表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/34

19:緊急要請

「フジコちゃん、フジコちゃん」

「はい!」

「一応、これで大丈夫なんやけど……」


 呼ばれて、桐生さんの机の横に回る。机上に広がっているのは件の月報だ。一応、大丈夫、の言葉にほっとしかけたのも束の間。桐生さんの声が止まる。

 なにか新たなミスが発覚しただろうかとの懸念は、所長の机で鳴った電話で打ち消された。


 ――また、あの電話か。


 これは所長、今日もこのまま夜まで帰ってこなさそうだなぁ。ちらりと時間を確認する。午後二時十分。所長宛てに直にかかってくるそれは、かなりの高確率でお呼び出し案件なのだ。

 また判子、貰い損ねちゃいそうというのは、まったくもってあたしの都合ではあるのだけれど。それはさておいても、所長も桐生さんも大変だ。

 そんなことを考えながら、指示の続きを待っていると、「令状」という単語が飛び込んできて、思わずあたしも耳を澄ます。


「急ぎなら、そちらから持ってきたらどうだ。たまには」


 不機嫌そうな声は、仕事相手(おまけに、たぶん、本部のほうが目上だ)に向けるものではないのではなかろうか。配属されたばかりのころはハラハラしていたのだけれど、桐生さんに気にするなと言われたので気にしないことにした。

 けれど、今はそういう意味ではなく、通話内容が気になる。


 ――令状って、もしかして、出動任務……?


「わかった、わかった。俺が取りに行く。詳細は? ――メールで送った? 了解した。確認する」


 通話が終わるなり、所長が桐生さんを呼んだ。


「仕事だ。ランクB」


 その言葉に、あたしにも緊張が走る。ランクBということは――。


「フジコちゃん」

「あ、はい!」

「メール、確認して。印刷もお願い」

「はい」

「それと、フジコちゃんも、出動準備」

「は……はい!」


 本部からのメールが届くパソコンに向かいながら、あたしは唾を呑み込んだ。出動。いつか来ると覚悟をしていたはずなのに、それでも聞いた瞬間、鼓動が激しくなった。動揺しているのか、メーラーをなかなかクリックできない。

 数瞬の後、開いた受信ボックスの一番上には、本部からの通知が光っていた。


「来てます。印刷します」

「本部まで行ってくる」


 あたしの報告と相前後して所長が紅屋を後にする。プリンターから吐き出されたメール本文を桐生さんに手渡して、あたしも自分のものに目を落とした。

 件名は簡潔にランクB出動要請と記されていた。


「クロスボウの整備は問題ないよね?」

「大丈夫……です。毎日、朝と夜、確認してます」

「はい、了解」


 紙面から視線を上げて、桐生さんが静かに口を開いた。


「今回の鬼は、ランクB。婦女暴行の前科有り。一昨日の夜にまたひとり女性が被害に遭っていて……女性に残されたDNAが、この前科犯の鬼と一致。それにより、逮捕状が出た。そういうことです。ちなみにフジコちゃん。なんで緊急案件なのかはわかる?」

「えぇ、と。初犯時に比べて、凶暴性が増しているからでしょうか」

「正解。命があったのが奇跡やね」


 さらりと桐生さんは口にしたが、メールに記されていた詳細に気分が悪くなった。文字で見ただけでこれなのだ。写真で、……まして、現場で見たら胃液がせり上がってきそうだった。そんなことを言っている場合じゃないことは、重々承知しているけれど。


「さて、フジコちゃん。出動する前に、ちょっと確認しよか」

「は、はい」

「まず、鬼のランクについて、言ってみてくれる?」

「鬼はその能力により三段階に分類されています。上から、A、B+、B」

「うん。それで?」

「Bは特殊な能力のない一般的な鬼で、大半の鬼がこのクラスであるとされています。B+は通常の鬼の剛力にプラスして、なにか特殊な能力を持つものが該当します。特殊能力を持つ鬼のなかでも飛びぬけた力を持つものがAにランク付けされていますが、現時点ではAランクの鬼が地上に現れることはほとんどないとされています」

「そのとおり」


 いつもと変わらない調子で桐生さんは「えらいね」と続けてから、補足した。


「Bのなかにも細かいランクはあるけど、基本的にはフジコちゃんの言ったとおりでオッケー。B+ランク以上の鬼の討伐の際は、鬼狩りもチーム編成をすることが基本です。そしてそのときは、こっちもB+以上がふたりか、Aランク以上がひとりチーム内にいることが必須条件」


 つまるところ、B+以上の鬼は、とても危険なのだ。あたしが任務で出会うことも早々ないと思いたい……のだけれど。


「今回はBランクの鬼なので、出動者は僕とフジコちゃんのふたり編成で問題なし」

「はい」


 不安を吹き飛ばすように勢いよく頷いたあたしに、桐生さんが苦笑を零した。


「蒼くんが本部から戻ってからやないと、出られへんから。今からその調子やとしんどなるよ?」

「あ……はい。そう、ですよね」

「まぁ、ほな。勢い込んでるフジコちゃんのために、出動の手順も一緒に確認しとこうかな」

「は、はい。すみません……」

「じゃあ、フジコちゃんにクイズです。さて、蒼くんは、今、なにをしに本部まで行っているでしょう」


 あたしの緊張を解すような軽い口調に、努めていつもの調子で答える。無用に力が入っていると、ろくなことにならないだろうことは想像に難くない。


「逮捕状も、ですけど、前科のある鬼ということは、ICチップが埋め込まれていますよね。その追跡情報を受け取りに、ということですか」

「うん、そう。正解。フジコちゃんはちゃんと勉強していてえらいねぇ。なので、蒼くんが戻ってきたら、鬼の居場所もわかるので、すぐに出動することになるんやけど」

「はい」 

「じゃあ、フジコちゃん。確保の手順はわかるかな」

「確保の手順……」


 一度、直接見たことがあるそれは、いろんな意味であたしの脳裏に色濃く残っている。


「まず、鬼がターゲットであることを確認し、ライセンスの提示と、令状の提示。抵抗が無ければ、その場で確保、担当者に引き渡しで任務完了です」


 鬼を確保するために必要なものは、ライセンスに令状。それから登録武器と、術具職人が作る鬼の剛力を押さえる手錠。つい先日、渡辺さんから貰ったばかりのものがバッグに入っている。素直に嵌めてくれるのなら、なんの問題もないのだけれど、そうでない場合、「武力行使」ということになってしまう。つまるところ、戦闘だ。


「殺人などの重大犯罪犯の場合は殺傷も可能ではありますが、生きて確保することが望ましいとされています」

「うん。そのとおり。基本知識は問題なし。まぁ、現場は場数を踏んでみんとわからへんしね。これから経験を増やしていけば、実戦も問題なしになっていくやろうし」

「はは、そうなればいいんですが」


 というか、ならなければ困るのだけれど。苦笑いとも愛想笑いともいえないものを浮かべたあたしに、桐生さんはまた笑って、「忘れ物はしないようにね」とこれぞ引率の先生のようなことを言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ