ウクリーナ砦攻略③
ルードヴィクが要壁上にたどり着いた頃、ヴァレリーは精鋭三十名と共に要壁上を東へ進んでいた。
しかし行く手には何百人とロジリア兵が密集しており、如何に目の前の敵を倒そうとも次から次へ果てしなく玉ねぎの皮を剥くようにきりがなかった。
「陛下!さすがにこのままではこちらが先に力尽きてしまいます!どうされますか⁉」
シルベーヌが敵を斬り倒しながら叫んだ。
「大丈夫だ!」
「どう大丈夫なのですか!もう!しつこいっ!」
シルベーヌは倒しても倒しても次々に新手が湧いてくるロジリア軍にうんざりしたように叫んだ。
「見てみろ!ルードヴィク将軍が来たぞ!」
ヴァレリー達と相対するロジリア兵の後方から、物凄い勢いでロジリア兵をなぎ倒しながらやって来る一団があった。
ヴァレリーは、それまで戦況を維持する戦いかたをしていたのだったが、ルードヴィクを認めると、猛烈に前進し始めた。
ヴァレリーの剣はロジリア軍を切り裂き、要壁の内外へ蹴散らした。
その様子を、マクシームは要壁の下から見ることとなった。
「何故ナルウェラント軍がここまで来ている⁉ゲラシムはどうした!」
マクシームは、要壁上にはためくナルウェラントの国旗を見て叫んだ。
「ナルウェラント軍が来ているということは、おそらくルードヴィク将軍が率いているのでしょう。ゲラシムは・・・」
アキーモフは歯噛みするように言葉を絞り出した。
「ゲラシムが殺られたと言うのか⁉」
「・・・」
アキーモフは、冷静に状況を読んだ。
ナルウェラント軍が来たということは、中央の大門が落ちたと言うことだ。
落ちないまでも、要壁上に侵入を許したのは事実であった。
東側の要壁が崩された報告もあった。
状況を総合するに、ブランシュ側はウクリーナ砦奪取ではなく、「破壊」を目的としているとしか思えなかった。
であれば、対応のしかたも有ったのだが、今となっては遅きに失した。
「陛下!マクシームです!マクシームが居ます!」
シルベーヌが要壁の内側を指差して叫んだ。
要壁上では、ルードヴィクが要壁に上ったことにより、ロジリア軍は前後から挟撃される格好となり、要壁上のロジリア軍は全滅し掛けていた。
「ヴァレリー陛下!御無事で何よりっ!」
ルードヴィクがヴァレリーの姿を認めて叫んだ。
「ルードヴィク将軍!これからマクシームを討ちに行きます!ここはお任せした!」
言うなりヴァレリーは、要壁上から内側へ降りる階段を一足飛びに降りていった。
シルベーヌもそれに続いた。
要壁を降りると、リオネクが合流した。
「陛下!スバニール将軍は東門付近で未だ交戦中の模様です!」
「構わぬ!ルードヴィク将軍が来てくれた!間もなく中央の大門も開く!そうすればオーレリアンも突入してくる!
それよりもマクシームだ!」
ヴァレリーが指し示した方向にマクシームは居た。
「リオネク!右翼を!シルベーヌ!左翼を固めろ!」
「はっ!」
「行くぞ!突撃っ!」
たかだか五十名程の兵だった。
しかし士気の違いは歴然だった。
攻められるロジリア兵は明らかに腰が引けていた。
ヴァレリーの前、マクシームまでの間に居たロジリア兵は、炙られたチーズを切るように造作もなく切り伏せられ、或いは背を向けた。
それでもアキーモフ率いる親衛隊は勇敢に立ちはだかった。
「陛下!お逃げください!ここは私が凌ぎます!」
「アキーモフ!ならぬ!」
「お聞き分けください!クプリヤン!陛下を頼む!」
マクシームはクプリヤンに抱えられるようにして馬上に引き上げられた。
「アキーモフ!死ぬな!死んではならぬぞ!」
「もちろんです陛下!すぐに追いかけます!クプリヤン!早く!早くお連れせよ!」
クプリヤンはマクシームを後ろに乗せて走った。
親衛隊他、数十騎の騎兵が従った。
「さて、そう言ったものの無事では済まぬだろうな。」
突進してくるヴァレリー達を見た。
僅か五十人程の突撃だったが、ロジリア兵は為す術もない。
「アキーモフ殿、一人で良い格好をするものではありません。」
そう言ってアキーモフに近寄ったのは、共にマクシームに仕えるイグナートとイワノヴィッチであった。
「何をしておる?陛下と共に落ちよ。皆居なくなってはロジリアが倒れる。」
「そのお言葉、そのままお返しいたします。
ここは我々が引き受けますゆえ、アキーモフ殿は陛下をお守りください。」
「ここまで追い込まれたのは私の献策のせいだ。責任を取らせてくれ。」
「責任は陛下のお側でお取りください。東にはアブリツェフ殿もいらっしゃいます!どうか陛下を頼みます!」
イグナートとイワノヴィッチの懇請に、アキーモフは小さく首肯くと馬に飛び乗った。
「済まぬ!イグナート!イワノヴィッチ!生きていたらまた会おう!」
「アキーモフ殿!生きて再会出来たら最高のウォッカ!おごってくださいよ!イワノヴィッチ!行くぞ!」
ブランシュ軍に突撃する二人の姿を見送り、アキーモフは馬首を翻しマクシームの後を追った。
「死ぬな!二人とも死ぬなよ!」
アキーモフは流れ出る涙を止められなかった。
突き進むヴァレリー達の前に二人の騎士が立ち塞がった。
「ブランシュのヴァレリー陛下とお見受けいたす!私はマクシーム皇帝陛下にお仕えするイグナートと申す!ここから先にお通しするわけには参りませぬ!」
イグナートはわざと長々と口上をたれた。
少しでもマクシームとアキーモフの逃走の時間を稼ぎたかった。
しかしヴァレリーは、足を止めること無く斬り込んだ。
「悪いな!付き合っている暇はない!」
イグナートもひとかどの騎士であり、それなりの技量を持っている。
しかしヴァレリーはその数段上をいっていた。
イグナートの剣を巻き取り、刀の刀背でしたたかに打ち付けた。
同時にイワノヴィッチの剣をも叩き折り、同様に脇腹を打ち付けた。
イグナートとイワノヴィッチはたまらず膝をついた。
そしてヴァレリーは風のようにイグナート等の横を走り去っていった。
「な、なんと言う剣技・・・」
「我らを一太刀で・・・」
二人はヴァレリーの圧倒的な剣技に言葉が出なかった。
そしてヴァレリー達の後方からは、要壁上のロジリア兵を壊滅させたルードヴィクの一軍が続いた。
イグナートとイワノヴィッチは、為す術無くナルウェラント軍に飲み込まれた。
ウクリーナ砦のロジリア側の門は開け放たれ、既にマクシームやアキーモフの姿は見えなかった。
今から馬を調達してもマクシームに追いつくのは困難であろうと思われた。
「陛下、逃がしましたか⁉」
シルベーヌが悔しそうに言った。
「ああ、仕方がないな。しかしこれでウクリーナ砦は無力化出来る。マクシームも国内に注力しなければならないだろうし、一応の目的は達成できただろうね。」
ヴァレリーは刀を鞘に収め、ポンッと一つ叩いた。
「ご苦労だったな。キミヤス。」
それを聞いたシルベーヌは、思わず目頭が熱くなった。
中央の大門は、内側からルードヴィク達ナルウェラント軍が攻め入ったことで大門を守るロジリア軍は壊滅し、開かれた大門からオーレリアン率いる本軍が攻め入った。
そしてそのままスバニールのクルメチア軍の救援に走り、ついにはウクリーナ砦を守るロジリア軍を壊滅させた。
既にマクシームは逃亡しており、指揮系統も壊滅していたロジリア軍は為す術が無かった。
ウクリーナ戦役は終結した。
ブランシュ側戦死者約千五百名。
ロジリア側戦死者は一万名にも及んだ。
この戦いで、ロジリアの将、イグナートとイワノヴィッチは捕らえられ捕虜となりクルメチアに預けられた。
一方、ブランシュ側は主要な指揮官を失うことはなかった。
そしてその後、ウクリーナ砦は解体され、新にクルメチアの砦が築かれる事となった。
この戦いの敗戦により、ロジリアは国内の建て直しに長い年月を費やすこととなった。
しかしマクシームは必ず再戦を挑んでくるであろう。
そうヴァレリーは思ったのだった。




