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アキーモフの覚悟

マクシームは、ウクリーナ砦に戻り、体勢の建て直しを図った。

砦を進発した時は一万の軍勢であったが、戻ったのは三千に満たなかった。

幸い、ニコラス軍も多大な損失を被っており、ウクリーナに進軍する余裕がなかった。

そのため、両軍ともに軍の再編成に時間を費やすことを余儀無くされ、距離のある睨み合いになっていた。

しかしマクシームは、七千の軍勢を効率良く再編して、ロジリアの首都スクルワへ進軍することを決めた。

クルメチア戦から三ヶ月が経っていた。

ニコラスはスクルワへ戻ると、帝都防衛のため、周囲に堀を回らし、壁を作り、帝都そのものを城塞都市とするための工事に着手した。

国民の生活など意に介せず、老若男女問わずに徴用したためあちこちで反乱が起きたが、問答無用で武力鎮圧を行い、相当数の国民が犠牲となった。

結果として短期間で城塞が築かれ、その早さの分だけ国民の命が消費された。

マクシームは、当初帝都外での決戦を画策したが、ニコラスは貝のように閉じ籠りマクシームの挑発には乗らなかった。

そうすると、マクシームも城塞攻略の決め手に欠き方針を変更、地方都市とそこを領有する貴族の懐柔と攻略にあたった。

ニコラスの度重なる徴税と労役負担に苦しんでいた地方貴族達は、皆喜んでマクシームの傘下に馳せ参じた。

しかし北東の中堅都市マステラードを治めるゲラーシー・アブリツェフは、前帝の信頼厚かった人物で、例えニコラスの施政が酷かろうと帝室に忠誠を尽くすとして頑強に抵抗した。

当初、マステラードを攻め落とすつもりで進軍したマクシームだったが、アキーモフの進言でゲラーシーを懐柔することに切り替えた。

アキーモフは、ゲラーシーの人望を惜しみ、幕僚に加えようとしたのだった。

更にアキーモフは自ら使者に立ち、単騎ゲラーシーの元へ赴いた。

ゲラーシーの居城に入ったアキーモフは、ゲラーシーの配下に取り囲まれた。

「何をしに来た!」

「殺してしまえ!」

「反乱軍が!」

ゲラーシー配下の兵達は、口々に脅しをかけた。

しかしアキーモフは、その兵達の態度にこそニコラス支配に対する不満が見てとれるようだった。

「私の首なら何時でも差し上げる。しかし先ずはアブリツェフ様に会わせていただきたい。我々はニコラスがロジリアを、ロジリア国民を虐げる現状を憂いている、それを打破するために立ち上がったのだ!そのためにはアブリツェフ様の助力が必要なのだ。」

「皆引きなさい。」

アキーモフを取り囲んでいた兵達の後ろからゲラーシーが現れた。

「アキーモフ殿と申されたか?話を聞きましょう。こちらへ。」

ゲラーシーはそう言って自らアキーモフを案内した。

アキーモフが通された部屋は、質素だが、調度類は良く磨かれていた。

ゲラーシーの人となりが良く出ているとアキーモフは思った。

「アブリツェフ様、お時間を頂き有り難うございます。」

「なに、こうして話している間だけでも兵は命を失うことはない。して、用件は?」

一見取りつく島もないように聞こえるが、それは歴代皇帝に対しての義理であろうことは紛れもない。

しかしニコラスがゲラーシーに対しても無理難題を要求していることは事実で、臣下から不満が上がっているのも事実であった。

「単刀直入に申し上げます。マクシーム殿下にお味方頂きとうございます。」

「出来ぬことは言わぬがよい。我がアブリツェフ家は、代々の皇帝陛下より過分なご厚情を頂戴している。私自身先代にお仕えし、その恩寵に報いるためにもニコラス陛下を裏切れるわけがない。」

「先代のスタニフラブ陛下がニコラスに毒殺されたとしてもですか?」

「なにっ⁉」

「スタニフラブ陛下が病を得て伏せるようになってからアブリツェフ様はお目にかかっておりましょうか?」

「いや・・・面会もままならぬと言われておった・・・」

「しかしマクシーム殿下はお会いになっておりますし、発病してからしばらくは決してアブリツェフ様に会えないほど容態が悪かったわけでは無いはずです。全てニコラスが仕組んだことです。」

「証拠は・・・有るのか?」

「ニコラスが手配した医者の助手が白状しましたが、残念ながら死にました。死因は不明です。」

「しかしそれでは証拠にならぬ・・・」

「状況的にニコラスの参謀であったルキーチが、憲兵時代工作員にやらせていた手法と似ています。それにスタニフラブ陛下の衰弱具合は不自然でした。食後に必ず体調を崩し、その結果食事の量が減り体力を失っていきました。これは陛下の近侍に確認していますので間違いないと思われます。」

「うむぅ・・・」

ゲラーシーは腕を組み信じられないとばかりに首を振った。

「それに何よりニコラスが帝位に就いてから粛清と増税、労役負担と国がどんどん弱って来ています。マクシーム殿下が立たずともクルメチアは失っていたでしょうし、そもそもユリチャーノフ殿下を遇していれば、ブランシュに付け入る隙を与えずに済みましたものを・・・」

「確かに・・・」

アキーモフは、ここぞとばかりに畳み掛けた。

「正直に申しまして、マクシーム殿下も当初は皇帝の器か否か判断に迷うことが御座いました。もちろん、私はそうであろうが無かろうがマクシーム殿下にお仕えする身ですから、命じられれば否やは有りません。しかし・・・」

「しかし?」

「先般のクルメチア戦役に於いてマクシーム殿下は負傷なされました。ブランシュ王弟ヴァレリーに切りつけられ鼻先に傷を負いました。」

「それで?」

「良くも悪くもマクシーム殿下は実戦をチェスのように采配されました。しかし実戦においては、チェスのように空いたマスに攻めいるのに順番が来るまで敵が待つと言うことはありません。当たり前のことですが・・・

その結果、マクシーム殿下は兵は駒では無いことに気付きました。遅きに失したのかもしれませんが、気付かぬニコラスに比べれば数百倍もマシです。」

ゲラーシーは黙って聞いていた。

「その結果、マクシーム殿下は軍を再編するに当たって捨てゴマのような編成を無くされました。ある意味ブランシュに倣ったのかもしれません。チェスの才幹をそのままに兵に配慮できる器を身に付けたのです。もっとも、傷を負わされたヴァレリー憎しは隠しようもありませんが・・・」

「つまりニコラス陛下よりも皇帝としてより良い資質を身に付けたと言いたいのか?」

「そう思っていなければ危険を犯してここには参りません。」

火花が散るような眼光の激突だった。

もとよりアキーモフは、決裂して命を落とそうと後悔は無かった。

自分の人物眼が無かったと諦めるだけだ。

しかしゲラーシーは明らかに動揺していた。

いや、心動かされていた。

自分が仕えた皇帝を毒殺して即位した皇帝を敬えるのか?

その結果、自分が治める領地の民は幸せを得られるのか?

そもそも先帝を毒殺したことが事実なら、ニコラスこそが反逆者ではないか?

ゲラーシーの葛藤が手に取るようだった。

「少し時間を貰いたい。明日、返答しよう。今日は引き取ってくれ。」

ゲラーシーの言葉にアキーモフは「勝った!」内心そう思った。

あくまでもニコラスに与するならばアキーモフを帰さないだろう。

「では、良きお返事をお待ちしております。」

アキーモフはそう言って立ち上がり、接見の間を出た。

熱り立ってきた兵達も、遠目に見送るだけだった。

ニコラスに反旗を翻した当初は、自分の身を守るための決起であった。

しかし、クルメチア戦役の後は、本気でロジリア再興の為との思いに変わっていった。

その結果、マクシームは人が変わったように自身の才幹に奢ること無く、臣下の声に耳を傾けることが多くなった。

決して弱気になったのではない。

それはウクリーナへ戻ってからの戦略変更の様子を見ても分かる。

まだまだ若く経験不足ではあるが、歴代のロジリア皇帝の中でも優れた為政者になる可能性が高い。

アキーモフはそう思っていた。


翌朝、ゲラーシーがマクシームの元を訪れた。

「本日をもってゲラーシー・アブリツェフはマクシーム殿下にお味方申し上げることをお約束いたします。」

マクシームは、ゲラーシーを歓迎する一方でその理由を明確にしておきたかった。

「アブリツェフ卿、歓迎しよう。しかし一つだけ聞かせてほしい。私に味方することにした決め手は何だ?」

マクシームは、クルメチア戦役の時とは比べ物になら無いくらい大人びた雰囲気を纏っていた。

アキーモフが言うように、クルメチア戦役における敗戦が糧となったのだろう。

アブリツェフは、それだけでもマクシームに味方することにした事が間違いではないと思えた。

「理由は幾つかございます。然れど最後は人でございます。」

「人?」

「はい。アキーモフ殿のマクシーム殿下に対する忠誠、自ら「命を使い尽くす」としたその覚悟、ニコラス陛下が先帝をどうしたと言うことは抜きにしても、お仕えするならば仕え甲斐のある方にと、アキーモフ殿の言動に心動かされた次第で御座います。」

「・・・アブリツェフ卿、私はクルメチア戦役に於いて自身の傲りから沢山の兵を失った。アブリツェフ卿が「人」と申されるように私も人が大事なのだと気付かされた。そんな私をアキーモフは信じ、付いてきてくれる。時に導いてくれる。卿の力も貸してほしい。少なくとも父上を毒殺し、皇帝を僭称するニコラスよりは良い皇帝となろう。」

アブリツェフは膝を着き頭を垂れた。

「慎んでお受けいたします。つきましては我が領地以東の各領主にたいして、お許しいただければ私から帰順を進言いたしとう御座います。」

「お任せしよう。」

こうして、マクシームは東部の要人ゲラーシー・アブリツェフを味方につけ、ニコラス包囲網を着々と作り上げていった。

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