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廊下を歩きながら、思わずアイは独り言を漏らしていた。
「だけど、イザードは味方ですよね? 難しいことばかりでもやもやします」
ここ数日話し相手がいない所為で、ことある毎にひとりごちてしまうのだ。
すると中庭ではなく廊下の突き当たりにアルトールらしき姿を見つけた。
「ある、」
駆け寄ろうとしてみたものの、背格好の似た男性と神妙そうな面持ちで言葉を交わしていたので、足を止めてしまう。
その男こそ、宰相エクトーケ。
本来の第一王位継承者。
子どもの頃から帝王学を学び、国王となるべく生きてきた人間。アルトールと同じ髪と瞳の色を有しているが、髪の毛は肩までの長さがあり、銀色の華奢な髪留めで束ねている。
光沢のある極上の絹で織られた長いジャケットには王家の紋章。すらりとしたズボンも同じ素材からできている。革靴は完璧に磨き上げられていて、手垢ひとつ許さない。
鋭い眼光と決して他者に微笑みを向けない口元は、孤高の、誇り高い獣のようだった。
「魔法鍛冶師からの宝飾品は明後日届くとのことだが手続きは滞りなく進んでいるのか」
エクトーケに訊かれて、アルトールは深く頷いた。
「大丈夫。隣国への献上品リストもばっちりさ」
「これが失敗すればお前のなけなしの威厳は地に堕ちる。せいぜい、慎重にやることだ」
アルトールが城へ正式に招かれるとき、ふたりは義兄弟の契りを交わした。
年齢的に5歳上のエクトーケが兄、アルトールは弟。
そしてアルトールに王位が継承されはしたが、政治に明るくない彼の補佐として、エクトーケは宰相の位を与えられたのだ。
実質的に王国の政治を動かしているのはまだエクトーケだった。
「慎重な兄上がいてくださるから、俺は助かってるよ」
「ふん」
温度差のあるふたりの会話はすぐに終わった。
エクトーケは鼻をならすと何処かへ歩いて行く。
アルトールもそんな彼を見送って、ひとりで去ってしまった。
「あのひと、なんだか、苦手です」
アイの内に表現しようのない感情が生まれる。
傍らにアルトールがいたらうまく説明してくれるかもしれないが、とにかく今のアイはひとりだった。
意を決して、指輪に触れる。
ひんやりと冷たい蒼玉は何も応えてはくれないけれど、ほんの少しだけ安心感を得ることができた。
エクトーケは正当な王位継承者だが、アルトールは数代前の王家の一族が女神と恋に落ち、それを契機として起きた内紛で城外へ逃げたときの子孫だという。
ただの羊飼いの少年として暮らしていたアルトールが王家と女神の血筋だと証明してくれたのがこの指輪であり、城の奥深くで眠っていた聖剣エクサルーバを引き抜いたという事実だった。
と、アイはイザードから習った。
アルトールも正当な王家の血筋の人間なのだ。
アイには、アルトールに人間の敵がいるということが、想像もつかないのだった。