ウクリーナ砦攻略②
「なに!西の山肌を降りてきたと言うのか⁉
あの急斜面を!」
アキーモフは、自分の読みの甘さを呪った。
しかし同時に五百人、千人といった情報はブランシュの偽報であることも見抜いた。
そのような大群がこの短時間に急な斜面を降りてくるなど不可能だからである。
仮に千人が降りようとしたならば、事前に察知出来ないわけがなかった。
ならば、敵は少数で偽の情報を叫び回っているのだろう。
それでも、東門へ回した兵を呼び戻す時間はなかった。
「そのような大胆な奇襲はヴァレリーであろう。
本体を動かせ。私が行く。」
マクシームは、立ちあがり、アキーモフの返事を待たずに外へ出た。
マクシームの対処は正しい。
ここは悪戯に兵を動かさず、予備兵力である本隊を動かすのが定石だ。
アキーモフはマクシームの後を追い、指示を出しながら本隊を西へ向かわせた。
要壁の上は乱戦となった。
一時はリオネク等の偽情報に振り回されたロジリア兵であったが、アキーモフの冷静な対応、指示により組織だった動きを取り戻した。
更に、マクシーム本隊が救援に駆け付けたため、ヴァレリーは数の上で圧倒的に不利な状況に陥ってしまった。
それでも互角の戦いを展開したのは、要壁の上という狭いスペースでの攻防であったため、取り囲まれることがなかったからであり、これはヴァレリーの作戦の妙であろう。
ヴァレリーが要壁上で奮戦するなか、東側では投石機による攻撃の効果が出始めていた。
「もうすぐ壁が崩れるぞ!
良いか!壁が崩れたら突入!投石機は目標を中央に移動しつつ攻撃を続行!要壁の破壊を続けろ!壊せるだけ壊してしまえ!」
スバニールの号令一下、投石機の攻撃が続けられた。
そしてついに壁の一部が崩れだし、崩れた壁に向かって更なる投石が繰り出され、要壁は轟音と共に崩れ落ちた。
「突入!」
スバニール率いるクルメチア軍が崩れた要壁めがけて殺到した。
ロジリア軍も、西側からの援軍もあって士気は盛んだった。
「突入!」
スバニールの率いる兵は、死にものぐるいで要壁内へ突入していった。
ロジリア軍も相手がクルメチア兵とあって、一切の容赦なく立ち向かってきた。
要壁の内外で、激烈な戦いが繰り広げられた。
西からヴァレリーの奇襲隊が攻め入り、東からスバニール率いるクルメチア軍が要壁を破壊したことで、中央の大門付近を守るロジリア軍は、大門を守りながらも、東西の戦況の変化に置いていかれる格好となった。
そこへオーレリアン率いるブランシュ本軍と、ナルウェラント軍が攻め入った。
大門に火矢を打ち掛け、東側で壁を崩した投石機を大門付近に移動して攻撃を開始した。
流石に中央の大門は堅固で、なかなか崩れそうになかった。
「ルードヴィク将軍!このまま時間を費やしてはヴァレリー兄上が孤立してしまう!」
「オーレリアン殿、しかし西に回ったとてヴァレリー陛下を援護出来るものではない!手はず通りならリオネク殿がスバニール将軍と合流しても良い頃合いだが・・・」
「ロジリアの守りも必死なのでしょう・・・
ルードヴィク将軍!大門の東側に投石を集中させてください!そこから更に東寄りに梯子を掛けます!」
「それは悪戯に兵を損なう!」
「しかしやらなければヴァレリー兄上もスバニール将軍も追い込まれてしまう!何としてもここは突入しなくては!」
オーレリアンの必死の訴えにルードヴィクも折れた。
というよりも、ルードヴィク自身がそれを考えていたのだった。
「オーレリアン殿、その役目は私がやらせていただく。」
「しかしルードヴィク将軍!」
ルードヴィクはオーレリアンの言を遮って続けた。
「この本隊は圧倒的にブランシュ兵が多い。
それを統率するのはオーレリアン殿しかいない。ならば突入は私の役目だ。」
「言い出したのは私です!」
オーレリアンは譲らなかった。
「なに、私も考えていたのだから同じこと。ナルウェラント軍は海軍だけではないことをお見せしよう!」
ルードヴィクはそう言うなり漆黒のマントを翻し自軍へ指示を出した。
「良いか!ナルウェラントの強者ども!これから壁に梯子を掛けて突入を試みる!ここは力押ししかない!我に続け!進め!」
おうっ!と気合いを込めてナルウェラント軍が進軍し始めた。
「ナルウェラント軍を援護する!城壁の東側に投石を集中!同時に要壁上のロジリア兵を射落とせ!」
オーレリアンも援護の攻撃を開始した。
それは激烈なものだった。
投石機を連続で間断無く動かし続け、ナルウェラント軍が梯子を掛けた要壁の上部へ集中的に矢を射た。
そして、大門へ大量の火矢を打ち込み油を投げ付け、ついに大門は猛火に包まれて燃え出してしまった。
ルードヴィク率いる突入隊は、要壁上からの攻撃に次々と落下、落命していった。
「怯むな!ナルウェラントのバイキング魂を見せてやれ!ロジリアの山猿など恐るるに足りぬわ!」
ルードヴィクの号令一下、ナルウェラント軍は猛然と突入し続けた。
そして遂に要壁上へたどり着くものが出始めた。
ルードヴィクは、自身も梯子を昇り、要壁を昇りきった。
「ナルウェラントのルードヴィクである!家族の居るものは近寄るでないぞ!」
ルードヴィクの怒号が響き渡る。
「これはこれは。一度お手合わせ頂きたいと思っておりました。ルードヴィク将軍。
私はマクシーム皇帝陛下の臣、ゲラシムと申します。」
そう言ってルードヴィクの前に歩み出てきたのは、重厚な鎧を纏った、あのポーン隊を実践指揮していたゲラシムであった。
「その仰々しい鎧は噂に聞いたポーン隊とか申すものだな?面白い!」
ルードヴィクは、背負っていた戦斧を手に取り隆々と振した。
ゲラシムもまた戦斧を手にしていた。
二人の間合いが詰まった。
風を切り裂かんばかりの速さで戦斧が繰り出された。
ゲラシムも重い鎧をまといながらもルードヴィクの戦斧が巻き起こす死の風を良くしのいだ。
二つの戦斧がぶつかる度に猛烈な火花が散り、耳が痛くなるほどの激烈な金属音が耳をつんざく。
重い戦斧を十合二十合と打ち合う姿は、まるで神話の巨人が目の前に現れたかのようであった。
「なかなかやるではないか!しかしそのような重りを着けたままでは動きが鈍くなるばかりだぞ!」
「なんの!これぐらいのハンデがちょうど良いわ!」
そう言ったゲラシムであったが、さすがにルードヴィクを相手とするには、ポーン隊の鎧は重すぎた。
「そうか、しかしこちらも急ぐのでな、そろそろ道を空けてもらおう!」
そう言ってルードヴィクは戦斧を猛烈に降り下ろした。
それを受けようと下から戦斧を振り上げたゲラシムであったが、降り下ろされたルードヴィクの戦斧が、ゲラシムの戦斧を叩き割り、そのままゲラシムの両腕を切り飛ばした。
その衝撃、反動でゲラシムの両腕は戦斧を握り締めたまま要壁外へ、そしてゲラシムは要壁から真っ逆さまに内側に落ちた。
「強がらねばもう少し生きられたものを。」
ルードヴィクは次の獲物を探して戦斧を担いだ。




