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「だから貴女は駄目なのです」
四方が天井まで書物に囲まれた部屋はなめらかな白百合色。
衣擦れの音すら許さないような静かな空間で、同じような顔をして、同じような服を着たふたりの少女が向かい合っていた。
否定的な発言をしたのは、腰まで届く長さの濡羽色の髪の主だった。すみれ色の瞳はまなじりがつり上がっていて、言葉の強さを支えている。
身に纏っている金色の紋章が施された長い裾の上着と踵まである長いスカートは、肌を極力見せないような造りになっていた。
艶めく髪をさらりと揺らしながら、発言した側は対する少女を睨む。
睨まれた側の少女は、黄金色の短い髪の先を右手の人差し指で弄びながら、ばつが悪そうに視線を逸らした。二重の瞳は象牙色だ。
上着はすみれ色の瞳の少女と同じものだが、足のほぼ露出しているショートパンツを履いている。足元は、繊細な花柄の刺繍が施された黒いブーツ。
そんな彼女の無言を肯定と解釈したのだろうか、先の発言主は一気に畳みかけた。
「主が王として政を滞りなく行えるように補佐するのがわたくしたちの務めなのですよ。いつまで経っても甘い考えのままでいてはいけません。アイ、解っていますか」
「ルーハは厳しすぎます」
アイと呼ばれた少女は、眉毛をへの字にしたまま両頬を膨らませた。
「あるじだって、徐々に人間世界に慣れていけばいいと、おっしゃってくださっています」
「それが甘いと言っているのです」
ルーハはアイの眉間に勢いよく人差し指を当てる。
ルーハとアイ。
ふたりはかつて、国の英雄・勇者アルトールの武器だった。
ルーハは伝説の剣・エクサルーバ。アイは最強の盾・アイハ・イギス。数多の戦地をくぐり抜けて、アルトールへ英雄の称号を与えた偉大なる武器。
彼の肩書きが勇者から国王へと変化したとき、剣と盾は少女の姿になり人間となるよう意志を与えられた。
ふたりの使命は、国王のよき補佐官となること。いついかなるときも傍らで国王を守ること。
「わたくしは一刻も早く主の力となりたいのです。貴女はそう思わないのですか?」
そんなふたりの言い争いの原因は、山積みになったアイの勉強道具だった。期日を守れずにどんどん溜まっていった、歴史学や政治学の課題。
「はいはい。ふたりとも落ち着いて」
「主」
「あるじ!」
アイとルーハの声が重なる。
唐突に部屋へ入ってきた体格のよい青年は、かつては勇者、今は国王と呼ばれている。朗らかな声と笑顔によってたちまち室内の雰囲気は和らいだ。
黄金色の髪とすみれ色の大きな瞳。精悍な顔立ちをしているが、よく観察するとアイとルーハに似ている。それは彼を模して少女たちが造られたことを示していた。
身分に相応しい豪奢な衣服ではなく、襟付きの純白色をしたシャツを、紺碧色のズボンに合わせている。しかしベルトにはアイの靴と同じ立派な刺繍が施され、中央に王家の紋章が彫られている。
短剣は提げているものの平穏が訪れた現在では鞘から引き抜く機会がない。
ルーハは真剣な眼差しで国王・アルトールの前に跪く。
「主。わたくしは、早く主の力となりたいのです。かつてのように」
「ルーハの気持ちも真剣さも分かるし、アイだってアイなりに勉強していたのは知っているから、どちらも同じくらいうれしいよ。俺は」
骨ばった大きな手で、アルトールはそれぞれの頭をぽん、と撫でた。
「すっかり環境が変わってしまった今、味方がいることがありがたいんだ」
アイとルーハは俯いて頬を赤らめる。
「あるじ、大好きです」
「俺もだよ。俺も、ルーハとアイが、大好きだ」
王が破顔してしまえば、ふたりは何も言うことができない。とにかく主の存在は絶対的なもの。
剣と盾の言い争いは、だいたいがこうやって収束するのだった。