変な約束
秋風に冷たさが増し、街路樹の木々が葉を散らした頃、ブランシュでは、年に一度の「VIN品評会」が開催された。
この品評会では、優秀な製造者に「ナイト」の称号が与えられていたが、この年はロジリア戦勝とダレツとの平和条約締結を祝って金賞には「男爵」の爵位が、銀賞、銅賞には「ナイト」の称号が贈られることとなった。
これはレアンドルが画策したものではなく、偶然内政省の経済振興責任者より提案があり、レアンドルが追認したものであった。
そしてこの品評会で、コランタン・バルテレミーは、他を圧倒する評価を得て見事に金賞を獲得した。
前評判の高かった老舗のワイナリーが満を持して持ち込んだVINを寄せ付けずに高評価を独占した。
これまで一度も品評会に参加したことがないコランタンは、一躍時の人となった。
そして、この日、王宮にて爵位の授与式が行われた。
「こーこーにぃぃ・・・コランタァン・バァルテレミー殿にぃぃぃ・・・男爵のぉぉぉ・・・位をぉぉぉ・・・授与するぅぅぅぅ!」
ガストンの仰々しい進行も、こういった式典では風格を持たせる。
レアンドルは、コランタンの胸に勲章を付けながら言った。
「流石ですね。これからは義兄上と呼ばせていただきます。」
「国王陛下、それはご勘弁ください。手が震えてVIN造りに支障をきたします。」
とは言いながら、コランタンにも笑みがこぼれた。
「今夜は祝賀会だが、明後日の夜、市街の外れにある「角笛亭」へ来てください。ここは父上の元親衛隊長がやっている店で、我々も時おり忍びで参るのですよ。父上に会って頂きます。」
「そのような町場に・・・」
コランタンは困惑した。
「町場だから良いのです。まあ、来たら分かります。さあ、皆が祝福しています。」
レアンドルは、コランタンを振り向かせ、コランタンは感謝のスピーチを行った。
風格あるスピーチだった。
男爵の爵位に負けない見事なスピーチだった。
そして翌々日の夜、コランタンは「角笛亭」の前に立った。
しかしなかなか足を踏み入れられない。
如何にお忍びとは言え、中には現国王と先代国王が待っているかと思うと、豪胆な男でも躊躇するだろうと思った。
すると、角笛亭のドアが無造作に開いた。
「コランタン!」
飛び付いてきたのはヴィクトリーヌであった。
「何をしておる!早う入れ!」
ヴィクトリーヌは、コランタンの腕を抱えて中へ導いた。
そしてそのまま初老の男の前に連れていき、こう言い放った。
「父上!コランタンじゃ!我が夫となりえる唯一の男じゃ!」
ヴィクトリーヌはニコニコとしながらコランタンの腕を抱え込み、バンジャマンに紹介した。
「姉上・・・」
レアンドルは頭を抱えた。
「先の国王陛下でございますか!」
コランタンは、ヴィクトリーヌの腕を振りほどいて方膝をついた。
「これ、ヴィクトリーヌ、話が出来ぬ、少し外しておれ。」
「嫌じゃ!私が居らぬ間に良からぬ事を吹き込まれては堪らぬ!」
「まあ良い・・・
コランタン殿、先の品評会でのVINは実に見事であった。VINはブランシュの大事な文化の一つだ、これからも精進なされよ。」
「はっ、有りがたきお言葉!何よりの名誉でございます。」
「しかしそれとヴィクトリーヌの件は別の話だ。レアンドルが何やら約束したそうだが、父として承諾しかねる。」
「父上!」
「黙っておれ!」
食って掛かるヴィクトリーヌを一喝で黙らせた。
これはやはり父親であるからであろう。
レアンドルは、如何に自分が現国王であっても、一喝でヴィクトリーヌを黙らせることは出来ないと思った。
コランタンは頭を下げたままで表情は伺えない。
「と言ったらそなたはどうするかな?」
バンジャマンは、コランタンを試すかのように問うた。
そしてコランタンは顔を上げ、バンジャマンの目を真正面から見た。
「こやつ、腹の座った男よの。目の光が尋常ではないわ。」
内心感心しつつコランタンの返事を待った。
「先王陛下、今ここで先王陛下の逆鱗に触れ、切り殺されようと、私はヴィクトリーヌ様を妻に迎えたいと願っております。
もし、躊躇するくらいなら、そもそもここへは来なかったでしょう。」
「コランタン!」
喜び抱きつこうとするヴィクトリーヌを制してコランタンは続けた。
「されど、父君であられる先王陛下が駄目だと仰られるならば・・・」
「言ったならば?」
バンジャマンとコランタンの視線が火花を散らす。
「先王陛下にご了解いただくまで、毎晩我が手塩にかけたVINを飲んでいただき、我が気持ちを組んで頂けるようお願いし続けます!」
「おおっ!それが良い!私も付き合おうぞ!」
「うっ・・・」
コランタンだけならいざ知らず、ヴィクトリーヌの酒豪っぷりは身に染みている。
「ガッハッハッ!親父殿!親父殿の負けですな!」
そう言ってVINを運んできたのは亭主のアントニオである。
バンジャマンが国王時代の親衛隊隊長で、兄弟のいないバンジャマンは、弟のように可愛がってきたが、妻を病気で亡くし、二人の娘を育てるために親衛隊を辞して食堂を開いていた。
「親父殿!どうせヴィクトリーヌ様には勝てぬのですから、無駄に反対などせず認めて差し上げなさいませ!」
手際よくVINと料理を運びながらアントニオは続けた。
「アントニオ、そうは言ってもだな・・・」
「無駄ですよ!ごねてるとヴィクトリーヌ様が家出してしまいますよ!」
「そうじゃ!家出してやる!」
ヴィクトリーヌは、ベェッと小さく舌を出してコランタンの腕にすがった。
「駄目です、ヴィクトリーヌ様。先王陛下には、きちんとご許可を頂きます。毎晩我が手塩にかけたVINを・・・」
「分かった分かった!・・・レアンドル!余計な知恵を授けたのはそなたであろう!」
「分かりますか?」
「分からいでかっ!まったく、ヴァレリーみたいな悪戯するでないわ・・・」
レアンドルは苦笑するしかなかった。
「コランタン殿。」
「はい、先王陛下。」
「その先王陛下は止せ、バンジャマンで良いわ。」
「は、はい、では、バンジャマン様。」
「うむ、一つだけ言っておくぞ。」
「はい、何なりと。」
「ヴィクトリーヌは最愛の娘じゃ、泣かせたら叩き斬るぞ。」
「大丈夫です。泣かされる事は有っても泣かせることは無いとお約束致します。」
「変な約束するでない!」
ヴィクトリーヌがコランタンの腕をつねった。
「これ、この通り・・・」
痛さに涙が浮かぶコランタンであった。
バンジャマンが笑った。
レアンドルが笑った。
皆でコランタンのVINを飲みながら、アントニオの作る料理を囲み、おおいに語らい、笑い、夜が更けていった。
翌朝・・・
バンジャマンとレアンドルは酷い二日酔いの頭痛で目が覚めた。
「あの二人・・・化け物か・・・」
バンジャマンとレアンドルはそれぞれのベッドの上で同じ台詞を口にしていた。




