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御前試合①

ルードヴィクはいささかがっかりしていた。

ブランシュの白狼将軍と言えば、情報量の少ないナルウェラントにおいても常勝の将軍と伝え聞いていた。

それが目の前に顕れたのが細身の優男にしか見えない若者だったのだ。

バルタサールの前で行うと言う御前試合にもやる気が失せていくのがわかった。

「ヴァレリー殿下、噂で聞いたのですが30mにもなる大蛇を退治したとか?」

「それはいささか誇大に伝わっております。実測値は22m程です。そして私一人で退治した訳ではありません。」

「ふむ、左様でしたか。」

「ルードヴィク将軍、お話ししたいことがあるのですが、全て御前試合の後にいたしましょう。」

ヴァレリーの言葉にルードヴィクが敏感に反応した。

「つまり私を負かしてからものを言うということですか?」

言葉は丁寧だったが、怒気が滲み出た。

「もちろん勝つつもりでなければ腕試しなど致しません。名に背負うルードヴィク将軍から一手御指南頂けるかと思うとワクワクいたします。」

ヴァレリーは、ルードヴィクの為人が、武人の武人たる実力と行動に重きを置いていると見てとった。

そのため、一見優男に見えるヴァレリーに対して、勝手に失望したのだと思い、挑発めいた言動を弄した。

しかしルードヴィクも百戦錬磨の強者であった。「もしかしたら見かけによらずかなりの遣い手なのか?多少の尾ビレ背ビレが付いていても、その実力を侮っては危ないかもしれない。」このような勘が働き、切り替えられるからこそ軍事の全権を与えられるのだろう。

「いや、物言いが失礼でしたな。お詫び申し上げる。宜しいでしょう。ヴァレリー殿下がおっしゃるように全ては御前試合の後と致しましょう。」

ルードヴィクの目は、強かろうが弱かろうが必ず叩きのめす!そう言っているようだった。

「そう致しましょう。楽しみにしています。」

ヴァレリーも多くは語らず会合はものの10分で終わった。


「殿下!あれではルードヴィク将軍を怒らすだけです!わざわざ火に油を注ぐようなものです!」

ヴァレリーにあてがわれた客室に入るなりシルベーヌが詰め寄った。

「その通りだ。火に油を注いだんだよ。」

事も無げに言い切るヴァレリーに、怒りが湧いてきた。

「そのような真似をして決裂でもしたらどうするのですか⁉」

顔を真っ赤にして怒るシルベーヌを振り返り、ヴァレリーは言った。

「本気にさせなければダメなんだ。」

「どう言うことですか?」

「結果がどうあろうとバルタサール陛下は積極的に動かない。ならば、ルードヴィク将軍を味方につけるしか手は無いんだ。」

「それが怒らせることとどのような関係が有るのですか?」

まあ座れとヴァレリーは椅子を指し示した。

「良くも悪くもルードヴィク将軍の基準は武人として対当以上かそれ以下かだ。怒らせて本気で潰しに来てもらわなければ、勝ったとしても本当の意味で認めないだろう。手加減できない程に怒らせなきゃダメなんだ。」

「でも負けたらどうするのですか⁉」

「大丈夫、負けないから。」

そうだった。

こんな時のヴァレリーは理屈で動くのではなかった。

そんなことは百も承知のシルベーヌだったが、流石に今回はやりすぎではないかと不安になっていた。

そしてそれはマルスリーヌも同じだった。

程なくしてマルスリーヌはヴァレリーの元を訪れた。

「ヴァレリー殿下、ルードヴィクを本気にさせてしまいました・・・一切手加減しないと息巻いております。」

心配げにヴァレリーを見つめた。

「ご心配をおかけします。しかし本気になっていただかなければ、仮に私が勝ったとしても「油断した」とか「花を持たせた」などと言葉にはしなくても思われてしまったらルードヴィク将軍の協力は建前だけのこととなるでしょう。本気だからこそ私の本気を受け止めていただけるはずです。」

マルスリーヌは一見優男に見えるヴァレリーが、とてつもなく大きな男に見えてきた。

間違えば命を落とすかもしれないのだ。

余程の自信があるのか?

それとも破れかぶれなのか?

マルスリーヌには判断がつかなかった。

「マルスリーヌ様、ヴァレリー殿下の家臣シルベーヌと申します。

私は幼少の頃からヴァレリー殿下にお仕えしており、幾度も戦場で殿下の実力と才能を見てきました。

その私にしても多少危惧することは有りますが、このようなときの殿下は強うございます。

呆れるほどに。

名に背負うルードヴィク将軍が相手ですから楽観はしておりませんが、無敗の将軍に土を付けるとしたら、それはヴァレリー殿下をおいて他ならぬと確信いたします。」

それでもマルスリーヌの心配は解消されなかった。

当然であろう、ヴァレリーの強さなど知るよしもなく、逆にルードヴィクの強さは、嫌と言うほど見てきたのだから。

「こうなっては私の力など及ぶものでは有りませんが、どうぞお気をつけて・・・」

そう言うしかなかった。

そして翌日、正午過ぎに御前試合が開催された。


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