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1話、3000〜4000文字に編集しました。
湯船に浸かり、千本鳥居でのことを満夜は思い出していた。
赤く光った銅鏡は禍々しい血の色をしていた。それは、己を封じた八束の剣への恨みと怒りの色なのだろうか。そう考えれば、たしかにあそこに八束の剣が隠されているのだろう。それに、凜理に取り憑いた黒猫も言っていた。八束の剣は埋められているわけではない。なにか呪術的な方法で隠されているのだ。その呪術の解き方さえ分かれば、神剣・八束の剣は満夜の手中に収まることになるだろう。
しかし、その呪術の解き方がわからなかった。もしかすると、いざなぎ神社にその解き方のヒントが隠されている可能性がある。明日は、いざなぎ神社に行って、宝物殿を漁ってみよう。
凜理や菊瑠にも手伝わせれば、何か分かるだろう。いや、分からねば困るのだ。八束の剣は神剣だ。その神剣を持ってすれば、そこら辺の悪霊も簡単に霧散するだろう。
今日、菊瑠という後輩が部員になった。満夜に残された時間は僅かだ。神隠しに遭う前に対応策を講じなければならない。その対応策が、満夜にとって八束の剣なのだ。
何でもかんでも神剣に頼ればいいというものでもないのだが、満夜にはこの八束の剣がすべてを解決する不思議な力を持っていると思えた。
* * *
授業が終わると、早速、満夜は部員を招集した。といっても、学内にいるのは凜理だけだ。
菊瑠のクラスは分からない。それどころか、携帯番号も知らなかった。二人は、菊瑠が言っていた公園に向かった。
菊瑠は、公園の真ん中に位置するベンチに座っていた。かばんも持たずにいる。家に一旦帰ったのだろうか。
「白山くん! これからは公園ではなく、部室の用具室に来たまえ!」
菊瑠を見つけた満夜が声をかけた。
それを菊瑠が笑顔で受け止める。
「すみません……。同級生にオカルト研究部の部員になったって知られたくないんです」
「ならば、携帯番号を教えるのだ。連絡が取れないではないか!」
「それもすみません。親が携帯を持たせてくれないんです。ケチですよね」
「むぅ……」
満夜は顎を撫でながら、うなった。
部員といえど、なんとも使いにくい。メンバーとして役に立つのだろうか……?
「今日は凜理の実家・いざなぎ神社に行くぞ」
それに対して、凜理が渋い顔をしてみせた。
「満夜、宝物庫に入るのはいいけど、後片付けもしてよ。白山さんも手伝ってね」
菊瑠はニコニコしながら頷いた。
公園からいったん凜理の家である神社に向かう。
いざなぎ神社の鳥居の前で、
「やっぱり、わたし、ここで待ってます」
と、いきなり菊瑠がのたまった。
「何を言う! 我が研究部部員として、君も同行するのだ」
「でも、無理なんです」
嫌がる菊瑠の手を満夜は取った。そして、ぐいと思い切り引いた。とたん、何か壁のようなものが現れたように、菊瑠の手が拒まれ、弾かれた。
「わたし、神社全部こんな感じなんです」
困ったような顔つきで菊瑠が言い訳した。
「それならそうと早く言えばいいのに」
手を腰に当てて、凜理がため息を吐いた。
「結局、ヒント探しはあたしと満夜だけでやらなアカンってことやね」
「嫌なのかッ!?」
満夜が問いただした。
「嫌ッちゅうか、めんどいねん。いつもそうやって、秘密を暴くとかいうて、宝物庫に出入りするけど、後片付けせぇへんやん」
「むむぅ、今回はきちんと後片付けもするぞ!」
珍しく満夜が言った。
「約束やで?」
「オレは約束を破らないぞ!」
「まぁ、確かに……」
確かに、凜理の秘密を誰にも話したりしない。その代わり脅しているが……。
菊瑠を残して二人は社務所に置いてある鍵を取り、宝物庫へ向かった。
かんぬきを外して宝物庫の扉を開ける。分厚い戸を開けるとふわりふわりと埃が舞った。
「かび臭い。ちゃんと換気はしているのか」
「しつれいやな。毎月虫干しを手伝わされてるんやから」
二人は凜理を先頭に中へ入っていく。
中は薄暗く、扉から差し込む光が届かない場所は真っ暗闇だ。
壁沿いには棚が掛けられており、中央にも背の高い棚が並べられている。
その全てに桐の箱や、巻物、古書が積み重ねられていた。
「これ全部調べるのはむりやない?」
「とにかく片っ端から八束の剣に関する文献をあさっていくしかない!」
まずは手前から手を付け始める。
棚の真ん中まであさっていったけれど、とうとう満夜のほうが音を上げた。
「らちがあかん!」
「満夜が言い出しっぺやないの」
「文字が全く読めんとは思わなかったのだ」
「そら、そうやろうなぁ」
凜理は手元にある古書を広げ、書面に書かれたミミズののたくったような筆文字を眺める。
「素直に竹子おばあちゃんに聞いたほうが良くない?」
「なんて聞くんだ?」
満夜が疑り深い目で凜理を見やった。銅鏡や今調べていることを竹子にばらされるのではないかと思ったのだ。
「ばらさへんよ。そんなことしたら、うちも怒られるやないの」
ひとまず棚から出した古書や桐の箱を元に戻すと、二人は宝物庫にかんぬきを掛けて、社務所から母屋に上がっていった。
「ただいまー。おかあさん、竹子おばあちゃんおる?」
リビングに入って、ソファに座っている母親に声を掛けると、美千代がテレビから目を離して満夜を見た。
「あら、満夜くん、こんにちは」
「お邪魔するぞ」
満夜のふてぶてしい態度になれている美千代が、お茶を持って行くわねーと席を立った。
「おばあちゃんは部屋にいるわよ。満夜くん、飲み物は何がいい?」
「お任せする」
「もういいから、こっちきいや」
満夜は凜理にせかされて、竹子の部屋へ赴いた。
「竹子おばあちゃん、おる?」
ふすまの向こう側から、衣擦れがして、戸が開いた。
「あらまぁ、満夜くんどないしたん。凜理も改まっちゃって」
「聞きたいことがあるんやけど」
「聞きたいこと? 部屋に入り、それから聞こうやないの」
二人は竹子に促されるままに部屋に入っていった。
「で、聞きたいこというんはなんやの」
「や……! むぐう」
満夜が息せき切ってしゃべろうとするのを、凜理が口を塞いでとめた。
「千本鳥居のことや」
「千本鳥居? あそこがどないしたん?」
「なんか言い伝えとかないのん?」
「そんなまだるっこ……、むぐう!」
満夜が単刀直入に聞こうとするのを、凜理がことごとく邪魔をする。
「言い伝えなぁ……そうやね、あそこで歌ったらアカン呪歌いうのんはあるな」
「呪歌?」
凜理が不思議そうな顔をして聞き返した。
「呪いの歌か!」
満夜はまさに自分にうってつけの案件とでも言い足そうに声を上げた。
「のろいとちゃうで。まじないや」
竹子がすました顔で答えた。
「まじない?」
期待が外れてがっかりと肩を落とす満夜を背に、凜理がいった。
「そうや。凜理が小さい頃あそこで遊んだらアカンいわれてたやろ?」
「そういえばそうやな。でもこっそり遊んでたけど」
「かくれんぼやら、そういうのはええんよ」
「そうなのか。妖怪大戦争はいいのか?」
満夜は自分が凜理相手に遊んでいた遊び、創作遊びを思い出した。
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