それぞれの決意
新章突入です。
二ヶ月後、ヴァレリーとジローはブランシュ王都バルドーに戻った。
リノからは、ジローが見つかったと知らせを受けたバンジャマンも来ていた。
ジローは、オーレリアンに叱られたのと同様にバンジャマンからもげんこつを一つ貰って叱られた。
そしてその晩、王家の親子五人と、その腹心が晩餐のテーブルに着いた。
話題はジローの冒険譚に終始した。
「本当に死ぬかと思いましたぁ!」
危機一髪の出来事も、ジローが話すと間延びして緊迫感の欠片もない。
「ヴァレリー、セルデニアの姫君とはどの様なお方だ?」
レアンドルがヴァレリーに尋ねた。
「美しい姫君です。どうやらこの姫君もジローに執心のようで、ジローがブランシュの王弟だと申し上げたところ、卒倒しかけました。ジローが切り出すまでもなく、ライトリッヒ国王がブリュンヒルデ王女との結婚を申し出て参りました。」
「しかしかの国は王子が居ないはず。ブリュンヒルデ王女が王位継承第一位ではなかったか?」
レアンドルの問いにヴァレリーは明確に答えた。
「だからこそでしょう。ブリュンヒルデ王女に王位を継承させれば、国内はなんとかなっても外交上ダレツ頼みになるのは必定。しかし二百年条約によりダレツとの婚儀は不可能です。そこでライトリッヒ国王はこれ幸いとブランシュとの間に血縁関係を求めたというところでしょう。」
「本人同士は問題無さそうだしな。」
バンジャマンも笑って頷いた。
「ところで兄上、セルデニアへ向かう途中ダレツへ立ち寄りエルゲンベルト殿下にお会いしましたが、なにやら妃を貰うことにしたとか?」
「うっ、ま、まあその話は・・・」
「その話は何でしょうか?一国の国王が妃を貰う話はそんなに軽い物でしたか?」
「してヴァレリー兄上、お相手というのは?」
オーレリアンが尋ねた。
「ダレツ国王ベルンハルト陛下が第一王女、マルティナ殿下です。」
皆が絶句した。
ダレツの至宝・ダレツの悍馬の異名はブランシュでも知られていた。
その気性の激しさから、ダレツ国内においては相手が見つからないという噂だった。
「まあ、まだ正式に決定したわけでは・・・」
「いいえ、兄上はブランシュ国王として正式に受諾なさったと聞きました。エルゲンベルト殿下が嘘をついていると?」
「いや、そんなことは・・・」
「兄上!」
「よ、良いではないか!これでダレツとの親交が深まるだろう⁉ダレツの悍馬と呼ばれてはいるが、筋の通らぬことが嫌いなだけたぞ⁉」
「ヴィクトリーヌ姉上と仲良くやっていけますか?」
痛いところを突くオーレリアンであった。
「そこは大人なのだから・・・」
「大人だから拗れたら困るでしょう!」
「誰と誰が拗れるって?」
凛とした声が響き渡った。
いつの間にかヴィクトリーヌが来ていた。
「あ、姉上・・・何時お戻りで・・・」
ヴィクトリーヌは、レアンドル、ヴァレリーが不在の間、国政はジョスランら官僚に任せたが、国内の治安維持や守備軍の指揮のために国内を転々としていた。
「そなた達がこぞって出掛けてしまったために、国内の引き締めに駆け回っていた私を待たずに晩餐とはいい度胸だ!」
「そうだぞ!先ずはヴィクトリーヌに礼の一言もあって然るべし!」
バンジャマンは、自分は違うとばかりにヴィクトリーヌの肩を持ったが、逆効果だった。
「父上、そう思うのであれば一緒に楽しげに晩餐に加わった理由をお聞かせ頂けるのでしょうな!」
「うっ・・・すまぬ・・・」
レアンドルは何時でも晩餐の席には、ヴィクトリーヌの席を用意していた。
ヴィクトリーヌが不在の時でも用意するのが慣わしだったので、この時もレアンドルの近くにヴィクトリーヌを座らせた。
「姉上、配慮が足りませんでした、申し訳ございません。」
「国王陛下に頭を下げられては矛先を納めるしかないな。」
とりあえず事なきを得て皆ホッと息を継いだ。
「ところで、誰と誰が拗れるって?」
別の矛先が突き付けられた。
レアンドルは、諦めて正直に話した。
「この度、ダレツの第一王女マルティナ殿下を娶る事と致しました。姉上もお聞き及びと思いますが、マルティナ殿下は悍馬と異名をとるほど気性の激しい方、尤もそれは真っ直ぐな性格から妥協を許さないというだけなのですが、姉上も似たような所がございますから、何かとぶつかるのではと心配した弟たちが騒ぎ立てただけでして。」
「あ、兄上!それはズルい!」
「事実であろう、私は心配などしておらぬ。姉上もマルティナ殿下も大人だからな。」
「わかった。」
ヴィクトリーヌが、ヴァン・ブランが満たされたグラスを一気に空にした。
一瞬空のグラスを驚きの表情で見つめた。
給仕に無言でグラスを差し出し、お代わりを求めた。
「めでたいことではないか。初めて義理の妹が出きる。仲良くしたいものだな。」
半ば納得いかぬようにヴィクトリーヌは更にヴァンを煽った。
「ところで、私からもう一つ話がある。」
レアンドルが居ずまいを正して話した。
「来年、五月をもってブランシュ国王の座をヴァレリーに譲ることとする。」
「えっ⁉」
「それは・・・」
「陛下!」
驚かなかったのはバンジャマン、ヴィクトリーヌ、そしてヴァレリーの三人であった。
「まあ聞いてくれ。これは私が父上から王位を継いだ時から決まっていた事なのだ。」
「そ、それはどういうことですか⁉」
オーレリアンを始め、皆戸惑いを隠せなかった。
「ヴァレリー兄上は承知だったのですかぁ?」
ジローはこんな時でも緊張感がない。
「まあな、まあレアンドル兄上の話を聞いてくれ。」
ヴァレリーは、幾分憮然とした面持ちで答えた。
「そもそも私の生い立ちに起因する話だ。私は幼い頃より母からヴァレリーに仕えるよう教えを受けてきた。これは、我が母オレリアが先の王妃アネット様の侍女であり、その主家であるアプルトン家に仕える身であったため、経緯はどうあれ主筋たるアネット様、カロリーヌ様を蔑ろにすることは許されないという思いからだ。」
「そんな・・・そのような話は世にいくらでもありましょうに。」
アルバートが鼻声で訴えた。
「まあ聞け、アルバート。それだけ母オレリアは、アネット様、カロリーヌ様に恩義を感じていたのだ。父上もその様なことは気にしないよう言われたと言うことだが、身に染み付いた、いや、心に焼き付いたと言った方が良いのだろう、母の心は、アネット様とカロリーヌ様在っての自分なのだと微塵も揺るがなかった。」
レアンドルはグラスの水で口を潤した。
「しかし父上は嫡子継承を貫きたかった。これは、将来兄弟相争うような前例を作りたくなかったからだ。まあ、そんなことは無いと言いたいところだが、ダレツやロジリアを見ても兄弟の争いが有ったわけだ。ブランシュでは起こらないとは言えないだろう。そこで私は条件を出した。」
「条件ですか?」
オーレリアンが聞いた。
「うむ、王位は継承する。しかし、私の次はヴァレリーとすること。そしてヴァレリーが王位に就くまで私は結婚しないこと。これが条件だ。」
バンジャマンはきつく目を閉じ腕を組み聞いていた。
ヴィクトリーヌは、グラスでヴァンを弄びながら聞いていた。
ヴァレリーは両の拳を合せ、口許にあてがいながらレアンドルをじっと見ていた。
「そしてロジリアとダレツに目処がついた今こそその時だと判断した。」
それまでじっと聞いていたヴァレリーが発言を求めた。
「兄上、もう一年お待ち頂けませんか?」
「何故だ?」
「確かにダレツは兄上のおかげで心配無いでしょう。尚且つジローがセルデニアへ行けば東は万全でしょう。しかしロジリアは、クルメチアとリグラートを解放したとはいえ、ニコラスとマクシームは健在です。内戦が早期に終結すれば、またぞろ南にちょっかいを出してくるかも知れません。」
「しかしロジリアの決着は読めぬし、仮にどちらかが勝っても、国力は大幅に落ちている。当面心配は無いと思うが?」
「だからこそ今のうちにロジリア包囲網を完成させたいのです。」
ヴァレリーとレアンドルのやり取りに、皆固唾を飲んで聞き入った。
「具体的にはどうするのだ?」
「ナルウェラントを引き込みます。」
「ナルウェラント!」
オーレリアンが思わず叫んだ。
ナルウェラントは、ブランシュの北西、ロジリアの西にある王国である。
ブランシュからは、山脈に遮られ陸路は山越えの険しいルートしかない。
また、ロジリアとの国境の殆ども山脈に遮られているが、唯一トロムソという平地が、ロジリアとの国境に存在していた。
そしてナルウェラントは、このトロムソからのロジリアの侵攻に悩まされていた。
ナルウェラント国王バルタサールは、ここに堅固な要塞を築き、ロジリアの攻撃に耐えていた。
ロジリアもこの唯一の侵攻路にある要塞を攻めあぐねており、現在はナルウェラント侵攻を手控えていた。
尤も、クルメチア戦線で大敗し、内戦状態になった現在では、ナルウェラントに手を出す余裕など無くなっている。
ブランシュとナルウェラントは、歴史的に直接戦火を交えたことはない。
しかし海洋国家のナルウェラントは、ブランシュの親和国であるエーデランドとは海上覇権を争う宿敵であり、ブランシュは間接的にエーデランドを支援したことから、ナルウェラントにとっては敵国同然であった。
ヴァレリーは、この際エーデランドとナルウェラントの仲を取り持ち、ナルウェラントをロジリア包囲網に加えたかった。
「確かにナルウェラントを引き込めればロジリアは身動きが出来なくなるな。」
バンジャマンがアゴヒゲを撫でながら言った。
「しかしそう簡単ではあるまい。何か策は有るのか?」
バンジャマンの問いかけにヴァレリーはニヤリと笑った。
『また面倒な事になりそうだ・・・』
マルク、リオネクらヴァレリーの臣下達は、面倒事の予感にため息が漏れた。
「良かろう。元々ロジリア対策はヴァレリーに一任したことだ。そのロジリア対策に必要だというならば致し方無い。しかし一年だ。一年で結果を出せ。どの様な状態であろうと一年後に王位を譲る。これは王命である。」
皆立ち上り右拳を左胸に当て低頭した。
ここにナルウェラント融和政策と、王位継承が決まった。