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14:休日の朝2

「で? どうなのよ、紅屋は」

「うん。所長も桐生さんもすごい人で、でもいい人だよ」


 幸せを嚙みしめたまま、ふへと笑ったあたしに、みっちゃんはどこか呆れたように眉を上げた。


「あんたって」

「なぁに?」

「初日はあれだけ死んでたくせに。どういう心境の変化なわけ」


 そういえば、みっちゃんに泣きついたあの日から半月ほどしか経っていないのだった。


 ――やっぱり、あたしって現金だなぁ。仕事が死にそうなことには変わりないのに、所長に送ってもらったあの夜以来、精神的な辛さがぜんぜん違うんだもん。


「うーん、いい人だってわかったから、かな」

「あんたにかかると、世界中の人間みんないい人になりそうだけどね」


 今度こそ完全に呆れた調子でみっちゃんは毒づいた。


「というか、あれは結局どうだったのよ」

「なにが?」

「あんたの配属理由よ。実際のところ、ちゃんとわかったの?」

「うーん……、そうだねぇ」


 そういえば、これも初日にみっちゃんに泣きついたんだっけ。「あたしの二つ名がおもしろいって理由だけで採用されたっぽいんだけど、どう思う?」って。

 ちなみにそのときのみっちゃんの反応は「天才の考えることはわからない」だった。うん、そこは……否定しづらいけれど、でも。


「どうも、いいかげん研修生を採れって本部から、かなりせっつかれていたみたいで」

「あぁ。紅屋って、今までぜんぜん研修生を受け入れてなかったらしいものね」

「うん。それで、おふたりで研修生の登録簿を見てらっしゃったみたいなんだけど。その、どうも」

「……あんたの二つ名にインパクトがあり過ぎて、目に付いたって?」

「まぁ、でも、たぶん、悪い意味だけじゃなく、おふたりとも、誰でも一緒だって思っておられたんじゃないかなぁ」


 若干トーンの下がったみっちゃんの声にビビりながらも、あたしは話を継いだ。あたしより優秀な研修生はいくらでもいるとは思う。けれど、あのふたりを前にしたら、研修生の実力差なんて団栗の背比べでしかないのだ、きっと。


「どんな新人が来ても対応できるし、どんな新人が来ても足を引っ張ることには変わりはないって」


 だから、どんな新人であれ、面倒を看ようと思ってくださったんじゃないかなぁ。あたしは勝手にそう解釈することにしたのだ。最初はおもしろがっただけなんじゃ、なんて、穿った見方をしていたけれど、きっとそうじゃなかったのだと。

 そう思うと、やっぱり紅屋に配属されたあたしは、ほかのみんなが言うようにラッキーだったのかもしれない。


 ――恭子先生ってば、あたしに変な二つ名を付けて、なんのいじめだって思ったけど。感謝しなきゃ、なのかなぁ。


 由来を聞いても、「いずれわかるわ、ミス・藤子」なんて言葉と笑顔で流されて、真実はわからずじまいだったけど。


「あんたが言うのなら、そうなのかもね」


 あたしの顔をじっと見ていたみっちゃんが小さく肩をすくめて、残っていた珈琲を飲み切った。そして、ふわと欠伸を噛み殺す。


「じゃあ、あたしはちょっとひと眠りしようかな。あんたも持ち番のときは覚悟してなさいよ」

「あ、待って! みっちゃん」

「なによ、奈々」

「あ、あのね。みっちゃんってさ、もう鬼に会った?」


 みっちゃんは、立ち上がりかけていた態勢をゆっくりと椅子に戻して、あたしを見た。そして静かに目元を笑ませた。仕方ないなとでも言うように。


「会ったわよ」

「……そっか」

「傷害罪で逮捕状が出ていたBランクの鬼のね、逮捕の現場にあたしも臨場したの」


 最後の課題と一緒だなぁ、と思った。罪を犯した鬼を逮捕する。それは、あたしたち「鬼狩り」にとって、一番重要な任務だ。人間と鬼が共存するための要の役割。あのときも、みっちゃんはどこまでもみっちゃんで、最初から最後まで冷静だったっけ。


「びっくりするくらい大人しかったわよ。先輩が令状を読み上げて、あたしは本当に隣で見ているだけだったんだけど、あっというま。ちょっとくらい抵抗するのかと思っていたから、拍子抜けしちゃったくらい」

「そう、なんだ」

「そうよ。といっても、毎回がそうだとは限らないと思うけど」

「そうだよねぇ」

「ねぇ、奈々」


 愛想笑いを浮かべたあたしに、みっちゃんが心持ち声を潜めて囁いた。


「あんた、まだ、やっぱり怖いの?」

「ううん」


 あたしはみっちゃんをしっかりと見つめて、応えた。


「大丈夫だよ」


 本当は、たぶん、あの紅い瞳を目の前にしたら怖いと思うこともあると思う。でも、大丈夫だ。カウンセリングも受けた。予備試験にもちゃんと合格した。そして、――所長が、言ってくれた。

 だから、きっと、向き合っていけるのだと、あたしは思いたい。


「奈々はさ。奈々を助けてくれた鬼狩りに憧れて、鬼狩りになりたいと思ったんだったっけ」

「うん。そうだよ」


 あたしはできるだけ、明るい声で首肯した。積極的に話すようなものではないと思っているけれど、問われたらば、あたしは自分の過去を答えていた。

 自分の過去というのは、つまり、あたしが小さいころ、両親と弟が鬼に殺されて、あたしだけ、駆けつけてくれた鬼狩りに助けてもらった、ということなのだけれど。

 近い縁者もいなかったあたしは、その後、鬼に親を殺された子どもたちが保護される国の施設で育ったのだ。だから、その施設出身とバレた時点で、あぁ、あの子は不幸があったのだなと慮られてしまうわけで。


 ――まぁ、たしかにそうだけど。でも、施設の人はみんないい人だったし。ずっと不幸に浸って泣き暮らしていたわけじゃないんだけどなぁ。


「その人みたいに、誰かを助けられる鬼狩りになりたいと思って、頑張ったんだ。だから、大丈夫だよ」


 怖いと思うことを認めて、恐怖をコントロールしていけばいい。所長が言ってくれたのは、そういうことだと思うから。そうなれるように今度は頑張っていこうと思う。


「奈々は、その人に逢いたいとは思わないの?」


 みっちゃんの問いかけに、あたしはゆっくりと瞳を瞬かせた。


「うーん。そういえば、あんまり考えたことなかったな。もちろん偶然でも逢えたら、挨拶したいしお礼も言いたいなぁとは思っているけど」


 とはいえ、あたしはその鬼狩りの人の名前も知らなければ、顔も覚えていない。男の人だった。たぶん、まだ若かった。あとわかるのは、研修生として学ぶなかで思い知った事実だけだ。B+の鬼をひとりで狩ったあの人は、きっととてつもなく優秀な鬼狩りだったのだろうと。そういうことだけ。


「こんなことを言ったらアレだけど。今のあたしたちなら、調べようと思えば調べられるじゃない?」


 それはつまり、データシステムで検索をかければ、ということだ。紅屋の事務所にももちろんある、莫大なデータベース。昔の事件とはいえ、間違いなく記録は残っているだろうから、わかるはずだ。あの日、駆けつけてくれた鬼狩りの人の名前も、あるいはあたしたち家族を襲った鬼の詳細も。


 ――でも。


 それは少し、違うような気もする。なにが、と問われると言葉にしづらいのだけれど。そもそもとして私的な目的で検索をかけること自体、違反行為だろうしなぁ。

 だから、あたしはへらりと笑って。少し冷たくなってしまったごはんの残りに手を付けた。


「ありがと、みっちゃん。心配してくれて。でも、大丈夫だよ」


 今は、少しでも早く所長と桐生さんに迷惑をかけない研修生になることで精一杯だ。

 あたしみたいな、……こういうと僻みに聞こえるかもしれないけれど、足手まといにしかならないなんのとりえもない研修生を、それでもおふたりとも「鬼狩り」として否定することなく事務所に置いてくださっている。それは本当に有難いことで、だから、あたしは早く応えられるようになりたい。

 そのためにはまず、自分自身の弱さを見直すこと。心身ともに強くなること。そして、事務にしても実戦にしても、経験を積んでいくこと。

 ひいてはその日々の積み重ねが、鬼狩りとして胸を張れる自分に近づく一番の近道じゃないのかなとも、思っていたりするのだけれど。


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