キミヤスの死・・・そして・・・
キミヤスが死んだ。
ヴァレリーが王都バルドーへ到着する二日前のことだった。
エーデランドから帰国したキミヤスは、一連の報告をするためにレアンドルを訪ねた。
その折は少し痩せてはいたが、「これでも一時よりは太りました。」と笑っていたという。
レアンドルは、キミヤスから話を聞き、労をねぎらったという。
その後、キミヤスはヴァレリーの為に新たな「刀」を打ち始めた。
それがキミヤスの屋敷に残されていた。
キミヤスは、風邪をひき発熱しながらも刀を打ったという。
ジェレミアが何度も止めたが、キミヤスは刀を打ち続けた。
それは、自分の死期を悟ったようでもあった。
そして、キミヤスは刀を打ち終わると、眠るかのように旅立った。
ヴァレリーは、訃報を聞くなりキミヤスの屋敷へ走った。
キミヤスが眠る棺の横で崩れ落ちるように膝を折った。
「キミヤス・・・」
言葉が出てこない。
安らかな寝顔のキミヤスは、今にも目を覚ましてヴァレリーに語りかけそうだった。
ヴァレリーに遅れて、アルフィオ、マルク、リオネク、シルベーヌも到着した。
同様に皆崩れ落ちた。
シルベーヌは号泣した。
マルク、リオネクも声をあげて泣いた。
アルフィオは必死に嗚咽を堪えた。
しかしその全てはヴァレリーの耳に入らなかった。
ヴァレリーはふと思い出した。
「そうだ・・・ジェレミアはどこにいる?」
ヴァレリーが来るまで、キミヤスの屋敷を護っていた武官が応えた。
「はい、ジェレミア少年はキミヤス様の死去を知らせに来た後、姿が見えなくなりました。探したのですが未だ見つかりません。」
「ジェレミアに何かあってはキミヤスに申し訳が立たぬ!探せ!憲兵隊を総動員しても探すのだ!」
涙にくれていたシルベーヌ達もヴァレリーの剣幕に驚いた。
冷静沈着なヴァレリーが声を荒ららげる事など滅多にない。
しかしそのおかげでシルベーヌ等は正気を取り戻した。
泣いてはいられない、ジェレミアに何かあっては我々もキミヤス殿に会わせる顔がない!
四人は顔を見合わせ頷いて屋敷の外へ走り出した。
屋敷にはヴァレリー一人が残った。
「キミヤス・・・なぜ無理をした・・・なぜ先に行く・・・」
ふと、机の上にある封書に目が止まった。
ヴァレリーは引き寄せられるようにその封書を手にした。
封書の表には、明確に「我が主ヴァレリー殿下」と示されていた。
誰もこの手紙の存在をヴァレリーに報せなかった。
ジェレミアさえも気付かなかったように、それはそこにあった。
ヴァレリーは封を開け手紙を取り出し読み始めた。
「ヴァレリー殿下がこの手紙を読んでいるならば、私はヴァルハラへ旅立っていることでしょう。
いえ、地獄への独り旅であるかもしれません。あまりにも多く人を殺めてしまいました。
それについては後悔は有りません。
何よりも、殿下にお仕えできた事が最大の喜びです。
しかしエーデランドに滞在中、私は不治の病を得てしまったことに気付きました。
おそらく胃の腑から体中に伝播してしまったのでしょう。
父も同じ病で亡くなっています。
ですから完治は見込めないのも分かっています。騎士らしく戦場で死ねたらどんなに本望だったことでしょう。
しかし私は生き長らえてしまいました。
この先どれだけ生きられるのか分かりません。ですから、この命のあるうちにと思い刀を拵えました。
この肉体は滅びようと、私は刀となって殿下のお側にお仕えしとうございます。
願わくば、刀となった私をお使いいただけますようお願い申し上げます。
それから、少しばかりの財ではありますが、全てジェレミアに譲りたくお願い申し上げます。出来ることならば、幼年学校に入れていただき、武官、文官本人のなりたい職業に導いて頂けますようお願い申し上げます。
殿下、楽しゅうございました。
お先に参ります。
何れ再会する事がありましょうが、出来るだけゆっくりとお出でください。
円卓を用意してお待ち申し上げます。」
ヴァレリーの頬に涙がこぼれ落ちた。
壁に一振りの刀が飾られていた。
ヴァレリーは刀を手に取り、ゆっくりと刀を抜いた。
青みがかって光る刀身に、見事に研ぎ澄まされた優美な波紋が浮き上がった。
曇り一つ無いその姿は、芸術品と言っても良かった。
冷たく光るその刀身は、何故かヴァレリーには温かく見えた。
キミヤスがそこにいる。
そう思うと心が温かくなった。
この刀で、いや、キミヤスにはもう二度と人を切らせたくない。
ヴァレリーは、キミヤスの剣を腰に下げ、何かを振り切るように屋敷を後にした。
ジェレミアは見つからなかった。
バルドー市内はもとより、国内全てに捜索を指示したが、ジェレミアを見つけることは出来なかった。
引き続き捜索するよう命じたが、手がかり一つ見つけることが出来なかった。
後日、リノからジェレミアらしい少年が、東方への船に乗ったらしいと報告があったが、それさえも確かなものかわからなかった。
ジェレミアはブランシュから姿を消した。
キミヤスの葬儀は国葬として執り行われた。
ブランシュにおいて、王族に連なるもの以外では、初めての事だった。
エーデランドでは、クリフトン(アプルトン家)と、宰相レイモンドの支持を得たアーノルドが次期国王として正式に立太子された。
やはり、北海条約の締結による利潤が、ルーファス派を切り崩す決め手となった。
ナルウェラントでは、ロジリア対策のために、デンメル平野に新たな要塞の建造を始めた。
それと同時に、北海条約を活かすべく国内の経済振興を図り、特に海洋資源の見直しと海洋産業の活性化に注力した。
ガレア島は北海条約の中心地として、三国の船舶が行き来し、活発な貿易活動が行われるようになった。
また、ブランシュ領海を経由して、南方、東方との貿易も活発になり、海洋貿易は新しい時代に突入した。
そして年が明けた。
「ヴァレリー、今年は行事がめじろ押しだな。」
王城の主塔最上部にヴァレリーとレアンドルは居た。
「はい兄上。本来であれば兄上の挙式を一番最初に行いたかったのですが・・・」
「私はヴァレリーの戴冠式後で良い。一番重要な行事だ。」
「兄上の挙式、姉上の挙式、ジローの挙式、そして私の挙式ですか・・・」
「なにも兄弟四人も同じ次期に結婚せずとも良いのだがな。」
レアンドルは昇り始めた太陽に目を細めながら言った。
「兄上、ジローは別としても面倒ですから兄弟三人、一緒に式を行いましょう。」
レアンドルは呆れたようにヴァレリーを見た。
「さすがに乱暴な話ではないか?」
「だからこそ我々らしいではないですか。」
「一緒にするな。」
レアンドルは苦笑した。
「しかし、それも良いかもしれぬな。」
新年の太陽が二人を照らした。
北海条約は成った。
ロジリアは一応の決着を見ているが、それは恒久的なものではない。
マクシームは必ずヴァレリーに対して牙を剥いてくるだろう。
しかしロジリアに対しては、北西にナルウェラント、北にはまだ十分な体制ではないがクルメチアが、東にはダレツが睨みを利かしている。
今のうちに各国との連携を強固なものにしておく必要があった。
ヴァレリーは、王位を継承してからが本当のロジリア戦だと思っていた。
そしてその準備は整いつつある。
ヴァレリーは昇る朝日にキミヤスの剣を抜き放ち、自らを鼓舞するように剣を突き上げた。




