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北海条約


「良く参られた、ヴァレリー殿。」

ヴァレリーは、チャーチルと共にハワード三世に謁見していた。

ハワード三世は、この年93歳。在位60年となる。

その息子の皇太子リチャードは68歳。

しかしリチャードは病床にあり、余命幾ばくもないと言われていた。

長すぎるハワード三世の治世において、三人の息子のうち下の二人は既に他界。

長男のリチャードも、ハワードよりも先に鬼籍に入りそうだった。

「ハワード陛下におかれましてはご機嫌麗しく。」

「ああ、然程でも無いが、まだ死ねぬようだ・・・」

ヴァレリーはなんと言って返すべきか言葉に詰まった。

「陛下、本日お時間を頂戴したのはブランシュの王弟であり、我が孫でもあるヴァレリー殿下より画期的な提案がなされたためお耳にお入れしたくまかりこした次第で御座います。」

「おお、そうか、チャーチルよ、そなたに任す。仔細は宰相と話すがよい。」

そう言うとハワードは車の付いた玉座のまま退出した。

ハワードが退出すると、その側に控えていたエーデランド宰相レイモンド・アンカーソンが降りてきた。

「アプルトン卿、別室で伺います。こちらへ。」

そう言ってレイモンド自ら案内して別室へ導いた。

「ヴァレリーよ、こちらのアンカーソン卿もな、私と共にバンジャマン殿と和平協定の締結を進めたエーデランドの忠臣の一人じゃ、もちろんバンジャマン殿と面識もある。」

「左様でしたか、初めて御目にかかります。ヴァレリー・バルバストルと申します。お目にかかれて光栄です。」

「ヴァレリー殿下、貴方のロジリアでの武勇は、ここエーデランドにも轟いております。ようこそお出でくださいました。」

ヴァレリーは、差し出されたレイモンドの手を握りしめた。

ヴァレリーとチャーチルは、レイモンドの執務室に案内された。

応接テーブルにはお茶が用意されていた。

「国王陛下はご高齢ではありますが、まだまだ的確なご決断をなさいます。私は国王陛下のご負担を減らし、判断の材料を奏上するだけで御座います。」

レイモンドは、いくらか警戒しているのか、自らには決定権が無いような口ぶりであった。

「どの国でも似たようなもので御座いましょう。私も全権で伺っておりますが、レアンドル国王に否と言われれば覆ります。しかし、覆されるような交渉にするつもりも御座いません。レイモンド閣下も御同様と存じますが?」

レイモンドはチラッとチャーチルを見た。

「チャーチル卿、良い孫殿を持たれた。」

「レイモンド卿、このヴァレリーは年若いがなかなかに手強い相手ですぞ。腹蔵無くお話下された方がエーデランドの為になるかと。」

「そのようですな。いや、ヴァレリー殿下、お気を悪くなさらぬよう願います。此度貴殿が直々に交渉に来られたのは大きな動き、特にロジリア絡みではないかと推察いたしますが?」

さすがエーデランドで最長の王位を維持するハワードの宰相である。

大枠の括りは、ヴァレリーが訪れたことで推測していた。

「ご慧眼、感服致します。

おっしゃる通りロジリア絡みで御座います。」

「ふむ、それでそのロジリア絡みにおいて我がエーデランドには如何なる利益が発生致しますか?」

いきなり核心を突いてきた。

しかしヴァレリーは、何事も隠さずに進めるつもりであったから、冷静に言葉を選ぶ余裕があった。

「エーデランドは長年北海においてナルウェラントと領海紛争が断続的に続いておられますね。これを平和的に解決致します。」

「それだけですか?」

レイモンドは、目新しさもないとばかりに聞いた。

「いえ、領海問題はきっかけに過ぎません。平和的に国交を樹立してエーデランド、ナルウェラント、そしてブランシュとの三国による三角貿易を行います。それに当たっては、ブランシュの領土であるガレア島を自由貿易港として整備し、この島における取引は非課税として貿易振興を図ります。」

「ふむ、それで?」

「ブランシュは、父バンジャマンが赴いてから南部の繁栄は目を見張るものがあります。この南方港湾都市リノを拠点として海路物資を王都バルドーまで運びますが、ガレア島に港が出来れば、北海への貿易の玄関として機能するでしょう。これはブランシュのみならずエーデランドにもナルウェラントにも有益であると推察いたします。」

レイモンドは腕を組み目を瞑り聞いていた。

ヴァレリーは、さらに続けた。

「この度ブランシュは、ダレツとの間に南方港湾の利用に関する条約制定について合意いたしました。」

「なに?」

これにはレイモンドも驚いた。

「長年の敵国に領地を貸すと言うのですか?」

「貸すのではありません。使用権とそれに伴うブランシュ国内の通行についての取り決めです。」

「建前はそうかもしれぬが、実質領内の自由通行に繋がるのではないか?」

「戦争がなくなるならそれで構いません。」

「なんと!」

「戦争は何も産み出しません。いえ、一部戦争により恩恵を受ける者が居るのは事実です。しかし国民は疲弊します。国同士が信義において経済を共有し、国民が富むならばこれ程素晴らしいことはありません。そうは思いませんか?」

「な、ならば、我がエーデランドも南回りの航路をブランシュ領海を通過して為すことが可能になると言うのか?」

「その通りです。現在は領海を迂回して南方大陸での補給を余儀なくされているはずでしょう?リノを経由すれば、いくばかりかの使用料を払ったとしても経費も航海日数も大幅に削減できるはずです。その効果はエーデランドに巨大な富をもたらすと考えています。」

レイモンドは思わず唸った。

ヴァレリーの考え方は、今だ領土侵略を目的とする国家があるなかで、斬新と言うよりも無謀とさえ思えるものだった。

「確かにまだまだ国家間の国取り戦は無くなっていません。だからこそ、賛同頂ける国々と強固に結び付き、ロジリアのような国に対抗する事が大事だと考えています。言語も習慣も違う国を支配しようとしても、何れ破綻します。ロジリアにおけるクルメチアやリグラートが良い事例です。近しい言語や風俗をもってしても統治することは難しいと言う事でしょう。ならば、互いに認めあい、協力することで国を富ませる方策を探るべきだと考えるのです。」

確かにヴァレリーの提案は魅力的だった。

エーデランドは、島国と言うこともあり国境紛争は経験していない。

ただし、その島内においてさえ統一までは部族間抗争が絶えなかった。

今更近隣諸国に侵略戦争を仕掛けるなどあり得ない話である。

あり得ない話であるが、侵略される側に回らないとも限らない。

例えばナルウェラントがロジリアに制圧されたなら、エーデランドはロジリアとの海上覇権争いに巻き込まれるだろう。

エーデランドが落とされれば、ブランシュは逆に包囲されることになる。

ならば、ヴァレリーの言う通り北海における和平が成れば、ロジリアとの戦争があったとして、エーデランドは直接的な戦闘に関わらなくても済む。

もちろん、なにがしかの協力はしなければならないだろう。

場合によっては軍の派遣も有りうる。

それでも直接相対するよりは余程ましである。

相手が国力の小さいナルウェラントならばいざ知らず、ロジリアを相手にするのは得策ではない。

ロジリアの国力が落ちている今だからこそ成せる和平であろうとも思った。

ここは、多少ナルウェラントに譲っても条約に賛同するべきだろう。

レイモンドは、最終的にそう結論付けた。

「ヴァレリー殿下、ただの武勇の人ではありませんね。良いでしょう、詳細はまだ詰めなければなりませんが、ハワード陛下に奏上致しましょう。しかしチャーチル卿、ブランシュの人材豊富なこと、驚くばかりですな。」

「我がエーデランドにおいても次代を担う若者が居るはず、この点ばかりはブランシュを見倣って人材発掘に努めるべきでしょう。」

「如何にも。ところでヴァレリー殿下。」

「はい、レイモンド閣下。」

「私には年頃の娘が居りましてな、末の娘ですが器量も良いと思うのですが、一度お会いいただけませんか?」

「えっ!」

「おお、それは良い!」

チャーチルは良い話だとまとめにかかったが、ヴァレリーは困った。

下手な断りかたをすれば協力体制に影響しそうだ。

「レイモンド閣下、私はまだ結婚する気はございません。今はこの北海条約の締結に集中したく思います。その手のお話は、いかなる方面からのものでもお断りしたいと考えておりますので・・・」

「まあまあ、そうではあろうが、会うだけでも良いではないか?形式ばったことはせずとも、エーデランド滞在は短くあるまい。皆で食事でも如何か?」

ヴァレリーは、なんとか逃げたかったが、逃げ切れそうになかった。

「それともそれほどにアンカーソン家との関わりを拒まれるか?」

顔は笑っていたが、気分を害しかけている。

ここは断れない。

「とんでもございません、結婚を考えていないだけですから、お招きには喜んで応じさせていただきます。」

「そうかそうか、ならばチャーチル卿、近日中にお招きいたす。良しなに。」

「承った。レイモンド卿。」

思わぬところで思わぬ事態となった。

ヴァレリーは、自分の意思とは関係なく事が進められないよう頭を悩ませることとなった。

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