レアンドルとマルティナ
久しぶりに更新します。
実はこの物語はある程度完結まで進んでいます。
でも小節の区切りを考えず、別アプリで書き進めていたため投稿が面倒で(笑)
「モートレスが討たれたというのか!」
ニコラスは、ブランシュがクルメチア援軍の名目でロジリア領に初めて侵入した事のみならず、猛将モートレスが討たれたことに衝撃を受けた。
ただでさえ気に入らないものたちを粛清してしまい、軍上層部には人材が少なくなってしまっている。
モートレスは、数少ないニコラス支持派の一人であった。
東西に広大な領地を持つロジリアは、国境の守りに費やす人員も多く必要だった。
しかしこのまま手を子招いていれば、クルメチアはロジリアから切り離されるだろう。
ニコラスは、手詰まりになっていた。
「兄上。」
「マクシームか・・・何の用だ?お前が訪ねてくるとは珍しいじゃないか。」
ニコラスの末の弟マクシームは、ニコラスと母を同じくする。
兄とはまるきり性格が違い、暇さえあればチェスに興じている。
「私がクルメチアへ参りましょう。」
「モートレスが敗れたのだぞ⁉お前でどうなるものではない!」
「まあそう言わず。私が出向いても兄上に損は無いでしょう?。ウクリーナで第3駐屯軍の残りをかき集めますので新たな兵は要りませんし。」
ニコラスは、ユリチャーノフ程ではなかったが、この何を考えているか分からない弟も好きではなかった。
「本当に新たな兵は要らぬのだな?」
「はい、私と私の部下のみで行ってきますから。」
「分かった。しかし失敗すれば相応の処分はあるぞ。」
「恐いなぁ、わかってますよ。では、行ってまいります。」
そう言ってマクシームは部屋を出た。
「ノガノフ。」
「ここに。」
「マクシームを尾行して逐一報告せよ。あやつ何を考えているかわからん。何か怪しい節が有れば構わぬ、殺せ。」
「畏まりました。」
ノガノフはニコラスの密偵であり、暗殺者であった。
マクシームを送り出したが、軍の再編は緊急を要した。
ニコラスは、王都に残る将軍を集めた。
レアンドルは、ダレツ首都バンに到着した。
サボワールで休戦協定を結び、直ぐ様ダレツ首都バンへ向かったのだった。
バンへ到着すると、王宮までの道々に花が飾られ、ダレツ国民がブランシュの旗を振って迎える歓迎ぶりだった。
そして王宮へ近付くほどその歓迎ぶりは熱さを増し、王宮の直前1キロ程の道には、赤い絨毯が敷かれ、道の両脇に衛兵が立ち、厳重に警備が施されていた。
「これは些か度が過ぎよう・・・」
レアンドルは思わず声を漏らした。
「それだけこの度のダレツ訪問が歓迎されているのでしょう。」
バスチアンが取り成すように言った。
「長年争ってきた両国です。実際私だけではなく両国のほとんどの国民は争いが始まって後に生まれていますし、両国の平和な関係など想像もつかないでしょう。」
バスチアンの言う通りだった。
それだけレアンドルのダレツ訪問は画期的なことであった。
やがてダレツ王宮シュトルヒ城が見えてきた。
街並みの重厚なレンガ造りの様相とはうってかわり、白亜の塔がそびえ立つ優雅な面持ちの城であった。
「シュトルヒ城」は愛称である。
城の広大な庭や池に、多くのコウノトリが飛来することから呼ばれるようになった。
レアンドルは、シュトルヒ城の城門をくぐった。
そこで乗っていた馬車が止まった。
「レアンドル陛下、お迎えが出ております。」
「迎え?」
「はい、どうやらベルンハルト国王のようですが・・・」
「何っ!」
レアンドルは急ぎ馬車を降りた。
紛れもなくダレツ国王ベルンハルトその人だった。
「レアンドル陛下、ようお越しくださった。」
ベルンハルトは、両脇を支えられながら立ち上がろうとしていた。
レアンドルは小走りに駆け寄りベルンハルトの手をとった。
「ベルンハルト陛下、ご無理をなさってはいけません。どうぞお掛けになったままで・・・」
「なんの、この歴史的な日に座ってなどおれませぬわ。」
ベルンハルトは、両脇を支えられながらふたたび車椅子に腰を下ろした。
「レアンドル国王陛下、初めて御意を得ます。ダレツ第一王子のエルゲンベルトと申します。」
「レアンドル国王陛下、ようこそお出でくださいました。ベルンハルト国王の娘、マルティナでございます。」
ベルンハルトの両脇を支えていた二人が挨拶した。
「これは王子と王女でありましたか。しかしご挨拶は後ほど、先ずはベルンハルト陛下にお戻りいただき、お体をお休め頂けますよう。」
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。これ、陛下を寝室へ。」
マルティナが従者に指示を出し、ベルンハルトは城内に戻った。
「申し遅れました。レアンドル・バルバストル、ベルンハルト国王陛下の見舞いに参じました。」
レアンドルの一挙手一投足が注目を浴びていた。
休戦協定を結んだとはいえ、ここは敵国のど真ん中である。
レアンドルに注がれる視線は、必ずしも好意的なものばかりではなかった。
おもむろにマルティナが周囲を囲むものたちに呼び掛けた。
「皆のもの。よく聞くが良い。
本日ブランシュよりブランシュ国王レアンドル・バルバストル陛下が、父ベルンハルト国王陛下の見舞いのため来城下されました。
これまでの経緯はそれとして、ダレツ滞在中の責任はこのマルティナが負う。万が一にも良からぬ事を企てるもの有らば、このマルティナが相手をいたす!
不平有るものは名乗り出よ!槍をもって相手をいたそう!」
凛とした声が響き渡った。
なんと美しい声であろう。
レアンドルはマルティナの声の美しさに聞き惚れた。
「流石はダレツの至宝・・・」
レアンドルの呟きにエルゲンベルトが思わず言葉を漏らした。
「美しい馬ほど気性が荒いもので・・・」
「ふむ・・・そう言えばブランシュにも美しいが気性が荒くて貰い手の無い牝馬が居ります。」
レアンドルとエルゲンベルトは顔を見合わせ笑った。
「ハクシュン!」
「如何されました?ヴィクトリーヌ様?」
侍女の言葉にヴィクトリーヌは鼻を擦りながら応えた。
「おおかたレアンドルかヴァレリー辺りが良からぬ噂をしているのであろう。」
敏感なレアンドルの姉ヴィクトリーヌであった。
「イグナート。」
「はい、マクシーム殿下。」
「尾行は付いてきているか?」
「はい、ノガノフと思われます。」
「ご苦労なことだ。兄上の疑り深さにも困ったものだ。」
ニコラスからクルメチア防衛の任を取り付けたマクシームは、100名程の配下と共にウクリーナに到着しようとしていた。
ウクリーナは、クルメチア併呑前のロジリア側国境の砦である。
小高い丘陵を要塞化したもので、ロジリア最大級の軍事拠点の一つである。
後に、この戦争の最大激戦地となるのであった。
ヴァレリーはガルカネラ駐屯地を攻略し、ここを拠点としようとしたが、ガルカネラ駐屯地は、あくまでも兵站補給と国境守備隊の訓練場といった性格のもので、戦闘の前線基地としては不向きであった。
自分達が攻めやすかったように、守りにつけば穴だらけの場所だった。
「やはりここを前線基地とするのは危ないな・・・」
「今から防御壁を作っても、もともと平坦な地形ですから、効果のほどは押して知るべしですな。」
ヴァレリーの言葉にスバニールが応じた。
「スバニール将軍、どこか近くに拠点となる城か砦は無いでしょうか?出来ればブランシュとの道は確保出来るような場所で、孤立しない所が良いのですが?」
オーレリアンの問いかけにスバニールは、少し考えてから応えた。
「ケメルバが良いでしょう。ウクリーナには少し遠くなりますが、ブランシュとの連絡路を確保しつつ防御でも堅牢な城壁を持ちます。
ただ・・・」
「ただ?」
「それだけに落とすには苦労すると思われます。」
「どの道敵が籠る場所を落とすわけですから、なにがしかの損害は覚悟しなければならないでしょう。」
ヴァレリーはしばらくケメルバの地図を睨み、オーレリアンに向き直った。
「いや、損害は出さない。出さなくて済みそうだと言ったほうが良いかな?」
ヴァレリーは、右の口角を吊り上げて笑った。
『あの顔は何か悪戯を思い付いた時の笑いだ・・・また苦労させられそうだ・・・』
オーレリアンは内心ため息をつく思いだった。
「カロリーヌ!」
「ここに居りますよ。お声が大きゅうございます。」
ブランシュ南部の中心都市リノは、ブランシュ屈指の港湾都市であるが、バンジャマンがレアンドルに国王の座を譲り南方総督として赴任するまでは、海賊や沿岸諸外国からの掠奪行為で荒れていた。
バンジャマンとオーレリアンは、赴任するや、たった一年で海賊や沿岸諸外国の掠奪行為を駆逐してしまった。
また、海賊と内通していた悪徳商人も洗いだし、次々と裁いた。
一方で、小規模ながら誠実に商いを続けていたものたちを庇護し、リノ復興のために組合を組織させて海上交易を促進した。
現在では、ブランシュ随一の商業貿易都市となっていた。
「ヴィクトリーヌが遊びに来ると手紙をよこした!」
「まあ!毎晩パーティーになりますわね!」
「パーティーだけなら良いが・・・」
バンジャマンは顔をしかめて唸った。
そこへ家令がやって来た。
「旦那様。ヴィクトリーヌ様がご到着されました。」
バンジャマンは一瞬呆けたように聞き返した。
「着いたと?」
「はい。」
「たった今手紙が届いたばかりだぞ⁉」
「しかし既にご到着されております。」
部屋の外からカツカツと小気味良い足音が聞こえてきた。
そして勢いよくドアが開け放たれた。
「父上!叔母上!お久しゅうございます!」
紛れもなくバンジャマンの長女ヴィクトリーヌであった。
「まあヴィクトリーヌ、相変わらず美しくて!よくいらしたわね。」
「ヴィクトリーヌ、たった今手紙が届いたばかりだぞ?」
「そうでしたか?出発の半日前にお出ししたのですが、配達の者が昼寝でもしていたのかしら?」
「半日前だと?」
「どうでも良いではありませんか?わざわざ娘が父親に会いに来ているのですから?」
「そうですよ、細かいことばっかり。」
「細かいとな!」
「さあ、父上!今宵は皆を集めて飲み明かしましょう!
そうだ!オーレリアンが居ないのでしたね?
ではリノ随一のコックを呼びましょう!バルドーからいっぱいヴァンを持ってきましたから!」
「それが頭痛の種なのだが・・・」
もうバンジャマンの話など聞いていないヴィクトリーヌだった。
翌朝、バンジャマンは酷い頭痛で目が覚めた。
間違いなく二日酔であった。
途中から記憶がない。
ヴィクトリーヌの酒の強さは並外れていた。
窓の外からヴィクトリーヌと末の娘アンジェルの楽しげな声が聞こえてきていた。
その楽しげな笑い声さえも頭痛を増長させた。
「あなた、お目覚め?」
ようやくベッドから半身を起こしたが、グラグラと天井が回って見えた。
「カロリーヌ・・・水を・・・水をくれないか・・・」
バンジャマンはカロリーヌから受け取ったグラス一杯の水をゴクゴクと飲み干した。
「相変わらずの酒豪だ・・・まったくあやつの体はどうなっいるのだ・・・」
自分の言葉さえ頭に響く。
「今朝も早くから馬を引き出して駆けてきたようですよ。今もほら、アンジェルと遊んでいます。今晩もパーティーだと張り切っていますよ。」
「・・・もう少し休む・・・」
「はい、おやすみなさい。」
カロリーヌはそう言って微笑み部屋を出た。
ヴィクトリーヌはそれから三日三晩パーティーを開き、リノ中の武官・文官、商人達と飲み明かした。
そして四日目に、二人の妹エレオノールとアンジェルを連れて温泉の出る保養地に出掛けた。
バンジャマンは毎晩の酒浸けで、丸二日寝室に引きこもることとなった。
「ジョスラン殿!いったいいつになったらレアンドル陛下はお戻りになるのですか⁉」
宮廷官長のガストンが宰相のジョスランに食って掛かった。
「まあまあ、ガストン殿、陛下はダレツへお見舞いに行かれたよし、国政は滞りなく進めて居りますゆえ。」
「そのような事ではありませんぞ!国王が何ヵ月も城を留守にするなど有ってはなりませぬぞ!」
「わかりました、わかりました、ダレツからお戻りになったら王都へお帰りくださるよう書状を遣わしますから。」
「ジョスラン殿がそうやって甘やかすから陛下はふらふらなさるのですぞ!だいたい・・・」
レアンドルが不在となってから、ガストンを宥めるのがジョスランの日課となっていた。
ガストンとは別の意味で早く戻ってほしいと願うジョスランであった。
ボチボチ再開していきます。
ただ、別の小節を書き初めて面白くなってきたので、不定期掲載になるとおもいます。
ご感想頂けたら嬉しいです。