、たまに別の生き物を見るみたいな目を向けられることには気付いている。
満夜にとってはそんなことは些末でしかない。
満夜の頭の中には起きていても寝ていても四六時中怪異のことしか思い浮かばないのだから仕方ない。
勢い込んで千本鳥居の前に来たのはいいが、まだ凜理は来ていなかった。
「遅刻か……。後でビシッと言ってやらねば」
満夜はもう一度荷物を調べるために、道にしゃがみ込んで、ボストンバッグの中身を改め始めた。
赤いペンで呪文を書いた黄色い色紙、幣、おりん、独鈷、塩に酒、とりあえず米も持ってきている。
そこで、満夜は気付いた。
「おお、寝袋を忘れてしまった!」
いったん帰って持ってこようかと悩むが、里海に『何で寝袋がいるの』と見とがめられたら、面倒くさい。
「むう、これも修行だ」
まだ春の肌寒い季節だったが、ジャンパーの前を閉めればその寒さもしのげるはずである。
しゃがみ込んでいるとジーンズのポケットがやけに熱い。カイロなど持ってきてないはずだが……と、ポケットを探ると熱も帯び赤く光る銅鏡があった。
最近は何の変哲もなかったが、つい習慣で持ち歩いていた。
この間、銅鏡が赤く光り、凜理がねこむすめになってしまったことを思い出す。
「変身されると今回は困る。これはいざというときに使うとしよう」
ポケットにぎゅっと銅鏡を押し込んで、満夜は顔を上げた。
「うお」
顔を上げると目の前に人が立っていて、満夜は驚いて声を上げた。
「芦屋先輩、どうかしたんですか?」
そこには制服を着た菊瑠が立っていた。
「白山菊瑠!」
「はい」
ガバッと満夜は立ち上がる。
「なぜ、昨日はオレの呼びかけを無視したのだ!」
「昨日ですか? わたし、怪我で休んでましたから知りませんでした」
そう言われてみると、菊瑠の足には包帯が巻かれている。
「ぬぅ」
休んでいれば、それは当然呼んでも答えられるわけがない。
「とにかく、今日は千本鳥居で合宿なのだ。準備はできているか」
「はい。それでしたら、大丈夫です」
片手に持ったリュックを菊瑠が掲げて見せた。
「うむ。あとは凜理がくるのを待つばかりだな」
「ところで、芦屋先輩。今日は千本鳥居で何をするんですか?」
菊瑠が無邪気に聞いてきた。
「呪歌を唱える」
「呪歌?」
「千本鳥居には禁忌とされる歌があるのだ。それをここで歌うととんでもないことがあるらしい」
「その歌ってなんですか?」
すると、満夜が辺りを見回して、声のトーンを音した。
「通りゃんせなのだ」
「あの、通りゃんせですか?」
「そうだ。平阪町の生き字引が言ったのだから嘘ではない」
「じゃあ、早速呪歌を唱えましょうよ、先輩」
菊瑠がニコニコしながらのたまった。
「楽しみにしてもらえて嬉しいが、部員がそろってからでないとダメだ」
本当なら早く呪歌を試してみたいと思う満夜だったが、凜理がいないと何かまずいような気がしたのだ。あのねこむすめになったときの凜理がいてくれると心強い。
それに、八束の剣が八本目の鳥居に埋まっていると聞いてから、彼女に掘り当てさせるほうがいいと考えていた。
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