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ジェレミアの気持ち

ヴァレリーの元にキミヤスが到着した。

ヴァレリーがバルドーを発って二週間後の事だった。

「キミヤス!よく来てくれた!体は大丈夫か?」

キミヤスは、義足を身に付け、杖を突いていた。

「殿下、お待たせいたしました。この通りなんとか歩く真似事は出来るようになりました。」

ヴァレリーはキミヤスの手を取り、何度も頷いた。

「無理をさせてすまない、まだ痛むだろう?構わぬ掛けてくれ。」

ヴァレリーはキミヤスに椅子を勧めた。

キミヤスは遠慮無く。と言って椅子に腰掛けた。

ヴァレリーは、キミヤスが到着するまでの二週間で、レイモンド侯爵との協議を繰り返し、概ね交渉の合意を見ていた。

しかし細部は実務家同士のすり合わせが必要であり、ヴァレリーはキミヤスの到着を待っていたのだった。

キミヤスには、リオネクが従っていた。

また、ブランシュの外交員も複数随行しており、万全の実務態勢であった。

「キミヤス殿が短期間で人選した面々です。実務で後れを取ることはありません。」

リオネクが、ヴァレリーが発った後のキミヤスの働きを事細かに語りだしたが、キミヤスは笑いながらそれを止めた。

「しかしキミヤス、また痩せてしまったな・・・苦労をかける。」

「なんの、足を無くしたときは、もうお役にたてないと落ち込みもしましたが、こうしてまたお役にたてる。これ程嬉しいことは御座いません。」

ヴァレリーは言葉に詰まった。

思わず目頭が熱くなる。

「今日明日は体を休めてくれ。幸いエーデランドでは明日感謝祭があって国中仕事は休みだ。祭りを楽しむとはいかぬが、休むにはちょうど良い。」

「分かりました。ジェレミア。」

キミヤスは、付き従っていた少年を呼んだ。

「ジェレミアは祭りを楽しんでくるといい。」

「いえ、キミヤス様はまだまだ御休息が必要です。お側にいます。」

「そうか、ならば好きにするがいい。」

ヴァレリーは、以前見たジェレミアとは様子が異なるような違和感を覚えた。

「ヴァレリー殿下、申し上げたいことがあります。」

そのジェレミアがヴァレリーを睨むような目で向き直った。

「これ、ジェレミア!」

「よい、キミヤス。で、何だ?ジェレミア。」

「キミヤス様はああ言っておいでですが、まだ痛みに眠れぬ事があります。決して無理はさせないようお願いいたします。」

そうか、この少年は主に無理をさせる私が嫌いなのだ。

ヴァレリーは、そんなジェレミアに感謝せずにはいられなかった。

「すまないな、ジェレミア。もちろんキミヤスが大事だ。しかしキミヤスが居なければこの仕事はまとまらない。キミヤスが辛そうだったら直ぐに私に言ってくれ。しっかり休息を取らせる。だからジェレミア、キミヤスをよろしく頼む。」

「もちろんです。」

ヴァレリーには決して心を開かないのかもしれない。

しかしキミヤスに献身的に奉仕する少年に、ヴァレリーはなにもしてやることが出来なかった。

翌日の昼過ぎ、ヴァレリーは、キミヤス、マルク、リオネク、アルフィオ、シルベーヌ等と昼食を取っていた。

必然、話は北海条約についてのものとなった。

なるべくキミヤスには負担をかけまいとするが、キミヤス自身が進捗の確認を望んだ。

先にヴァレリーに随行していたアルフィオが一連の流れと今後の展望について説明した。

これはヴァレリーにも現状確認のためには必要な事であった。

そこへオーレリアンから急使が来たと報告があった。

「構わぬ、ここへ呼んでくれ。」

昼食の最中だったが、ヴァレリーは急使を招き入れた。

「ご報告申しあげます!」

ウジェーヌの配下だという騎士の話は、ヴァレリーのみならず、皆が信じられないと頭を振った。

「すると、人を丸呑みにするほどの大蛇が居て退治できずにいると言うのか?」

アルフィオは連絡の騎士に問い質した。

「間違いありません・・・二人の兵が呑まれましたが、そのうちの一人は私の友であったフランツです。私はもちろん、オーレリアン殿下もその場に居ましたから・・・」

「キミヤス。」

「はい陛下。」

「ガレア島はこの北海条約において重要な島だ。この島が使えなくなると北海条約は頓挫する。キミヤス、あとは任せる。アルフィオと共に条約締結を進めてくれ。」

「殿下は如何されるのですか?」

シルベーヌが聞いた。

「ガレア島に行く。」

皆が口々に止めた。

「殿下!危険です!報告の通りなら人間が太刀打ちできるものか案じられます。ましてや一匹であるという確証もありません!」

マルクの言うことはもっともだった。

「だからこそ私が行くのだ。あのオーレリアンが助けを求めているのだ。私が行かねば誰が行く?」

「この足さえ有れば・・・」

皆がキミヤスの言葉に息を呑んだ。

「いや、キミヤス、仮にキミヤスが五体満足であろうとも私が行くだろう。キミヤスの武勇であれば大蛇など歯牙にもかけぬかもしれない。しかしそれでもここは私が行かねばならんのだ。」

「な、ならば私も付いて参ります・・・」

「シルベーヌ、無理せずとも良い。蛇は嫌いであろう?」

顔を蒼白にして名乗り出たシルベーヌであったが、目は決意の光に満ちていた。

「嫌いです!嫌いですが、北海条約締結のためにアルフィオ殿、マルク殿、リオネク殿は必要です。ならば私が殿下のお伴をするのは道理。ば、化け物など切り刻んでくれます!」

無理をしているのは一目瞭然だった。

「蛇だぞ?」

「怖くありません!」

「いっぱい居るぞ?」

「こ、怖くないです!」

涙を浮かべながら必死に自分を鼓舞するシルベーヌであった。

蛇退治が決まるとヴァレリーの行動は早かった。

チャーチルとレイモンドには大蛇の事は伏せたが、ガレア島の現状を確認するためとしてエーデランドを離れることを告げた。

今後は、キミヤスを代理として実務者間での協議が中心となるため、ヴァレリーが残る理由もなかった。

レイモンドの晩餐会には何度か出席したが、レイモンドの末の娘ジョセフィーヌはまだ14歳で、結婚話には盛り上りに欠けたが、レイモンドは諦めていない様子であった。

ともかくも、ヴァレリーは北海条約に道筋を付け、シルベーヌと共にガレア島に向かった。


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