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「草木で罠を作ったり、落とし穴を掘ったり。いくら女神さまの隠し子だったとはいえ、元々は田舎の羊飼いだからね。そこから伝説の剣を引き抜いて、必死に修業して、最強の盾を手に入れたんだ」
「伝説の剣と、最強の盾……」
「君たちのことだよ」
黒縁の丸眼鏡の奥から、ディヒターが笑みを浮かべる。
「ルーハ。アイ。君たちがいたから、アルトールは英雄となれたんだ」
「っしゃあああああ! いつでもかかってきなさい!」
同時に準備運動を終えたリッターが雄叫びをあげた。
「相変わらずだな」
アルトールは苦笑いを浮かべながらも楽しそうである。
「両者向かい合って」
リッターとアルトールの間にはイザードが立っていて、審判を務める。
「始め」
ふっ、とリッターの姿が消える。残像すら置いていかない。まるで瞬間異動のようにアルトールの背後へ回り一撃を仕掛けようとする。
しかし触れるか触れないかの内にアルトールはリッターを避ける。身を翻して距離を取り、腹の底から声をあげて笑った。
「ほんとうに、相変わらずだ」
一方でその瞳は最早笑ってはいない。
とん、とん。爪先で床を叩くと、一気に速度を上げてリッターの懐へと入りこむ。数多の打撃と防御。
足払いに引っかかってアルトールがよろめく。だがそれはふりであって、油断したリッターの隙をついて体ごと回転させながら蹴りを喰らわせた。
最初の一撃。
驚いたリッターにそのまま背中へ向けて両の拳を突きつける。
鈍い音がして、次の瞬間、リッターは地面にうつぶせになっていた。膝に力を入れながらなんとか起き上がり、不利な形勢にもかかわらずアルトールを挑発する。
「まだまだぁ!」
額からは血が流れていた。
「主、すごいです」
「かっこいいです」
思わずアイとルーハは素直な感想を述べた。
しかしディヒターは自分の眉間に右手を当てる。
「完全にテンションがあがっちゃってる。よほど嬉しいんだろうな。リッターも、アルトールも」
「と、止めないんですか?」
「うーん。ぶっ倒れるまで、無理だね」
外野が溜息をついている間に決着はつこうとしていた。
猪突猛進、拳を振りかざしたリッター。
アルトールはひらりと避けると、そのままリッターの流れに沿うようになめらかにかつ素早く動き宙を舞う。鮮やかな動作で放った蹴りの一撃は、見事にリッターのみぞおちに入った。
挑戦者は、今度こそ倒れて動かなくなる。
「勝者、アルトール」
イザードがリッターの意識の有無を確認してアルトールの右手を挙げた。
「1000試合目は俺の勝ちだったな」
「主!」
真っ先にアルトールのもとへ駆け寄っていったのはルーハだった。左手の甲にそっと両手で触れる。
「お怪我をされています。早く手当てを」
「あぁ、ほんとだ」
「主の強さは理解していますが、無益な戦闘はお控えください」
「あるじ、かっこよかったです!」
続いてアイも走ってくる。
「ぼくにもいつか教えてください」
アルトールはルーハとアイの顔を交互に見遣った。ぷっ、と小さく噴き出す。
ふたりは何故笑い出したのか理解できず、怪訝そうにお互いを見る。
「いやいや、ごめん。真逆だな、と思って」
「真逆?」
「俺はうれしいよ。ルーハとアイが、ちゃんと自分の意志を持って成長していることに」
そして、ふたりの頭を、両の手で撫でた。