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ガレア島

「オーレリアン殿下!島が見えてきました!」

オーレリアンは、ヴァレリーの指示を受け、船で一路ガレア島を目指していた。

「何とも気味の悪い島だ。あそこだけ厚い雲に覆われている・・・」

ガレア島は、中央に標高2000m程の山があり、その頂は厚い雲の中にあった。

島全体が鬱蒼と生い茂った樹木に覆われ、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。

「オーレリアン殿下、知っていますか?」

「何をだ?」

腹心のウジェーヌが気味悪そうに語り出した。

「その昔ガレア島には海賊の棲みかがあって、その海賊達が信仰していたのが蛇神だったそうです。蛇島と呼ばれるほど蛇が多い島ですからそんな信仰が生まれたのでしょうが、何とも薄気味悪いではありませんか・・・」

ウジェーヌの話に船長が続いた。

「その蛇神は生け贄を求めたそうです。年に一人、老若男女問わず山奥にある祭壇に祭り上げられたと・・・山に分け入ると毒蛇に襲われるのですが、生け贄を連れていくときだけは無事に帰れたと言われています。」

そんな事が有るものか!と、オーレリアンは叫びたかったが、目の前に迫ってくる島を見ていると、あながち嘘ではないような気分になってきた。

「蛇神なぞ存在するものか!もし居たならば私が叩き斬る!」

オーレリアンは自らを鼓舞するように殊更大きな声で叫んだ。

「ブランシュには大神有るのみ!大いなる加護に預かる我らに恐れるものなどない!」

おおっ!と将兵は叫んだ。

オーレリアンと同様に自らを鼓舞するように。


オーレリアン達は、以前監獄として使われていたエリアの船着き場に到着した。

風雨に晒され、手入れの無い船着き場は荒れ果て、桟橋も朽ち落ちていた。

軍船からカッターを下ろし、兵員を上陸させ、続けて物資を運び込んだ。

「とりあえず船着き場に近いところに陣を張る。ウジェーヌ、偵察を出せ。1km四方で良い。毒蛇に気を付けるように。」

時刻は午後3時を回り、日が落ち始めた。

急がなければ陣を張ることもままならなくなる。

すると、あちこちから叫び声が上がり始めた。

「うわっ!へ、蛇だぁ!」

「こっちにも居るぞ!」

「ここにもだ!何匹居るんだ!」

オーレリアンは、内心汗をかく思いだったが、務めて冷静な声で指示を出した。

「慌てるな!蛇が多いのは承知していたはずだ!手はず通り火を炊け!捕まえたら樽に入れろ!」

ウジェーヌもパニックに陥りかける兵を鼓舞して歩いた。

オーレリアン自らも蛇を捕まえ樽に放り込んだ。

「オーレリアン殿下!これでは陣を張ることが出来ません!一旦船へ戻りましょう!」

ウジェーヌが悲鳴を上げるように叫んだ。

「やむを得ぬ!一旦戻る!」

オーレリアンは撤収を指示した。

我先にカッターへ戻ろうとする兵をまとめながら、偵察に出ていた兵の帰りを待ってオーレリアンは最後の船に乗り込んだ。

「兄上・・・これは容易ではありませんぞ・・・」

オーレリアンは心のなかでヴァレリーに向かって呟いた。

翌朝、オーレリアン達は再びガレア島の船着き場に向かった。

今度は上陸せず、カッター上から小分けにして麻袋に積めた無数の石炭を投げ込んだ。

この麻袋には油を染み込ませており、火矢を射て引火させた。

火は瞬く間に燃え広がり、背後の森にまで燃え広がった。

「どれだけ燃え広がるか判らないが、この間に島の周囲を確認する。一周して戻ったあと、状況次第で上陸、更に奥深くまで燃やしてしまおう。」

オーレリアンの指示に従ってカッター隊は本船に戻った。

そしてそのまま反時計回りに島の周囲を移動し始めた。

ガレア島は、船着き場のあるエリア以外は、ほとんどが海岸線まで鬱蒼とした森が覆っていた。

小さな砂浜らしきものもいくつかあったが、上陸拠点には適さないと判断した。

船着き場のちょうど反対側に差し掛かったとき、水兵の一人が洞窟らしき穴を見つけた。

それは一見木々に覆われていて見逃してしまう程の地形の変化でしかなかった。

オーレリアンは、最初その報告を受けて目を凝らしたが、どこに洞窟が有るのか判らなかった。

「少し調べてみるか?ウジェーヌ、カッターを出して様子を探れ。危険だと思ったら無理せず戻れよ。」

「畏まりました。」

ウジェーヌは、三艘のカッターを出した。

自らその一艘に乗り込み、洞窟へ舳先を向けた。

「良いか!くれぐれも上に注意を怠らぬよう!蛇が落ちてくるかもしれぬからな!」

ある意味自らを鼓舞する為の大声だったかも知れない。

ウジェーヌ達は洞窟の入り口に近付いた。

「空気の流れがあるな。良いか!浅瀬に気を付けろ!海中の岩も危険だ!良く見張れ!」

洞窟はカッター二艘分の幅があり、比較的大きな空間があった。

そして、その岩肌は滑らかに削られていた。

波の侵食も有るが、明らかに人の手によるものだと思われる規律性があった。

「これは海賊の隠れ家ではないか?」

ウジェーヌは、蛇島の気味悪さより、海賊の襲撃に警戒を強めた。

「海賊が使っているかもしれぬ!弓矢の準備を!」

探索隊は一気に緊張した。

洞窟は、同じような岩肌が続き、ウジェーヌ達は1km程進んだ。

「ウジェーヌ殿!光が見えます!」

水兵が前方を指差した。

緩やかに右に曲がった洞窟の先から次第に強く光が差し込んできた。

暗闇を抜けた安堵感が広がった。

「皆!気を抜くな!この先何があるか判らぬぞ!戦闘体制をとれ!」

気を緩めた瞬間が一番危ない。

オーレリアンと共に幾つもの戦場を駆け抜けてきたウジェーヌだ。

自らも緩みそうになる気持ちを引き締めた。

カッターはいよいよ洞窟を抜けようとしていた。

暗闇に慣れた目は、強い光によって、見るものを消し去っていくようだった。

「危険だ!」

ウジェーヌは目眩ましのような光の強さに身構えた。

しかし何も起こらなかった。

カッターは洞窟を抜けて丸く広がった入り江に出た。

頭上には100mほどの縦穴があり、上空から陽の光を届けていた。

縦穴の側面には蔦が生い茂り緑のカーテンを作っていた。

ウジェーヌは、あまりの美しさに一瞬呆けたように辺りを見回すだけだった。

「美しい・・・」

岸辺には石積の船着き場があった。

最近人が関わった様子はなく、苔むしていた。

「ウジェーヌ殿・・・ここは・・・」

ウジェーヌの右腕とも言える騎士ナイジェルがウジェーヌ同様に景色に圧倒されながら呟いた。

その声にウジェーヌは我に返った。

「皆!警戒を緩めるな!まだ何があるか判らぬぞ!」

ウジェーヌは、船着き場にカッターを寄せるよう命じた。

良く見ると、船着き場の様子に違和感を感じた。

海水の船溜まりであるはずなのに、石積を苔が覆っている。

海水であるならば、フジツボや烏貝といった物が密生しているはずだ。

海中には海藻の類いが有りそうなものだが見当たらない。

同様に不審に思った水兵の一人が水を掬い口にした。

「海水じゃない・・・ウジェーヌ閣下!これは真水です!」

「何だと!」

ウジェーヌも一口水を含んだ。。

「間違いない・・・飲める・・・」

改めて周囲を見渡すと、海辺と言うよりは山中の泉の畔のような趣があった。

船着き場にあれだけのたうっていた蛇も見掛けない。

もちろん、海賊が居る痕跡もない。

ウジェーヌは、オーレリアンの判断を待つことにした。

二艘のカッターを上陸させ、一艘をオーレリアンへの報告に戻らせた。

入江は侵入口から左手に船着き場があり、右手には砂浜があった。

ウジェーヌは砂浜に立ち、あることに気付いた。

波が無いのだ。

海に続いているはずなのだが、波が無いのだ。

更に砂浜から数歩水の中に入ると、ふかふかとした砂地が足に心地よかった。

じっと目を凝らしてみると、砂地が沸々と踊っている。

手を入れてみると、地中から水が湧いて出ているのがわかった。

「なるほど、この入江には真水が湧いて出ているのか、海から続いているから海水だと思ったが、川の上流の趣か⁉」

その通りであった。

ガレア島は、中央に2000mにもなる山がそびえ立っている。

そのため風が山肌に当り雲をなし、雨を降らせていた。

そしてその雨が地中に染み込み、長い年月をかけてこの入江に湧いて出ていたのだった。

そして、ウジェーヌ達は気付かなかったが、この入江から海まではなだらかに下っていた。

1kmほどだったが、水量が豊富であったため、海水が侵入しづらかったのだ。

更に、曲がりくねった洞窟も海水の侵入を防止するのに一役買っていた。

ひんやりとした空気も蛇が居ない理由の一つであろう。

ウジェーヌは、この入江から繋がる通路があるはずだと踏んで調査を命じた。

水兵達は、岩肌に絡み付く蔦を目の高さで切りとっていった。

何が出てくるか判らない、作業は慎重に進んだ。

すると、船着き場に程近いところに通路があった。

明らかに人の手によるものだと判った。

しかしウジェーヌは、この先の調査はオーレリアンの判断を要すると考え、入江の調査と蔦苅りに専念した。

一時間ほどしてオーレリアンが到着した。

「ウジェーヌ、何か判ったか?」

ウジェーヌは、オーレリアンに水中で真水が湧いていること、波が無いこと、通路を発見したことを報告した。

蔦苅りは続いていたが、通路は一ヵ所しか見つけられなかった。

その他には特に何も見つけられなかった。

「やはりこの通路の先を見なければ始まらないな。」

「しかし真水が湧いていたのは朗報です。飲み水や煮炊きに不自由しません。」

「よし、今日はこの入江を徹底的に調査、安全の確保を最優先として、明日早朝から通路の先を確認する。火を絶すな、まだ危険が無いと確認できたわけでは無いからな。」

オーレリアンは、無数の蛇が這っていた船着き場と、この洞窟の奥の入江の対照的な状態に一抹の不安を感じ始めていた。


翌朝、オーレリアンの不安は的中する。

ウジェーヌがもたらした報告は、この島には何か秘密、もしくはそれに類いする事が存在すると示すに十分な出来事だった。

警戒にあたっていた歩哨が、一人、何の痕跡も残さず跡形もなく消え失せたのだった。

恐怖から島を脱出したのかと思われたが、カッターは数が揃っている。

泳いで行くのなら鎧を脱ぎ捨てなければ溺れてしまうが、鎧を脱ぎ捨てた様子もない。

同時刻歩哨に立っていた水兵は、歩哨交代前に話をしたと言うが、恐れるどころか、翌日の通路探索で功を成すと張り切っていたと言う。

この時刻、歩哨は三人だった。

それぞれ離れて警戒にあたっていたのだが、一人消えたことに誰も気づかなかったと言う。

「まさか功を焦って一人通路に先行したのではあるまいな?」

オーレリアンの疑問はもっともだったが、その通路の入り口は別の歩哨が警戒にあたっており、その事実はないと確認された。

兎に角何の痕跡も残さず消えたのだ。

文字通り消えたのだ。

オーレリアンは、探索を続行するべきか考えたが、入江の範囲には何も見つけられない以上、通路を進むしかなかった。

オーレリアンは、予定通り通路の探索を決断した。

「ウジェーヌ、何があるか判らぬ。灯りを絶やさず慎重に進め。」

そう指示したオーレリアンだったが、自ら先頭で通路に入ろうとした。

「殿下!なりませぬ!お下がりください!」

「危険だからこそ私が先頭を行くのだ。心配するな。」

「なりませぬ!」

ウジェーヌは強硬にオーレリアンを下がらせようとした。

オーレリアンも、ここはウジェーヌに譲らねば一向に進めないと思い、先を譲った。

「全くなんで我が国の王家は命知らずばかりなのか・・・ロジリアでも真っ先に突っ込んだと言うし・・・臣下の立場と言うものを・・・」

ぶつぶつと独り言を言いながらウジェーヌは通路を進んだが、声が反響してオーレリアンにも届いていた。

オーレリアンは頭を掻きながら苦笑した。

通路は、緩やかに右に曲がりながら上っていた。

途中には分岐する道もなく一本道だった。

500m程進むと、大きな空間に出た。

自然に出来た洞窟らしく、鍾乳石が至るところに垂れ下がっていた。

しかしある一画が人為的に岩肌を削られ、祭壇のように作られていた。

そしてその祭壇の後ろの壁には5m四方の紋章が彫られていた。

二匹の蛇が絡み合い円を描いていた。

左右に一匹、下で尾を絡ませ、上で首を絡ませて、真ん中に一匹は大きく口を開けて威嚇し、もう一匹は冷ややかにオーレリアン達を見下ろしていた。

「こ、これは・・・」

ウジェーヌが喉を潰されたような声で呟いた。

水兵達は恐怖で言葉もでない。

「蛇神教の紋章だろう・・・」

オーレリアンは呟いて祭壇への階段を上がり始めた。

「殿下!危険です!お待ちを!」

叫んだウジェーヌだが、足が動かない。

「ええいっ!情けない!臆したかっ!」

ウジェーヌはバチンッ!と自らの頬を張り、オーレリアンの後を追った。

オーレリアンは祭壇の後ろの壁に手をかけた。

丹念に削られ、磨かれた石壁に、この島で暮らしていた人々の強い信仰心が窺えた。

「しかし何故ここまで強い信仰心を持つことになったのか?」

オーレリアンが疑問を解決するには情報・知識が少なすぎた。

ザワッと、何かが擦れるような音がした。

ザワッザワッと連続した音が聞こえてきた。

「何の音だ?」

「気を付けろ!油断するな!」

ウジェーヌが叫んだ。

しかし音は消えた。

静寂が訪れた。

「三人一組でこの洞窟内を調べる。一時間だ。一時間でこの祭壇前に集まれ。」

オーレリアンは、洞窟内の調査を命じた。

そして程無くオーレリアン達はとてつもない恐怖に晒されることとなった。

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