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伴侶

ヴァレリーの提案した「北海条約」は、御前試合の成功により好意的に受け入れられた。

最終的にナルウェラントとエーデランド間での和平案を別に締結する事となった。

これは、バルタサールが、「北海条約」の議論の場で、両国間の問題を持ち込まないためにはどうしても必要だと言って譲らなかった。

ただ、決して「北海条約」を壊すために言い張るのではないとバルタサールは言った。

「ヴァレリー殿下の顔を潰すようなことはせんよ。ナルウェラントとしても「北海条約」がもたらす利益は計り知れない。それにブランシュとのロジリア共同戦線を実現できるなら、「北海条約」よりも益があるかもしれぬ。そのためなら海上の国境扮装など無いに等しい。しかも貴国の領海内に貿易拠点を持てるなら、領海線など無いも同じだろう?」

やはりバルタサールはきっかけを欲していた。

しかし次の一言が一番の難題であった。

「ただし!ヴァレリー殿下、一つだけ条件がある!」

「私に出来ることであれば伺いますが、エーデランドの事であればお受けできぬこともあります。」

多少の警戒心を働かせたが、バルタサールの言葉は意外すぎた。

「なに、ヴァレリー殿下にしか出来ぬこと、我が愛娘のマルスリーヌを貰ってくれ!」

「えっ!」

「なんと!」

「父上!」

その場にいた全員が異口同音に驚きの声を上げた。

「わしはヴァレリー殿下に惚れた!次期国王を譲っても良い‼」

またしても驚きの声と、さすがに諌める声も混じった。

「まあさすがにそれは叶うまいが、マルスリーヌを貰ってくれなければこの話は無しだ!」

さすがにルードヴィクは止めに入った。

「陛下、それでは公私混同が甚だしすぎます。分別してくださいますよう・・・」

「何を言うかルードヴィク!公私混同などでは無いぞ!マルスリーヌが嫁げばブランシュとは親族となろう?紙切れだけの約束よりも百倍も有意義であろうが?ある意味人質のようなものだ!進んで嫁に出すと言うのだ!両国にとって目出度い話ではないか⁉」

確かにバルタサールの話は、一見無理難題に見えるが、婚姻が成立すれば両国の和平と協力関係に更なる力強い絆が生まれるだろう。

ヴァレリーは目をつぶり少しの間考えた。

「マルスリーヌ様さえ御同意なら、この話ありがたくお受けしたいと思います。」

「おおっ!」

「殿下!」

またしても異口同音に驚きの声が上がった。

「しかしその前に一つこちらからもお話ししなければならないことがあります。」

「聞こう。」

バルタサールは、テーブルに手を組み、前のめりになって聞く姿勢をとった。

「来年夏、私は兄である国王レアンドルの意思により、国王の位に就任致します。」

「!」

これには驚きの声も出なかった。

「レアンドル国王は御体でも悪いのか?」

「いえ、至って元気です。兄は長年扮装状態にあったダレツとの和平を締結し、ダレツよりマルティナ王女殿下を妃に迎えることも決定しています。」

「おおっ!」とまたしても驚きの声が上がった。

「ならば何故王位を譲る?そういえば先代バンジャマン候も譲位なさっておるな?」

「話せば長くなります・・・」

ヴァレリーはレアンドルがバンジャマンから譲位された経緯、更に今回の自分への譲位の経緯を話した。

そこに関わる故アネット妃、西の方オレリアにまつわる話、そして全てを受け入れてまとめた母であるカロリーヌについて、隠すことなく話した。

シルベーヌは、何度聞いても涙が止まらなくなる話だと言っていた。

今も口許を押え涙を流している。

「子を思う親の気持ち・・・、親を思う子の気持ち・・・、そして争うことのない兄弟・・・」

バルタサールの双眸からは滝のように涙が溢れ出していた。

マルスリーヌも嗚咽を堪えきれずにいた。

「それがブランシュ王家なのか?確かに心打たれる話だが、王座が軽くはないか?」

涙を流しながらも、バルタサールの言葉は鋭かった。

「私は決して軽いとは思っておりません。少なくとも父バンジャマンも兄レアンドルも譲位という形で王座を退いていますが、ブランシュにおけるその時代時代に役割を果たし、次に引き継いだというだけのこと。権力に溺れることのない父と兄で良かったとさえ思っています。当然、私も役目を終えたなら、継ぐべき者に継ぐ事になりましょう。」

「ヴァレリー殿下から見ればワシも権力にしがみついているように見えるのかな?」

バルタサールは、自分の在位が長いことを気にしたのかもしれない。

「長いことが悪いことでは無いでしょう?むしろナルウェラントにおいてはバルタサール陛下だからこそロジリアとエーデランドに膝を屈せずに来れたのではないでしょうか?

それは国民の方々の顔を見れば分かります。

どんなに繕っても国民を蔑ろにすれば町が荒れます。国が荒みます。」

「どうだ!ルードヴィク!このような鋭敏な婿殿を持てるなどマルスリーヌはナルウェラント一の果報者じゃぞ!」

「左様でございますが、まだマルスリーヌ様より直にお返事を頂いておりませんが?」

みんなの視線がマルスリーヌに集まった。

視線の圧力に耐えかねたかのように、マルスリーヌは顔を真っ赤にして「コクン」と頷いた。

「目出度い!目出度い!今宵も宴じゃ!」

こうしてヴァレリーは「北海条約」を受け入れることをバルタサールに承諾させた。

そして生涯の伴侶にも出会った。

今後、ヴァレリーはナルウェラントとの関係を一層深めていくこととなる。

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