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完璧に磨かれて埃ひとつ落ちていない廊下を、アイは両手いっぱいに書物を抱えながらよたよたと歩いていた。
1日のスケジュールはほぼ決まっているが、少ない空き時間を利用して、溜まっている課題に取り組んでいる。ルーハと比べると決して要領のいい方ではないけれど、与えられた性格から深く悩むことなかった。
「……あるじ?」
ふと、アイは立ち止まり、大きな窓から中庭へと視線を向けた。
階下の中庭には陽の光がたっぷりと射し込んでいて眩しい。
対照的に陰ができている壁際で、アルトールがぼろぼろで焦げ茶色のジャケットを着て、きょろきょろと辺りを見渡している。髪の毛もぼさぼさに乱れていて、とても国王然としていなかった。
アイは書物を廊下にそっと置く。
そして、一瞬の躊躇いもなく、窓を開けて足を引っかけると、2階から1階の中庭へと飛び降りた。音のしない華麗な着地だった。
そんなアイに、アルトールは気づいてない。中庭を抜けて小さな通用門の前まで慎重に歩いていくと、扉にそっと手をかける。
「あーるじ! どこへ行かれるのですか?」
アルトールの両肩が大きく震えた。勢いよく振り向いて相手がアイだと判ると、気まずそうに頬を掻く。
顔も煤だらけになっている。わざとみすぼらしさを演出しているのだと、ようやくアイにも理解できた。古びたジャケットも、穴の開きかけた革靴も、勇者になる前から着ているものだ。
この国王は時々、こうやって城を抜けだしているのだ。
顎に右手を当て少し考えるような仕草ののち、アルトールが言う。
「たまには、アイもついてくるかい?」
「よいのですか!」
アイの顔に花が咲く。
「いつも土産だけじゃつまらないだろう」
「そんなことはありませんが、ぼくはあるじのお供をさせていただきたいです」
「よし。じゃあ、決まりだな。ついておいで」
大きな掌がアイに差し出される。年齢に似合わず節くれだった古傷だらけの左手は、百戦錬磨の物語を容易に想像させた。
アイが小さな右手を載せると彼女の主はしっかりと包み込み、握りしめた。
ふたりは体を屈めて通用門をくぐる。
外側で番をしていた兵士に手慣れた様子でチップを渡すと、アルトールは大きく背伸びをした。外の空気をめいっぱい吸いこんで、快哉と共に吐き出す。
「やっぱり城外の空気は気持ちいいな!」
「あるじ、これからどこへ向かうのですか?」
アイは人間の姿になってから、つまり意志を持ってから外の世界へ出るのは初めてだった。アルトールなみに気分が高揚し、両手をぎゅっと固く結びながら上下に振る。
そのことに気づき、アルトールも再び考える仕草をとる。
「せっかくだから俺のお気に入りを紹介するよ」