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シュトルヒ城に舞う悍馬

ダレツへ入国したレアンドルは、ダレツ国王ベルンハルトの寝室で改めて会見した。

「レアンドル殿、この様な場所で申し訳ない、本来なら大講堂でお迎えすべきなのだが・・・」

「ベルンハルト陛下、お気になさらずに、お見舞いに伺ったのですから寝室でお会いするのは当然です。」

寝室には、レアンドルとベルンハルトの他、エルゲンベルト、マルティナ、宰相のエルリッヒ。

ブランシュ側からはアルバートのみが立ち会っていた。

「年はとりたくないものですな、年々自由が効かなくなります。」

「何を仰いますか?まだまだ一線でご活躍出来ます。」

ベルンハルトは歳のわりには老け込んで見えた。

「そうですな。レアンドル陛下、いかがであろう?この際と言ってはなんだが、両国の戦争に終止符を打てないだろうか?

虫の良い話ではあるが、歴史的にダレツが一方的に迷惑をかけてきている事実には目をつぶっていただいて、両国の恒久的な平和を条約として締結させて頂きたいと願っておるのだが・・・」

思いもよらぬベルンハルトの提案だった。

断る理由はなかった。

むろん、細々とした決め事は存在する。

しかし、東の憂いを取り除けるならば、多少の譲歩は安いものだと思った。

「ベルンハルト陛下、わかりました。ブランシュにとってもダレツとの恒久的な平和は望むところです。貴国の地勢的な状況は理解しております。平和のうちに出きる協力は喜んでお手伝いさせていただきます。」

「おお・・・レアンドル陛下・・・」

ベルンハルトは目を潤ませながらレアンドルの手を握った。

『あまり病状が良くないようだ・・・』

レアンドルにそう思わせるほどベルンハルトの手は痩せ細り力が無かった。

「レアンドル陛下、お願いついでと言ったら失礼だが・・・」

言い澱むベルンハルトにレアンドルは言った。

「何なりと。出きる限り協力させていただきます。」

「うむ・・・協力という事では無いのだが・・・私には一つ生きているうちに見たいものが有りましてな・・・それはレアンドル陛下でなければ無理であろうと考えているのです・・・」

尚も言い澱むベルンハルトに、マルティナが口を挟んだ。

「お父様、レアンドル陛下はああ言っておいでです。言葉を濁しては失礼に当たりますよ。」

「そうであるな・・・他でもない、マルティナ、そなたのことだ。」

「私でございますか?」

「レアンドル陛下、どうであろう?マルティナを妃に迎えてはもらえぬだろうか?」

「えっ!」

「なんと!」

「まあ!」

口々に驚きの声を上げる周囲をよそに、レアンドルは笑い出した。

「レアンドル陛下!そのようにお笑いになるとは!私では不服ですか⁉」

マルティナがまるで相手にされていないとでも思ったかのようにレアンドルを睨み付けた。

「これは失礼致しました、決してその様な理由で笑ったのではありません。」

「ではどの様な理由で御座いますか⁉」

納得いかぬとばかりにマルティナがレアンドルに詰め寄った。

「さすがダレツの至宝、怒った顔もお美しい。」

「は、話を逸らさないで頂けますこと!」

ベルンハルトがマルティナの剣幕にオロオロと手をさ迷わせた。

「ベルンハルト陛下、有り難くお受けいたしたく思います。」

「えっ!」

「はぁ⁉」

「やった!」

「おおっ・・・」

皆の次の句を遮りレアンドルが続けた。

「しかしマルティナ殿が了承しなければ流れる話で有りますし、今すぐの婚儀とは参りません。」

「それはどの様な理由ですか?」

エルゲンベルトが問うた。

マルティナの輿入れについては、エルゲンベルトも望むところだった。

「先ずはマルティナ殿のお気持ち次第。話はそれからで御座います。今すぐのお返事とはいきますまい。ベルンハルト陛下、一週間ほど滞在させて頂けますでしょうか?その間和平の条件を詰めましょう。必要であればマルティナ殿にはいくらでもお話しさせていただきましょう。」

「そう、そうですな。いささか唐突でありました、お許し願いたい。」

「さあ、これ以上はベルンハルト陛下の御体に障ります。一旦退席させて頂きましょう。」

そう言ってレアンドルは立ち上がった。

「御休息の間へご案内いたしましょう、レアンドル陛下、こちらへ。」

エルゲンベルトは自らレアンドルを案内した。

ベルンハルトの寝室にはマルティナとエルリッヒが残った。

「エルリッヒよ・・・」

「はい、陛下。」

「レアンドル公をどう見る?」

「傑物でございます。」

「うむ。マルティナ。」

「はい、お父様。」

「相談もなしにすまなかった。されど、レアンドル公の顔を見た途端そなたの夫となるのはあのご仁を於いて他にないと思えたのじゃ。」

「・・・」

「前向きに考えてはくれぬか?」

「少しお時間を下さいませ。」

「うむ。」

ベルンハルトは横になり目を瞑った。

窓の外にはコウノトリが飛ぶ姿があった。


その晩、シュトルヒ城において、歓迎の晩餐会が催された。

ベルンハルトは欠席となったがエルゲンベルトが名代として晩餐会を仕切った。

晩餐会にはダレツの王侯貴族が集まった。

「皆のもの!聞いてほしい!」

エルゲンベルトが晩餐の冒頭参列者に呼び掛けた。

「本日、ブランシュよりブランシュ国王レアンドル陛下が父ベルンハルト陛下のお見舞いに来て下された。これは歴史的な快挙です。皆も存じているように両国は戦乱の数十年を過ごしてきた。しかしこれはブランシュ王国には非がない。」

エルゲンベルトの言葉に会場がざわめいた。

「内陸国家のダレツが南方に港のある領土を欲したのがそもそもの始まりだ。戦乱の多くはブランシュ国内にダレツが進攻したことで起こっている。」

諸公はエルゲンベルトの次の言葉を待った。

「ダレツとしては致し方ないことであったが、ブランシュ王国には迷惑極まりない事であったろう。しかしこの度、父ベルンハルト国王の申し出により過去の経緯はそれとして、両国に和平条約を締結することをレアンドル陛下が了承下された!」

おおっと会場がどよめいた。

「細かい決め事はこれからであるが、先ずは快く承諾されたレアンドル陛下とブランシュ王国に感謝の杯を捧げたい!」

参集した王侯貴族が杯を手にしてレアンドルに向き直った。

「レアンドル陛下、本当にありがとうございます。両国の平和な未来の為に乾杯を!」

レアンドルもダレツ産のやや甘さの残るVINヴァンが満たされた杯を手にした。

「両国の平和な未来に!乾杯!」

エルゲンベルトの発声に皆が唱和した。

「乾杯!」

やや緊張感に包まれていた会場が、一転和やかな雰囲気に満たされた。

「レアンドル陛下、初めて御意を得ます・・・」

ダレツの貴族が我先にレアンドルの知己を得ようと群がってきた。

その後ろで、遠巻きにレアンドルを見つめる男がいた。

レアンドルは、群がる貴族をあしらいながら、クリストフに近寄った。

「クリストフ、壁際の男が何者か調べろ。」

「かしこまりました。」

クリストフは、そっと会場を後にした。

そこへマルティナが現れた。

深みのある赤紫のドレスを纏い、正に至宝と呼ばれるべき出で立ちであった。

会場中の視線がマルティナに注がれた。

その時、壁際の男がスッとレアンドルに近寄り、体を預けるようにレアンドルの背後から体を押し付けようとした。

「その様な無粋なものはこの場には相応しくないな。」

レアンドルは男の右手を捻り上げながら言った。

うっ!と呻いた男の手には短剣が握られていた。

「な、何をしておる!衛兵!その者を取り押さえろ!」

エルゲンベルトが慌てて衛兵を呼んだ。

レアンドルを襲った男は、レアンドルに組み敷かれ、床に押し倒された。

カツカツと軽快な足音がレアンドルに近付いた。

豪奢な赤紫の布地がレアンドルの目の前を勢いよく通りすぎた。

次の瞬間、バコッ!と何かが衝突する音が響き渡った。

マルティナが組み敷かれた男の頭を蹴り上げたのだった。

「愚か者!」

マルティナはそう一言組み敷かれた男に吐き捨てたが、男は気を失っていた。

「レアンドル陛下、申し訳ありません。いえ、お詫びのしようがございません・・・この失態は・・・」

言い募るマルティナをレアンドルは制した。

「マルティナ様。お気になさらず・・・と言ってもそうはいきますまいが、私はこの通り無傷です。この者はダレツの法に則り裁いて頂ければ結構。それより折角の晩餐会です、マルティナ様、一曲踊っていただけますか?」

レアンドルの言葉に、殺気だっていたマルティナは、一転顔を赤らめコクンと頷いた。

「エルゲンベルト殿下、曲を。」

「あ、おお、これ、曲を、曲を!」

エルゲンベルトが慌てて楽団に指示した。

優美なワルツが流れ始めた。

レアンドルは、左手をマルティナに差し出し手まねいた。

レアンドルとマルティナはワルツのリズムに乗り踊り始めた。

その後ろでレアンドルを襲撃した男は引きずり出されていた。

どの様な背景が有ろうと、エルゲンベルトもマルティナも許さないであろう。

「レアンドル陛下、本当に申し訳ありませんでした・・・あのような輩を紛れ込ませてしまい・・・」

躍りながらふたたびマルティナが詫びを口にした。

「両国の過去を鑑みれば、多少のどたばたは致し方有りますまい。しかし私のベルンハルト陛下、エルゲンベルト殿下、そしてマルティナ様への信頼に傷がつくものではありません。」

「感謝いたします。レアンドル陛下。」

レアンドルとマルティナのダンスは、優美で華麗、周囲の視線をくぎ付けにした。

エルゲンベルトはムートガルトに囁いた。

「ムートガルト、案外我々が動かずともなんとかなりそうだ。」

「はい殿下。あのマルティナ様がまるで少女のように顔を赤らめておいでです。」

「その言葉、姉上に聞かれたら城の池に放り込まれるぞ。コウノトリと必要以上に親密になりたくなければもう言うでないぞ。」

「はい、まだ水は冷とうございますから。しかし事が成るならば、コウノトリとダンスも宜しかろうと・・・」

「そうだな。その時は私も付き合おう。」

まるで一枚の絵画のように美しく舞い続ける二人を見て、エルゲンベルト自身がレアンドルに魅了されていくのを感じていた。


「お父様。」

翌日マルティナは朝早くからベルンハルトの寝室を訪れた。

「おお、マルティナ、早いな。夕べは楽しめたか?」

「お父様、マルティナはレアンドル陛下に嫁ぎとうございます。」

ベルンハルトの言葉を聞いていないかのようにマルティナは続けた。

「おお!そうか!」

「でもレアンドル陛下は本当に私を受け入れてくださるのでしょうか?」

「マルティナ?」

「ああっ・・・レアンドル陛下の前でいくら何でも賊の頭を蹴り飛ばすなんて・・・・」

「あ、あのな、マルティナ?」

「きっと呆れていらっしゃるわ!なんてはしたないことを・・・」

「マルティナッ!」

「あら、お父様?」

「あら、お父様ではない。少し落ち着きなさい。」

「し、失礼致しました。」

「ジャジャ馬娘が初めて男に惚れたか。そうしていると不通の女子と変わらぬな。」

「・・・」

これまでに無いほど顔を赤らめてマルティナはベルンハルトに聞いた。

「お父様はレアンドル陛下をいかが思われますか?」

「うむ、夕べのことは聞いておる。さすがブランシュの国王たるお人。腹の座りかたがただ者ではない。」

「ならば、ブランシュへ嫁いでも?」

ベルンハルトは一呼吸おいて話し出した。

「わしに異存はない。もともとわしが言い出した話じゃ。されど・・・」

「されど?」

「レアンドル陛下はわしのわがままを聞いてくださったように思うが、何か含むところがあるように思えての・・・」

「ならばあれこれ考えるより直接お聞きした方がよろしいですわね!」

立ち上り部屋を出て行くマルティナをベルンハルトは呼び止めたが声は届かなかった。

「やれやれ・・・」

朝の陽射しがベットの足元を照らしていた。

「わしの目が節穴で無ければ良いが・・・」

ベルンハルトは窓の外に広がる青い空に視線を遊ばせた。

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