ロジリア戦役5
「アキーモフ、少しブランシュを甘く見すぎたかな?」
マクシームは、小高い丘の上に陣取り、戦況を見ていた。
「言ってみれば複数のナイトのみで複雑にチェックを掛けられているようなものでございましょう。ニコラスも東へ撤退を始めたようです。ここは一刻も早く撤退をするべきかと存じます。」
アキーモフの言に、マクシームは唇を噛んだ。
いつも自信に溢れ、飄々としているマクシームには珍しいことだった。
『戦場はチェスのようにはいかぬということだ。しかしこの敗戦で学んでいただければマクシーム殿下は優れた皇帝となれる。むしろ負けて良かったのだ。しかし無事に脱出出来ればの話ではあるが・・・』
アキーモフは、敗戦を糧にマクシームが成長してくれることを望んだ。
「北方から攻め込んできたブランシュ軍が本陣に向かってきます!」
斥候の報告にアキーモフは矢継ぎ早に防御を指示した。
「マクシーム殿下、下がりましょう、ここは危のうございます。」
「うん、しかし下がるにしてもただ下がれば損害が出る。ポーン隊を厚く布陣せよ、一度攻撃を凌いで退却の機会を作る。」
マクシームの冷静さにアキーモフは頼もしさを覚えた。
やはりロジリアを治めるのはこの方をおいて無い。
アキーモフはマクシームの指示を伝達し、ブランシュの攻撃に備えた。
ヴァレリー達ブランシュ軍は、正面からポーン隊にぶつかった。
マクシームの指示で何重にも厚く布陣したポーン隊だったが、厚くしたために左右両翼が手薄になった。
それでもヴァレリーは正面から突撃した。
ポーン隊は頑健な守備力を見せたが、やはり素早さではブランシュ騎馬軍に遅れをとった。
徐々に両翼から削られ、削られた場所に後衛のポーン隊を回したため中央に隙間が出来た。
ヴァレリーはそれを見逃さず、突入した。
「ブランシュ王弟ヴァレリーだ!マクシーム殿下とお見受けする!その首貰い受ける!」
ヴァレリーはキミヤスの愛刀を光らせマクシーム目掛けて突進した。
立ち塞がる兵を薙ぎ倒し、マクシームに斬り付けた。
ヴァレリーの剣はマクシームの鼻先を掠めた。
マクシームの顔面から血が迸った。
「マクシーム殿下っ!」
アキーモフが捨て身で割って入った。
「その傷を見る度にブランシュのヴァレリーを思い出せ!」
ヴァレリーは、クルメチアへ向けて走り出した。
本来ならこのままマクシームを討ち取りたいところだった。
しかし、マクシームを討ち取ればニコラスは力を蓄えてまたクルメチアに触手を伸ばすだろう。
ならば、ニコラスとマクシームを力を削いだ上で逃がし、ロジリアを内戦に持ち込んだ方がクルメチア復興の時間を作れる。
ひいてはブランシュもロジリア対策を取りやすくなる。
ここはマクシームを弱らせた上で生かすのが得策なのだと何度も自分自身に言い聞かせた。
マクシームは、傷を押さえながら恐怖と怒りに震えた。
「殿下っ!お怪我はっ!」
アキーモフは自身も肩に傷を負っていたが、マクシームに駆け寄り軍医を呼び撤退を指揮した。
「ああ・・・忘れるものか・・・ニコラスを殺したあとにしっかりと礼をさせてもらう・・・」
マクシームは、ヴァレリーの顔と言葉を顔の傷に焼き付けるように傷口を拭った。
マクシームの本陣を抜けて、ヴァレリーはレアンドルやアルバート、スバニール達と会合した。
そして、マクシーム軍後方から東へ進んだオーレリアンも戻ってきた。
後方からの奇襲とはいえ、オーレリアンの部隊は一番長く戦い続けた。
そのため、他の隊よりも損害が大きかったが、それでもニコラス軍、マクシーム軍の損害に比べれば軽微なものだったのはさすがであろう。
「レアンドル兄上!ヴァレリー兄上!ご無事で何より!」
オーレリアンが二人のもとに駆け寄ってきた。
ふと、レアンドルの後ろに隠れるように一人の男が立っていることに気が付いた。
オーレリアンには、それが誰か直ぐ判った。
「ジローッ!」
「やあ、オーレリアン兄上・・・お久しぶりで・・・」
言い終わらぬうちにオーレリアンはジローに駆け寄り、胸ぐらを掴んで怒鳴り付けた。
「この大馬鹿野郎!」
「あ、兄上・・・苦しいです・・・」
「馬鹿野郎・・・どんなに探し回ったか・・・」
オーレリアンの目から涙が溢れた。
「生きていたのだな・・・」
「はい、生きておりました。」
オーレリアンは手を離しジローはホッと息を継いだ。
次の瞬間、オーレリアンの拳がジローの頭にガツン!と音を響かせた。
そしてオーレリアンはジローを抱き締めた。
「心配したのだぞ・・・馬鹿野郎が・・・」
「すみません・・・痛いけど・・・すみません・・・」
オーレリアンとジローは、幼い頃から特に仲が良かった。
オーレリアンは何かにつれジローの世話を焼いた。
それだけに、ジローが居なくなったときは、ブランシュ中を探し回ったのだった。
こうして第一次クルメチア解放戦は終結した。
帝都スクルワへ戻ったニコラスは、ただでさえ粛清で減らした人員を更に減らし、軍師のルキーチを失った。
立て直すには時間がかかろう。
マクシームも同様に大幅に戦力を減らした。
ウクリーナへ戻っても、ニコラス同様に立て直しには時間がかかり、更にはウクリーナの地勢上、クルメチアからの攻撃に晒されるのは必定だった。
その間、ユリチャーノフとスバニールは、クルメチアを復興させなければならない。
もちろんブランシュは全面的に協力することになるのだが、今はブランシュへ帰ろう。
ヴァレリーはレアンドルに声をかけた。
「帰りましょうか、兄上。」
「ああ、帰ろう。」
兄弟四人が揃うのは何年ぶりだろうか。
オーレリアンは唯一の弟ジローと再会できたことが嬉しかった。
父と母には自分が取りなしてやろうと思っていた。
ところが・・・
「レアンドル兄上ぇ、私はちょっと行くところが有りますので、ここでお別れします。」
ジローの言葉に他の兄弟三人三様に呆れ果てた。
「ならん!」
とレアンドル。
「またか・・・」
とヴァレリー。
「お前という奴は!」
とオーレリアン。
「ちゃんと帰りますから!用事が済んだらちゃんと帰りますから!もう旅は終えることにしましたから!」
ジローは三人の兄から責められ腰が引けた。
「ならば理由を言いなさい。」
レアンドルが半ば諦めたような声音で質した。
「え~とですね・・・あの・・・けっ・・・もう・・・に・・・」
「聞こえんっ!」
ボカッ!とオーレリアンのげんこつがジローの頭を鳴らした。
「いったぁっ!」
「ちゃんと喋らんか!」
オーレリアンはイライラとまた拳を握りしめた。
「わかりました、わかりましたから!痛いなぁ・・・」
「で?どんな用事なのだ?」
イラつくオーレリアンを制してヴァレリーが聞いた。
「セルデニアに行きます。」
「セルデニア?何しに?」
「ブリュンヒルデ王女に結婚を申し込みます!」
「・・・・・何ぃぃぃッ!」
見事にハモった兄三人だった。
その後、兄三人は必死に止めるよう説得した。
ジローからセルデニアでの経緯を聞き、今回の戦役では兵站補給の任務で協力してくれており、レアンドルもその補給を受けていることもあって挨拶も無しと言うわけには行くまいとの結論に至った。
しかし、求婚についてはもう少し待つように説得され、ジローは渋々了承した。
「では、ジローの監視と国王の使者として私もジローと共にセルデニアに参りましょう。」
ヴァレリーがレアンドルに了承を求めた。
「いや、兄上!その任は私が!」
オーレリアンが割って入ったが、レアンドルはこう言ってオーレリアンを説き伏せた。
「オーレリアンはジローに優しすぎる。泣いて懇願されたら断れまい。」
思わず手が出るのもジローを思うからであり、幼い頃から何かと面倒を見てきたからである。
反論は無意味だとわかっていた。
「わかりました・・・」
オーレリアンは不承不承了解した。
こうしてレアンドルとオーレリアンはブランシュ王都バルドーへ向い、ヴァレリーとジローは、ダレツ経由でセルデニアへと向かった。
ロジリア戦役の章、終了です。
次回から新章突入です。