御前試合②
会場は城の近くにあるコロシアムだった。
普段は、兵の鍛練に使われている。
奴隷を戦わせる剣闘が行われていた時期もあったが、既に過去のものであった。
そのコロシアムは、満員の観客に埋め尽くされていた。
バルタサールが、ヴァレリーが無様に負ける様を見せようと、王都の国民らを招き入れたのであった。
「父上!なぜ見世物にしたのですか⁉」
「なに、かの殿下も名に背負う猛者だと言うではないか?そのような好勝負滅多に見れるものではない。それともブランシュの王弟殿下は笑い者にされるほどの腰抜けなのか?」
ガッハッハッと大きな声で笑うバルタサールを見て、マルスリーヌは、昨夜ヴァレリーの言っていたことが理解できた。
言い訳が出来ないほど本気にさせて叩きのめさなければバルタサールは相手にしないだろう。
それをヴァレリーは見抜いていたのだ。
だからといってルードヴィクに勝てる保証はない。
マルスリーヌはいつの間にかヴァレリーに勝ってほしいと願っていた。
「殿下、今更やめるわけにはいかないのはわかっています。でも、どうぞお怪我の無いように・・・」
シルベーヌが心配げにヴァレリーの身支度を手伝った。
「心配するな。私はむしろワクワクしている。本気で剣を交えることが出来るなどいつ以来だろう・・・でも、後で兄上には叱られるだろうな。」
そうは言いながらもヴァレリーは高揚感に顔がほころぶのを止められなかった。
コロシアムに銅鑼が鳴り響いた。
「さあ、時間だ!」
「殿下!」
「大丈夫、キミヤスもついている。」
そう言ってヴァレリーはキミヤスの剣を頼もしげに叩いた。
ヴァレリーはコロシアム闘技場への通路を歩き始めた。
歓声が聞こえる。
「よい気持ちだ・・・」
決してヴァレリーを応援する歓声ではない。
むしろ、ヴァレリーが叩きのめされる期待の歓声だ。
ヴァレリーとルードヴィクはほぼ同時に闘技場へ踏み出した。
そのままバルタサールが座る正面へ歩み、二人並んだ所で立ち止まった。
「ようこそブランシュの王弟殿下、ルードヴィクの絶っての願いによりナルウェラントの地を踏むことを許したが、ここから先は自ら切り開かれよ!尚、正々堂々の一騎討ちである!双方、命を落とすとも合意の上である!異議無くば沈黙をもって答えよ!」
ヴァレリーもルードヴィクも沈黙をもって答えた。
「ならば始めよう!位置につくがよい!」
ヴァレリーとルードヴィクは闘技場中央に向かった。
そして5m程の距離をとり向かい合った。
「ヴァレリー殿下、その腕前見せてもらおう。評判通りであることを願いたい。」
「ご心配には及びません。私の評判など実力のほんの一部でしかありませんから。」
この期に及んでもヴァレリーは挑発を続けた。
「言うわっ!」
ルードヴィクが、その体躯に見あった剛剣を振り上げ、その体躯からは想像できない速さで切りつけてきた。
ヴァレリーは剣を抜かず右へいなした。
「確かに速い。速いがオーレリアン程ではないな。」ヴァレリーはルードヴィクの剣筋を確かめるようにぎりぎりにかわした。
「抜かぬのかっ!」
ルードヴィクにしてみればバカにされたように感じただろう。
キミヤスはよくヴァレリーの剣を「人の悪い剣」と言っていたという。
決して相手をバカにしている訳ではないのだが、値踏みしているのは事実であった。
「申し訳ありません。一太刀目を見るのが癖なのでご容赦願いたい。」
そう言ってヴァレリーはキミヤスの剣を抜いた。
おおっ!とコロシアムがどよめいた。
そして落胆のため息が混じった。
ルードヴィクの剛剣に対して、ヴァレリーの剣は細く、いかにも頼りなげに見えたのだった。
ヴァレリーは正面中段に構えた。
右足を前に、左足に溜めを作り摺り足で間合いを詰めた。
このヴァレリーの足さばきはキミヤスに教えられたものだった。
キミヤスの産まれた東洋の国で様式化された足さばきで、ヴァレリーにはその理に叶った無駄のない動きがしっくり馴染むように思え、鍛練に励んだ。
その結果、いつの間にかキミヤスをも打ち負かすほどの技術を身に付けたのだった。
キミヤスがヴァレリーを天才と言うのはこう言ったところに起因している。
教えられたことを直ぐに吸収し、自分に合った形に変化させて定着させるという特技があった。
結果的に、「いいとこ取り融合」とでも言うような絶妙なバランスになる。
しかも、現在進行形で日々改善されているのだった。
ルードヴィクは、ヴァレリーの構えを見るなり、冷静になる自分を自覚した。
「かなり使える!」
ルードヴィクも百戦錬磨の強者である。
ヴァレリーが口先だけではないことに気付いた。
「ほう、羊の皮でも被っていましたか?」
「いえ、自然体なだけです。」
次の瞬間、二人の間合いが一気に縮まった。
小さく振りかぶり手首を効かせて打ち込むルードヴィクの剛剣を、ヴァレリーは柔らかく巻き込むように勢いを減衰させ受け止めた。
鍔元でぶつかり力比べの様そうになった。
大きく体格差で上回るルードヴィクは、力押しに足を進めようとしたが、ヴァレリーはびくともしなかった。
「ムンッ!」と正面から力を込めるがヴァレリーは動かない。
「コツがあるのですよ。」
そう言ってヴァレリーは押し合う鍔元で剣を捩るようにルードヴィクの力を受け流し、ルードヴィクを右側へいなした。
急に押していた壁が無くなったかのようにルードヴィクは自身の圧力をもて余すかのようにたたらを踏んだ。
「おおっ!」と会場がどよめいた。
思わずバルタサールも腰を浮かし前のめりになった。
「本当にお強かった・・・」
バルタサールの隣でマルスリーヌが呟いた。
「むうっっ・・・」
その呟きを聞き、バルタサールは唸った。
ルードヴィクは、ヴァレリーの実力を認めざるを得なかった。
目の前の細身の男が、とてつもなく大きく見えた。
「愉快だ!参る!」
言うなりルードヴィクの剛剣が雨霰と降り注いだ。
ヴァレリーは全て受けた。
十合二十合と打ち合った。
しかしヴァレリーは下がらない。
むしろ、少しづつ前に出ていた。
ルードヴィクは無意識に間合いを詰められ窮屈な体制となっていた。
そのためジリジリと後退し剣圧を削がれていた。
汗が流れ出る。
歓声も聞こえない。
「良い気分だ・・・」
こんなに思いっきり打ち合ったのは何年ぶりだろう?
小刻みに牽制の突きを入れる。
隙を見付けて斬り込む。
交わされる。
受け流される。
返す手で斬り込まれる。
間一髪受け止める。
「愉快だ!愉快だ!」
笑みが溢れる。
見ればヴァレリーも笑っている。
そうか、強きものは強きものを求めるのだ・・・
二人がこうなったのも必然なのだ!
ルードヴィクは渾身の一撃を放った。
終わりは突然やって来た。
渾身の一撃を放ったルードヴィクの剛剣は、細身の剣に受け止められ、根本から折れ砕けた。
ヴァレリーの剣がルードヴィクの首筋で止まった。
「・・・」
「・・・」
視線がぶつかる。
と、ヴァレリーは剣を捨てた。
もろ手をあげてルードヴィクを誘った。
「オウッ!」
ルードヴィクも折れた剣を捨て、重い鎧を脱ぎ捨ててヴァレリーの誘いに乗り組み合った。
次の瞬間、ルードヴィクの体躯は宙を舞った。
ズウゥゥン!
ルードヴィクの体が地面に叩きつけられた。
ルードヴィクはなにが起こったかわからなかった。
気が付けば地面に大の字になり空を見上げていた。
「愉快だ!」
ヴァレリーが手を差しのべた。
ルードヴィクはしっかりと握り返し体を起こした。
「ヴァレリー殿下、負けました!負けましたがこれ程愉快な手合わせは初めてだ!」
「ルードヴィク将軍、私も愉快でした。まだまだ打ち合いたかった!」
突然大音響が響いた。
観戦していた観衆の拍手だった。
マルスリーヌも力一杯手を叩いた。
叩きすぎて赤く腫れるのも気付かずに叩き続けた。
バルタサールは小刻みに震えていた。
憤怒の震えではなかった。
感動の震えだった。
「異国に、しかも敵意を現している異国に単身乗り込んで堂々の勝負に勝った・・・称えるほか無いではないか・・・」
バルタサールは決して物分かりの悪い国王ではなかった。
むしろ、ヴァレリーのような振る舞いは結果さえ伴えば好ましく思う質であった。
「マルスリーヌ・・・」
「はい、父上。」
マルスリーヌは未だ手を叩き続けながら返事をした。
「そなた彼の者に嫁ぐ気はないか?」
マルスリーヌの手が止まった。
「な、なんと仰いましたか?」
手のひらが熱い。
ジンジンと痺れている。
しかしバルタサールの言葉は手の痛みも熱さも吹き飛ばした。
「ヴァレリー殿下に嫁ぐ気はないかと言っている。」
「それは・・・」
マルスリーヌは顔が熱くなるのを覚えた。
「まあ良い。考えておいてくれ。」
バルタサールは席を立ち、闘技場へ降りる階段をゆっくりと降り始めた。
◆◆◆
その晩、バルタサールは大規模な晩餐会を催した。
ナルウェラントの王族貴族はもとより、市井の有力者まで集めた。
急な晩餐会にも関わらず三百人以上が参集した。
冒頭バルタサールは、大いにヴァレリーを誉め称え、自らヴァレリーの杯に酒を満たした。
「ヴァレリー殿下!見事であった!あのルードヴィクを負かすなど!」
「いえ、運が良かっただけでございます。」
「殿下!運が良かったでは私は諦めきれませんぞ!」
ルードヴィクが既に顔を赤くしてヴァレリーの肩を叩いた。
「ヴァレリー殿下、ルードヴィクの言う通りだ!謙遜も度が過ぎると嫌みになる!ましてやルードヴィク程の実力者を負かすなど一生分の運を使っても出来るものではない!」
バルタサールは上機嫌だった。
「強者、強者を知る」そう言ってヴァレリーの杯を満たした。
「ありがとうございます。そう言って頂けると純粋に嬉しいものですね。」
ヴァレリーも満たされた杯を干した。
「時にヴァレリー殿下?」
「はい。」
「あの実力を見せられては、大蛇退治は事実だろうと思うが?眉唾物だと思っていたのですが?」
ルードヴィクは、興味深げに聞きたがった。
「はい、事実です。」
ヴァレリーは身ぶり手振りを交えて大蛇退治の詳細を語った。
バルタサールとルードヴィクのみならず、回りの来客もヴァレリーの大蛇退治話を、時に感嘆の声を上げながら聞いた。
ヴァレリーも、いささかオーバーアクションかなと思いながらも、多少の冗談を交えながら話した。
「シルベーヌ!」
「はい、殿下。」
ヴァレリーはシルベーヌを呼び、大蛇退治話を続けた。
「このシルベーヌは、ブランシュ剣闘競技会で三年連続優勝しております。」
おおっ!と響動めきが起こった。
「おなごの身でそれは凄い!」
ルードヴィクも感嘆の声を上げた。
「そのシルベーヌも大蛇退治に同行いたしました。小さな蛇は嫌がるのに、大蛇ともなれば蛇には見えぬと勇敢に戦いました。」
またしても響動めきが起こった。
シルベーヌは、顔を赤らめて、小声で「殿下・・・」と止めるように言ったがヴァレリーは取り合わなかった。
「ルードヴィク将軍には少し及びませんが、なかなかの剣を使います。大蛇退治でも頼もしい限りでした。」
「そうか!ならば我が息子の妃にならぬか?」
バルタサールの言葉に三度響動めきが起こった。
「わ、私など妃の器ではあ、ありません・・・それに・・・」
「それに?」
「わ、私より強い方でないと・・・」
今度は笑いが起こった。
「ルードヴィクより「少し」劣る程度なら、我が息子は足元にも及ぶまい!残念じゃ!」
バルタサールは、そう言って豪快に笑った。
その後、ヴァレリーはナルウェラントの要人達に続々と挨拶を受けた。
それでヴァレリーは確信した。
ナルウェラントは、交易による繁栄を期待している。
バルタサールの極端なエーデランド嫌いのために言い出せずにいたが、鎖国的な政策により国が疲弊し、皆打開策を欲しているのだと。
決して愚かではないバルタサールも、きっかけさえあれば方針転換する事はやぶさかではないのだろう。
ただ、バルタサールを方針転換に踏み切らせるだけのきっかけが無かったのだ。
ヴァレリーは、この御前試合が良いきっかけになることを願った。




