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城内の東の離れは稽古場となっていて、主には王国軍の兵士たちが利用している。しかし国王が利用するときには立ち入り禁止となり、限られた人間しか出入りできなくなる。
今、稽古場にいるのは、アルトール、イザード、リッター、ディヒター。
そして、ルーハとアイ。
魔王討伐に成功した伝説の勇者一行だ。
「腕が鳴るわ」
実際に関節を鳴らしながら、露出の多い戦闘着に着替えたリッターが楽しそうに舌なめずりをした。
骨格の所為か筋骨隆々とまではいかないが、闘う為に必要な筋肉はしっかりと鍛え上げられている。準備運動をしながら、心底嬉しそうににやにやとしていた。
「アルトールと手合わせできるなんていつぶりかしら。戦歴は509勝、490敗。次が記念すべき1000試合目」
対するアルトールも、短剣ではなく素手で戦う為の軽装。
入念に全身を伸ばして可動域を確かめている。
「よく覚えているな」
「当たり前でしょう。アタシの方が上回ったら、土下座して何でも言うことを聞いてくれるって約束したじゃない」
「そうだった」
軽快なやり取りに、外野のルーハが溜息をつく。
「珍客に時間を割くなんて、よく許可しましたわね」
「せっかくだしいいじゃん。イザードさまだって、きっと見たかったんだよ。ふたりの対決を」
アイは両手を合わせてふたりを注視する。
「それにぼくも見てみたい。あるじが戦うところ」
「……わたくしだってそうですけれど」
アイとルーハのやり取りを聞いていたディヒターが目を細めた。
「ルーハとアイは武器だったから、武器を持たないアルトールが珍しいんだね。元々君たちに出会う前は、肉弾戦というか、かなり野戦味のある戦い方をしていたよ」
「野戦味」
アイとルーハは、左隣に立っているディヒターに視線を向ける。
勇者の物語を書き留める能力というのは実は希有なもので、選ばれた人間にしか与えられない。
詩人にしか扱えない特別な硝子でできたペンで、永遠に色褪せない特別な紙へ綴る。すると、物語は失われることなく、人々の間に伝わり続ける。
ディヒターはアルトールの物語を伝記として綴ることのできる唯一の存在で、今はその物語を執筆しているところだった。