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たびと私

作者: 九埜七海

「たび、聞いて。あのね…」

そう言って話しかけたのは、前世の旦那さんだ。



たびは、どこからともなくふらっとやってきた。茂みの中でも歩いてきたのか、体中に葉っぱやら砂やらついていてみすぼらしかった。

たびにご飯をあげたのは、気まぐれだったのだと思う。餌なんてなかったので余りのごはんで対応した。たびは警戒こそしていたものの、恐る恐る近づいて食べてくれた。


その子は黒とグレーの中間色みたいな色をしていて、足だけは白くて足袋を履いているみたいだな、とその野良猫に"たび"と名前を付けた。



たびは初めこそあまり私に寄り付かなかったが、次第に餌をやりに行っても逃げなくなった。すり寄ってきたときは家に戻っても余韻が残っていて、心が沸々と温まるのを感じた。


こんなにすぐ懐いてくれたのは、私の足音が小さいこととあまり構うことをしない性格だからじゃないかと、後から姉が言っていた。


「あのね、たびがね、今日の朝すり寄ってくれたんだよ!」

「最近おまえ、たびの話ばっかだな」

付き合って1年ちょっと経つ彼氏にたびの話をすると、そう言われた。


「そう?なに、やきもち?」

にやついて言うけど、別にと言う。本当に何も気にしていないようで何かもやもやする。



「たび、なんかね、彼氏が最近冷たいんだよね。」


ご飯をあげる時、たびにそう話す。朝と夕方の2回だけしかたびには会わないので、その分会話できる時間が濃密になっているように感じる。たびと話すのは、心地よかった。返事はなくとも、たびは言葉を理解し、真摯に聞いてくれているような感じに思える。



それから数日後のことだった。たびが珍しくご飯以外の時間に現れて、窓のそばでにゃあにゃあ鳴いていた。


「どうしたの、たび?」


出て行って撫でてやる。すると、脳裏に何かが浮かんだ。靄がかかる世界、淡いオレンジ色の中にぼんやりと人が見える。男性と女性が手をつないで微笑みあう後ろ姿。

これは、たびと私の前世の記憶だと、なぜだかわかった。


いつの間にか泣いていた。

彼氏に、別れを告げようと突然に思った。


「たび、好きよ。」



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なぜだかオレには前世の記憶があって、現世では猫に生まれ変わったらしい。しかもメスだし。

ともかく、なぜだか前世の時に奥さんだった人を探さないといけない気がして、野良だったことも幸いし自由に探し回った。

そして疲れ果て動けなくなる寸前まで来たとき、彼女と出会ったのだ。警戒していたのに、ご飯をお皿に盛って、「どうぞ」と律義にいうので何だか可笑しくて力が抜けた。


妻だった人を探さなきゃ探さなきゃと思いつつも、彼女が気になってどこへも行けず朝と夕方彼女の家に行くようになった。

そして、毎回毎回話を聞いてやる。寂しそうな時は時々すり寄ったりもした。



「たび、なんかね、最近彼氏が冷たいんだよね。」


切なそうな顔に、胸が痛くなる。この子が幸せになれればいいのにと思った。




それは、偶然だった。数日後のことだった。街のほうをうろうろしていると、見覚えのある顔があった。彼女の家に度々きていたのを何度か見かけたことがある。その男は、知らない女と歩いていた。



早々に彼女の家に行く。ご飯の時間じゃないからか、不思議そうな顔をしている。


「お前の彼氏、違う女を連れていたぞ!あんなやつやめとけよ!」


そう言うけど、俺の口からはにゃあにゃあと悲痛な叫びが出るのみだった。

悔しくて項垂れていると、頭に重さと温かさを感じた。彼女が俺の頭を撫でているらしかった。


ふいに、頭の奥で何かが見えた。

オレンジ色に靄がかかる世界で、二人の男女が手を繋いで笑っている。

そうか、お前は、俺の探してた人なんだーー


「たび、好きよ。」


そう言われて泣きそうになる。こんな姿じゃ守ってあげられるどころか好きとすら言えない。


オレも好きだ、その声は彼女に届いていることを願う。

第3作目です!

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