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「王があまりにもつまらなさそうに署名をしていたのでそんな気はしていました」
謁見の間で玉座に座ることを許されず、アルトールはしょんぼりと床に正座していた。
国内において、アルトールに唯一説教をすることのできる人間がいる。かつての勇者一行のひとり、大魔導師のイザード・ナハトだ。
床に届きそうな白銀色の髪と同じ色の瞳は殆ど開かれることがない。今もかたく閉じられて、白銀色の睫毛が下りている。
極上の絹で織られた漆黒のローブは何にも染まらないという公正さ、正義を表している。つまり、よく言えば真面目。わるく言えば堅物。
アルトールの傍らで、アイも小さく正座している。
こっそりと城へ戻ってきたふたりだったがあっけなく抜け出していたことは露見していた。国王の僅かな不在を不審に思ったイザードが、門番を問い詰めて白状させていたのだ。
「貴方の強さは存じているので身の心配などはしていません。そうではなく、国王としての務めを放棄して、かつ、盾も連れていったということを、私は咎めているのです」
「イザードさま。ぼくが勝手についていったのです、あるじは何も悪くありません」
「課題を放棄して?」
アイは身を縮こまらせた。アイとルーハの教育係こそ、イザードなのだ。流石のアイも、イザードに睨まれると身動きがとれない。
「貴女の役目は、王の脱走を止めることでした。それが理解できないのなら政務官には到底向いていません」
そんな重たい空気をぶち破ったのは場に相応しくない明るいふたつの声だった。
「まぁまぁ。イザードは怒りすぎなのよ」
「アルトール。久しぶりだね」
国王謁見用の、桜鼠色の正装。山吹色の髪と緑青色の瞳に、まったく同じ顔をしたふたり。髪型に着目すると、ふわふわのミディアムパーマがリッター・アイネ。さらさらのマッシュがディヒター・アイネ。
リッターはイザードの背後から両肩に手を置いた。
「国王を正座させてどうすんの。ほら、アンタも大人しく堅物の言いなりになってちゃだめじゃない。ほらほら」
快活さのある声と動作に、つられてアルトールは立ちあがる。そしてばしっ、とかなりの強度で背中を強く叩かれて、前のめりになってむせ返った。
涙目になって振り返りながらアルトールは情けない声を出す。
「く、国一番の戦士が冗談でも背中を叩くんじゃない」
「はぁ? なまってるそっちが悪いんでしょ。アタシはかなり手加減したわ」
「そうは見えなかったよ……」
ディヒターは、リッターとは対照的な物腰の柔らかさを全身からにじみ出しながらもさりげなくつっこみを入れる。
女装の戦士、リッター。
吟遊詩人、ディヒター。この双子もまた、かつての勇者一行である。
「あら、そう?」
「国王のことはもっと大事にしなきゃ」
「それはこの堅物にも言うべき台詞だわ」
びしっと勢いよくリッターがイザードを指差す。しかしイザードは反論もしなければ言葉のひとつも発さない。
代わりに問いかけたのはようやく痛みの治まったアルトールだった。
「ところでふたりとも何しにここへ来たんだい」
「何しに、じゃないわよ。しばらく泊まってってあげるから、精一杯もてなしてちょうだい」