25:過去と今
「パパはなにをしたの。パパが捕まるようなことをしたから、お姉さんはパパを殺しに来たの?」
どう言えばいいのかわからない。特殊防衛官としてどうすれば正しいのかもわからない。けれど、――せめて、目の前のこの子にとってだけでも、誠実でいたい。
あの人が幼いあたしに対してそうであったように。
「あなたのパパは、悪いことをしました。でも、あたしたちはパパを害しに来たわけじゃありません。パパに改めてもらいに来ました」
図るようにあたしを見つめていた男の子の唇が小さく動いた。
「改めるって、どういうこと? 懲らしめるってこと?」
「自分がしたことがどういうことだったか、これからどうすべきか、それをしっかりと考えてもらいたいの。しかるべきところで」
現状、ハヤギ・リュウトに出ている令状で、ハヤギが死刑になることはない。もし、所長の言う新しく発見された死体が、ハヤギ・リュウトが成した罪の結果であったとしても、大人しく同行さえしてくれれば、死刑になる確率は低い。
被害者からすれば、許しがたいことであるかもしれないけれど。あたしたちの法は、そうなっている。
「でも、そのためには、パパに悪いことと向き合ってもらわなければならないの」
あたしたちの法は、鬼であれ、人間であれ、その存在の持つ善を信じている。疑わしきは罰せず、改心の可能性を信じる。あたしたちはそんな世界を生きているのだ。
鬼は怖い。けれど、怖い鬼ばかりではない。お互いに親和をはかり共存していけるのだと、信じていたい。
「今、あなたのパパは、怒っています。それは、わかるよね」
また、背後でなにかが壊れる音がした。大丈夫。桐生さんは大丈夫。だって、特Aだから。あたしなんかには想像の付かないすごい鬼狩りだから。
言い聞かせて、後ろを振り返る代わりに、あたしは男の子の手を掴んだ。冷えた指先は、外にいるからだけではないだろう。緊張と恐怖から熱が失われている。
ぎゅっと握りしめているうちに、じんわりと熱が伝道するように、小さな指先が赤くなる。
「うん」
逡巡のあと、男の子は頷いた。
「パパの声がする。怒ってる。いっぱい、怒ってる。あんなパパを僕は知らない」
あたしには聞こえないけれど、人間よりもずっと鋭敏な感覚を持つ「鬼」の子の耳には届いているのだろう。
「それは、あなたがいなかったからなの」
「え?」
「いなかったあなたを探しているの。あたしたちが、あなたをどこかへ連れて行ってしまったのではないかと疑って、それで怒っているの。戦っているの、あなたのために」
まじまじとあたしを見つめている男の子の瞳が驚愕に染まる。けれど、きっとそれが事実だ。
「でも、そうじゃないよね。あなたは、ちょっと外に出ていて、それだけだったんだよね」
迷うように子どもの表情がぶれる。駄目押すようにあたしは静かに畳みかけた。
「だから、それをパパに教えてあげて、……パパの気持ちを落ち着けてほしい」
そうであれば、あたしたちの話を聞いてくれるかもしれない。大人しく同行の求めに応じてくれるかもしれない。
「そのお手伝いをしてほしいの」
脅すようなことを言っているとわかっていた。けれど、続ける。
「このままだと、あなたのパパは死んでしまうかもしれない。もし、そうなったら、もう二度と逢えない。でも、生きてさえいれば、いつか逢えます。罪を償った、その先で」
鬼の寿命は、永いとされている。個体差はあるとも言われているが、平均して百五十年。なかには三百年近く鬼もいるとされているけれど。とどのつまり、人間よりよほど長く生きるのだ。
人間よりよほど強靭な肉体を持ち、強い力を持つ彼らを、人間と同等だと思うことが間違いなのかもしれない。けれど、そうあるための最後の要が、あたしたち「鬼狩り」なのだ。
少なくとも、あたしは学校で、恭子先生にそう教わった。
「ぼ、僕」
じわりと涙を浮かべたかと思うと、男の子は堰を切ったように喋り出した。
「ちょっと、外に出て見たかっただけなの。今日がはじめてだったの。いつも、パパが僕が寝てから外に行くのも知ってたから。外はどんなところだろうって思ったの。それだけだったの」
こんな小さな子に、外に興味を持つなと言うほうが無理な話だ。この子が、いつからこんなふうに過ごしていたのかはわからないけれど。
もしかすると、生まれたころから、鬼とも人間とも隔絶された世界で、父親とふたりだけで時を刻んでいたのかもしれない。
「パパに心配させるつもりもなかったし、怒られたくなかったの」
怒られたくなんて、ないよね。どんなことよりも、肉親に叱責される怖さのほうが強い。あたしも小さいころはそうだったかもしれないな。でも。
「大丈夫だよ」
怒られるのは、心配されているからで。愛されているからで。生きているからだ。
「あとで、ちゃんと、怒られよう? それから、ごめんなさいもしよう?」
片手にクロスボウを持ったまま、男の子の身体を抱き上げる。あのころの瑛人と同じくらいだ。けれど、あのころは、両手で抱き上げるのが精一杯だったっけ。
本当だったら、いつか、あたしの身長なんてあっという間に追い越して。あたしを見下ろす顔があったのだろうけれど。甘えん坊で、戦隊ヒーローが大好きで、元気いっぱいで、ちょっとからかったら、すぐに拗ねていた。
そんなにすぐに拗ねちゃって、小学校に入ったらお友達と仲良くできるのかな。そう言ったあたしに、大丈夫だもんとそう言って、歯をむき出しにして笑っていた。
瑛人はどんな男の子になっていたのだろう。あたしには、成長したその顔は想像すらできない。いつまでも、小さくてかわいい、……守ることのできなかった、あたしの弟。
さわと風が吹いて、男の子の黒髪が揺れる。
倉庫に戻る最後、見上げた夜空に星が瞬いていた。きゅっとスーツの襟元を男の子の指が掴む。
もう見えないと思ったそれは、あたしの瞳にまたきれいに輝くようになった。
それは、生きているからだ。
あたしが生き残ったからだ。
生きていれば、痛みは和らぐ。そして、生きていける。どれだけつらくたって。幸せなことも、目を逸らさなければ、きっとあるから。
あたしが、夢を見つけて生きてきたように。
それは、人間だって、鬼だって、同じはずだ。




