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男の方がロマンチストなのですよ

レアンドルはアルバート、クリストフと和平条約案について協議していた。

と、部屋の外の廊下からこ気味良い足音が近づいてきた。

その足音はドアの前で止まり、少し時間が過ぎた。

アルバートとクリストフは身構え、剣の柄に手をあてた。

「大丈夫だ。賊ではない。」

レアンドルはそう言って無造作にドアを開けた。

そして今正にドアを開こうとしていたマルティナが、掴んだドアノブに引っ張られたようにレアンドルの懐に飛び込んできた。

「キャッ!」

「おっと!」

「レ、レアンドル陛下・・・」

「お怪我は有りませんか?」

「だ、大丈夫ですわ・・・」

またも真っ赤に頬を染めてマルティナはレアンドルを見上げた。

「おはようございますマルティナ様。」

「お、おはようございます・・・レアンドル陛下・・・あ、あの・・・」

「はい?」

「お、お手を・・・」

レアンドルはマルティナが飛び込んできたまま抱き止めたままだった。

「これは失礼致しました。」

「いえ、こちらこそありがとうございます。」

「あ、あのレアンドル陛下・・・」

「はい、なんでしょうか?」

もじもじと何かを言いよどむ様は、「ダレツの悍馬」と呼ばれるほどの気性の激しさを微塵も感じさせなかった。

「あの・・・その・・・」

「?」

「な、何でもありませんわ!」

「そうだ!マルティナ様。」

「はい・・・」

「マルティナ様は毎朝乗馬に勤しむとか?」

「はい。」

「ならばこれから朝駆けに参りましょう。お供致します。」

「え?」

「アルバート、クリストフ、少し出てまいる。」

「ならば我らも・・・」

クリストフが供を申し出たがアルバートが制した。

「陛下、条約案は我々で検討致します。どうぞダレツの景色を堪能してきて下さい。」

「ああ、頼むぞ。」

「さあ、マルティナ様参りましょう。」

レアンドルはそう言ってマルティナを促し部屋を出た。

「アルバート殿、護衛を付けなくてもよろしいのか?」

「クリストフ、野暮なことは言いなさんな。マルティナ様が言いづらかろう。」

「何を?」

「ははは、まあ良い、仕事だ。」

「納得いかぬなぁ・・・」

空気の読めないクリストフであった。


シュトルヒ城から程近く、小さな森を抜けると小高い丘に出た。

そして丘の上からは大きくはないが、神秘的な深い碧色を湛える湖が一望できた。

レアンドルとマルティナは、その丘の上に馬を並べた。

「ブランシュにも風光明媚な自然は少なくありませんが、ダレツの自然はその色合いの濃淡が素晴らしい!これも内陸国家の特徴なのでしょうか?」

レアンドルは、ダレツの自然に感嘆の声を上げた。

「ダレツは周囲を高い山々に囲まれております。首都バンも比較的標高が高い地域です。山々から流れ来る空気は澄んでいますし、冷涼な気候は自然の色を濁しません。私はこの景色が大好きなのです。」

マルティナにとっては見慣れた景色であろうが、今初めて見たかのように見惚れていた。

『悍馬と例えられていても、このような美しさに感動を持ち続けられる感受性の豊かさはどうだろう・・・何事にたいしても真っ直ぐ素直なだけなのだろうな・・・』

「マルティナ様。」

「は、はい・・・」

「聞いていただきたいことが有ります。」

「・・・はい・・・」

レアンドルの、目の前の湖同様に深い碧色の目には、他者には読み取れぬ感情が沈んでいるかのようだった。

マルティナはその目が美しいと思った。

「ご存じかもしれませんが、私は先代国王バンジャマンの長男として生まれました。」

今更かとも思ったが、ここから始まらなければ話が通じそうにもなかった。

「はい、存じております。」

「長男ではありますが、私は庶子です。つまり側室の子です。」

「・・・珍しいこととは思いませんが?」

レアンドルは構わずに続けた。

「我が父バンジャマンは、西の島国エーデランドとの和平交渉を全権を持って取りまとめました。その時に先の王妃アレット様と恋に落ち結婚致しました。伝え聞くところによると、大恋愛だったそうです。もちろん、和平交渉を締結した直後ですから、両国共に大歓迎の結婚だったそうです。」

マルティナはじっとレアンドルを見つめ話を聞いていた。

「程なくアレット様が身籠ったのですが、生来体の弱かったアレット様は、姉のヴィクトリーヌを産むと身罷られてしまった・・・」

レアンドルは一呼吸置いた。

小高い丘の上を爽やかな風が通り抜けた。

「私の母オレリアはアレット様の侍女でした。幼い頃からアレット様、アレット様の妹で現バンジャマン妃のカロリーヌ様と姉妹同然に育てられてきたといいます。アレット様が身罷られ、父バンジャマンも母オレリアも心に大きな傷を負った・・・そしてその傷の痛みを分かち合えるのはお互いしかいなかったのです・・・」

「おかわいそう・・・」

「たった一度の過ち、一夜だけの過ち・・・そして私が母の胎内に宿りました・・・」

「・・・」

「当初母は、懐妊を誰にも知らせずに一人市井で産み育てるつもりだったと言います。しかしアレット様の妹カロリーヌ様が父バンジャマンに嫁ぐ事となりました・・・カロリーヌ様も父バンジャマンに恋い焦がれていたといいます。されど父バンジャマンの心はアレット様に有った、カロリーヌ様は恋心を内に秘めてアレット様を祝福したと言います。アレット様が亡くなり、カロリーヌ様は父バンジャマンを慰めようとブランシュへやってきたと聞いております。

しかし父バンジャマンの顔を見たとたん、秘めていた恋心か再燃してしまった・・・

半ば強引にブランシュへ嫁ぐことを了承させたと聞いています。

父もカロリーヌ様の明るさに助けられ、受け入れました。

そして、カロリーヌ様の実家アプルトン家から、母オレリアにカロリーヌ様の侍女となるように命が下ったのです・・・」

「そ、それでは立場が・・・」

「そう、主人であるアレット様が亡くなったとはいえ、その主人の夫の子を身籠ってしまった。そしてカロリーヌ様が嫁いでくる。母にとってはアレット様もカロリーヌ様も同様、思い余った母は自殺を謀りました。」

マルティナの目に涙が溢れた。

「母は寸での所で我に返ったそうです。短剣を喉に押し当てようとしたとき、お腹のなかの私が動いたと言うのです。まだそのような時期ではなかったと言うのですが。」

レアンドルは一呼吸おいた。

今でもこの話は心にチクリと痛みが走る。

「そこへ父バンジャマンが来た。母は全て打ち明けました。父もそれをカロリーヌ様に包み隠さず打ち明けました。そしてそれを聞いたカロリーヌ様は、「オレリアも姉妹のようなもの、いっそ三姉妹まとめてバンジャマン様に面倒見て貰いましょう。」と言ってお許しになったと言うことです。」

マルティナは黙って聞いていた。

その頬には止めどなく涙が流れ伝っていた。

「母オレリアは、せめて生まれ来る子供が女児であるよう願ったそうです。女児であれば王位継承に関わらなくて済むからです。」

「・・・・」

「しかし私が生まれた。そして翌年弟ヴァレリーが生まれた。」

レアンドルは馬を降り、マルティナもそれに従った。

二人は小高い丘の上の草原を歩いた。

「私は幼い時分、母からヴァレリーに仕えるよう教育を受けました。物心ついたときには、全てを理解し、母の望みがそれであるなら、私は母の望むようにしようと考えていました。実際ヴァレリーは私よりも優れた王資を持っている。少なくとも私はそう考えています。」

「でもレアンドル様が王位に就かれました・・・」

「父の強い望みでした。父は嫡子継承を貫きたかった。それは、将来的に王位継承争いを起こさないためです。」

「・・・」

「もちろん、私に資質が無ければそうも言っていられなかったのでしょうが、多少なりとも王位を維持できるくらいの器量は有ったようです。」

「レアンドル陛下は善き王だと思います・・・」

「はははっ、ありがとうございます。しかし私は父と母の板挟みとなった・・・」

湖の上をコウノトリが飛んでいた。

シュトルヒ城のほうへ向かっていた。

「私は王位を継がざるを得なかった・・・

しかしそれでは母を傷つけてしまう・・・

そこで私は王位を継承するにあたり父に条件を出しました。」

「条件ですか?」

「はい、私の次の王はヴァレリーにする事、そしてそれは私の死後ではなく、ヴァレリーが25歳を迎えるまでに実行すること。」

「そのような・・・」

「そう、王座とはそんなに簡単に譲るの譲らぬのと問答すべきものではありません。しかし一方で国王など誰がなろうと国民が幸せであれば良い。ならば、父から弟への橋渡し役として王座を預かる。それが私が出した結論です。」

なんという考え方であろう。

マルティナは、ダレツの歴史を振り返ってみてもレアンドルやバンジャマンのような考えを持つものを知らない。

むしろ、王座を争い、親兄弟の間で血みどろの争いをする事の方が多いであろう。

ブランシュではそんなに王座とは軽いものなのだろうか?

そんなはずはない。

軍の統制も良くされ、政治・経済に乱れはない。

ならば王座とはレアンドルが言うように誰が座っても大した違いは無いのであろうか?

身近に有るものだけに見えていないのだろうか?

では、ダレツ国民はどう思っているのだろうか?

マルティナには、レアンドルの考え方を全て理解するにはあまりにも宮中深くに存在していたのかもしれない。

「わたくしには陛下の仰ったこと全てを理解するには時間も経験も少なすぎます。でも、そのレアンドル陛下のお考えを実現する様子をお側で拝見しとうございます。」

「王妃とはなれませぬが宜しいのですか?」

「王妃になりたいだけなら、どこぞの操りやすい皇太子に嫁ぎます。レアンドル陛下のお側がよろしゅう御座います。」

「ありがとうございます。」

「陛下、一つだけお伺いしてもよろしいですか?」

きっぱりと「レアンドルの側がいい」と言ったマルティナであったが、もじもじと小声で聞いた。

「はい、何なりと。」

「私との婚姻は政略でしょうか・・・」

レアンドルは言葉を選ぶように間を置いた。

「端から見ればそう見えるでしょう。多かれ少なかれ王族同士の婚姻にはそういったニュアンスは含まれるものです、でも・・・」

「でも?」

「初めてダレツを訪れ、マルティナ様に出会った。私はこの人と夫婦となるだろう。理由もなくそう思いました。いえ、理由など無いのでしょう。」

「私は違いますよ。最悪戦争激化の引き金になりかねないと思っていました。」

「男の方がロマンチストなのですよ。」

「どうやらそのようです・・・」

レアンドルはマルティナの唇をその唇でふさいだ。

もう言葉は要らないとでも言うように。

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