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アプルトン家

その晩、ヴァレリーはシルベーヌを伴い城下に出、ある屋敷を訪ねた。

「元気そうで何よりだ。」

ヴァレリーは言葉に詰まった。

「殿下こそ御息災でなによりです。」

「キミヤス・・・よく生きていてくれた・・・」

絞り出すように出した言葉と共に涙が一筋頬を濡らした。

杖を突いたキミヤスをヴァレリーは抱き締めた。

「何も御座いませんがどうぞお入りください。」

キミヤスに促され、ヴァレリーは屋敷に入った。

キミヤスは独身だった。

両親は他界しており、兄弟もなかった。

家には、従者の少年が一人いるだけだった。

少年の名はジェレミアといった。

戦災孤児で、キミヤスが引き取り、養育していた。

目端の聞く少年で、キミヤスは剣技を教え、行く行くは養子に迎えようと考えていた。

「ジェレミア、お茶を。」

「はい、キミヤス様!」

ヴァレリー達の前に香りのよい紅茶が運ばれた。

「キミヤス、すまなかった・・・」

「何を言います、殿下が詫びることなど一つも御座いません。」

「そうかもしれないが・・・」

沈黙が流れた。

しかしこの沈黙こそがこの主従の会話なのだとシルベーヌは思った。

「キミヤス、一緒にエーデランドへ行って欲しい。」

「しかしこの足ではお役にたてないかと?」

「此度は戦をするのではない。交渉事を戦と言うなら戦ではあるがな・・・」

「ナルウェラントですか?」

シルベーヌは驚いた。

キミヤスには何も言っていない。

武術だけの人ではないと分かっていたが、これ程的確にヴァレリーの心中を言い当てる事が出きるのは、やはりキミヤスだからであろうと思った。

「さすがだな、キミヤス。そうであるからこそキミヤスが必要だ。」

キミヤスは無くした右足の付け根を撫でながら言った。

「少なくとも痛みが無くなれば・・・痛みで的確な判断が出来ぬかも知れません。あと一月あれば・・・」

「無理を言ってすまない・・・一月後で良い。先にエーデランドへ向かっている。力を貸してくれ。」

「分かりました。そこまでおっしゃられては冥利に尽きるというもの。一日でも早くお側へ参るよう努力いたします。」

「すまぬ、それからキミヤスの刀だが、もうしばらく貸してくれ。キミヤスの父上に打ってもらった刀は、良く働いてくれたが、乱戦の中折れてしまった。」

「ならば研ぎ直しましょう。出立は何時になりますか?」

「一週間後だ。」

「充分です。」

ヴァレリーはキミヤスに刀を預けて帰っていった。

ヴァレリー達の話をじっと聞いていたキミヤスの従者ジェレミアが、キミヤスに訴えた。

「キミヤス様!まだご無理をなさってはいけません!毎晩のように痛みで眠れないではないですか!食事を取られないこともあります!遠い国へ行くなど死にに行くようなものです!お止めください!」

ジェレミアは必死に止めようとした。

ジェレミアにしてみれば、キミヤスは父親であり、年の離れた兄のように感じ慕っていた。

キミヤスが戦場から戻ってから、昼も夜もなく世話を焼いた。

キミヤスのベットの横の床に、毛布一枚にくるまって仮眠をとった。

夜中にキミヤスがうなされれば、汗を拭き、タオルを絞って熱を下げようと一晩中付き添った。

その甲斐あってキミヤスは一週間ほどで容体が落ち着いた。

ジェレミアにとってキミヤスは全てだった。

父であり兄であった。

そのキミヤスを死地に向かわせるようなヴァレリーを、ジェレミアは許せなかった。

しかしジェレミアには力がなかった。

「もっと、もっと力を得なければ大切なものを守れない・・・」

ジェレミアの心に芽生えた小さな棘が、ジェレミア本人さえ気付かないほどの痼が、後に大事件を引き起こす事になる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ヴァレリーは、エーデランドへ旅立つ前にオーレリアンに一つの指示を下した。

その指示に基づき、オーレリアンはヴァレリーよりも先に西方の港町マルスに向かった。

オーレリアンは百人ほどの工作兵を率いて船に乗り込んだ。

そしてヴァレリーは一週間後エーデランドへ向けて旅立った。

腰にはキミヤスが研ぎ直した長刀が携えられていた。

随行は、マルク、アルフィオ、シルベーヌの腹心三人と、文官武官合わせて百人の規模となった。

首都バルドーから五日で西の港町マルスに到着。

先にエーデランドへ訪問を打診する使者を出していたが、ヴァレリーはその返事を待たずにバルドーを出立していた。

そしてマルスで使者が持ち帰った返事を受けとり、船上の人となった。

二日の航海でエーデランドの港町ゴーラスに到着した。

ゴーラスには、ヴァレリーの祖父筋にあたるアプルトン家から迎えが来ていた。

「おお、ヴァレリー!立派になったな!」

「クリフトン叔父上ですか!」

「そうた!クリフトンだ!七年ぶりか?」

「はい!前回ブランシュにお越し下されて以来です。」

「カロリーヌは元気にしているか?」

「はい、母上は相変わらずマイペースです。」

「であろうな!」

二人は大声で笑った。

「此度はお世話になります。何分長期の滞在になりますれば、お言葉に甘えさせて頂きました。」

「なに、家族が甘えるのは当然の事、遠慮は要らぬぞ!」

ヴァレリー達一行は、クリフトンに導かれ、二日の道程で首都ロンダンにあるアプルトン家の屋敷に入った。

アプルトン家は現国王ハワード三世の外戚にあたる。

現当主チャーチルは、バンジャマンが腐心したエーデランドとの和平交渉のおり、そのエーデランド側の代表を務め、交渉成立の勲功により侯爵に叙任された。

公明正大な人柄はエーデランド王宮の人望を集めたが、本人には政治的野心が無く、国政に口を出すことが無かったため、更に評価を上げた。

現在も正式な役職は持たず、国王の相談相手として王宮に呼ばれる程度の関係性を保っていた。

「おお、ヴァレリー、息災であったか?」

アプルトン家の屋敷に入ったヴァレリーは、チャーチルに出迎えられた。

「侯爵様にはおかわり無く、お会いできて光栄です。」

「おお、まともな挨拶が出来るようになったではないか。ジジイ呼ばわりされていたのが嘘のようじゃな。」

チャーチルはそう言って笑った。

ヴァレリーは頭を掻くしかなかった。

「ジジイで良いぞ。立派に成長した孫に会うのは嬉しいものだ。」

「勘弁してください、では爺様と。」

「うむ、従者達にも部屋をあてがっておる。皆休ませよ。」

「お言葉に甘えます。シルベーヌ、皆に休むよう伝えよ。」

「かしこまりました。」

「そなたも少し休むが良い。後程晩餐で話を聞かせてくれ。」

「はい、ではお言葉に甘えさせて頂きます。」

ヴァレリーも家令に案内され退出した。

「大きくなったな。」

「本当に、あのやんちゃ坊主が。」

「いや、体だけの話ではない。王族の風格が出ておる。使命を持った男の顔だ。」

チャーチルの言葉にクリフトンも頷いた。

その夜の晩餐会は盛大なものであった。

アプルトン侯爵は、決して華美な生活をしているわけではない。

むしろ、家格に比して質素でさえある。

ただ、その屋敷は広大で、ヴァレリー一行およそ百名の客間を余裕で準備できる程だ。

もちろん、士官級以外は二人から四人の相部屋であったが、それでも部屋数にはまだ余裕があった。

そのヴァレリー一行およそ百名を収用出来る迎賓館があり、その人数にフルサービス出来る使用人、料理人を揃えていた。

「爺様、この使用人の数はただ事ではありませんね。ブランシュ王宮に勝るとも劣りません。」

「いやいや、全て抱えているわけではない。八割方は手伝いに来てくれている市井のもの達だ。」

「だとしても、お痛みをお掛けして心苦しい限りです。」

「僭越ながら申し上げます。ヴァレリー殿下。この手伝いに来てくれているもの達は、全て給金を受けとりません。侯爵様のお人柄に自ら馳せ参じたもの達ばかりなのです。」

「これ、セバスチャン、出すぎるでない。」

チャーチルは、執事長のセバスチャンを叱ったが、セバスチャンの誇らしげな表情が印象的だった。

「クリフトン叔父上、偉大な父親を持つと苦労しますね。」

「まったくだ。だがヴァレリー、そなたもそうであろう?」

「はい、私なぞ父も偉大、兄も偉大でやりきれません。」

どっと笑い声が上がった。

晩餐会は盛大なものであったが、贅を尽くしたというよりも、平凡な食材ではあるが良く吟味され、手を尽くして仕上げられた料理の数々に好感が持てた。

自らも料理するオーレリアンが居たならば驚喜するだろうとヴァレリーは思った。

食卓には、ヴァレリーが土産として持参したヴァンも供され、これにはアプルトン家の面々も喜んだ。

一頻り宴は進み、下士官以下は退出した。

ヴァレリーは、この度のエーデランド来訪の真意を告げた。

「やはりエーデランドとナルウェラントの和平は難しいでしょうか?」

ヴァレリーの問いかけにチャーチルは少しの間目をつぶり考えた。

「容易ではないだろう。いや、エーデランドとしては条件次第だが前向きに検討できると思う。しかしナルウェラントは簡単には首肯くまい。」

「やはり過去の経緯が足を引っ張りますか?」

「ナルウェラントにしてみればブランシュもエーデランドに加担した敵国同様だろうからな。」

「ナルウェラントについては私が首肯かせます。」

「良策でも有るのか?」

二人の会話は、祖父と孫という暖かみのあるものではなく、男と男の真剣勝負の様相であった。

チャーチルは、温厚で思慮深い男だが、同時にエーデランド国王に忠実な臣下であった。

エーデランドに不利益あらば、相手が孫のヴァレリーだろうと甘い顔は見せない強さを秘めていた。

「爺様もご存じでしょうが、ブランシュとエーデランド、ナルウェラント三国の領海線付近にガレア島という島があります。」

「うむ、その昔は海賊の拠点だったはずだな?」

「はい、ブランシュ建国の時代には既に廃れて、ブランシュ属領となってからは一時期流刑地として使われていましたが、問題があり今は人一人住むものはありません。」

「問題とは?」

「この島は蛇島と呼ばれるほど蛇の多い島で、中には毒蛇もおり、気味悪がって役人も成り手が無かったのです。仕方なく活用を諦めていたのですが、ここを開発して三国の共有の港としたいのです。」

「領土を譲ると言うのか?」

「いえ、決して領有権を放棄するのではなく、あくまでも使用権のみの共有という事です。」

「しかし毒蛇の島など何の魅力もあるまい。」

「島の半分を焼き払います。」

「なんと!」

さすがに思いきった策とは言いがたいほどの荒事だった。

「どうせ使えない島なら焼き払ったとしてもさほど問題はありません。むしろ使えるようになればその方が良いでしょう。」

「そうかもしれんが・・・」

「場合によっては全島焼き払っても良いと思っています。住むのは蛇とネズミばかりなら、いっそその方がさっぱりする。」

チャーチルは孫の思いきった考えが、一歩間違えば蛮行に成りかねないと思ったが、確かに使えない島ならば、その使えない原因を潰す事は利にかなっている。

しかも、このナルウェラント政策を遂行するに当たっては、これまでの既得権益を一才失わずに済むのだからある意味良策であろう。

「わかった。国王陛下に奏上してみよう。陛下との面会はその後の事となろう。」

「よろしくお願いいたします。ただ、この件に関してはエーデランドの協力を得られずとも、ブランシュは単独でナルウェラントと交渉に入る用意が有ることを含み置き下さい。」

チャーチルは、ヴァレリーの強かな一面を見た思いだった。

そもそも、この交渉にエーデランドを巻き込む必要は無いのだろう。

そこを敢えてチャーチルに話を持ってきたのは、ヴァレリーの国際感覚のなせる技であろう。

これを断れば、エーデランドは北東海域への影響力が必然的に弱まる。

それどころか、ナルウェラントとの海上勢力図が大幅にマイナスに傾きかねない。

これは何としてもエーデランドも乗らなければとチャーチルは考えた。

「しかしヴァレリー、レアンドル陛下はこれを良しとしているのか?」

当然と言えば当然の疑問だった。

「ロジリア対策については一任されています。それと・・・」

「それと?」

「これはまだ公表できないことなのですが、爺様と叔父上にはお話ししても良いかと思いますので・・・」

「なんだ?もったいぶって?」

クリフトンが問いただした。

「この件が成れば、いえ、仮に成らずとも、一年後、私はレアンドル兄上より王位を譲られることが決まっています。」

チャーチルもクリフトンもあまりの驚きに声がでなかった。

「ですからこのナルウェラント政策は、ブランシュの国策と受け取っていただいてよろしいかと。」

「いや、まてまて、ヴァレリーが王位を継ぐと言うのか?決定事項だと言うのか?」

クリフトンの驚きは尋常ではなかった。

チャーチルもそうであろう。

二代続けて国王が在位中に王位を譲るというのだから前代未聞である。

「レアンドル陛下が譲位なされるのは、なにか理由があるのだろう。差し支えなければ教えてくれぬか?先代バンジャマン候の時も驚いたが、あれは親子間の事。しかし今回は兄弟での事。事の大きさが違う。」

チャーチルの問いかけにヴァレリーは、一連の経緯を説明した。

「そうか、アレットがな・・・」

「はい、西の方様アレットは、兄上に対して強く臣下たることを願ったと聞きました。思い起こせば幼い時分より、兄上は私に対して膝をついて話すことが多くありました。私は気にもかけませんでしたが、あれは西の方様の養育の結果だったのですね。」

「そしてアレットが言う『主筋』への修正を行うためにレアンドル陛下は譲位を決行なさると・・・」

「もともと私に引き継ぐ前提で王位に就いたということで、いくらお諌めしても聞き入れるものではありませんでした。」

「良く解った。次期国王の方針とあらば間違いはあるまい。ヴァレリー、明日私と共に参内せよ。ハワード陛下に会っていただこう。」

チャーチルは、孫の成長を喜ぶと共に、その孫と国の将来に関わる仕事をする事になる高揚感に満たされていた。

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