ロジリア戦役2
進軍を翌日に控えたその日、ヴァレリーの元に思わぬ報告が飛び込んできた。
「ヴァレリー閣下、レアンドル陛下より使者が遣わされてきました。」
「兄上から?構わぬ、ここに通せ。」
通されてきた使者はレアンドルの腹心の一人バスチアンだった。
「ヴァレリー閣下、お久しゅうございます。」
「バスチアンか!兄上はまだダレツか?」
ヴァレリーはレアンドルに援軍を依頼していたが、既に半数はアルバートに率いられ合流していた。
レアンドルが残りの軍勢を率いて合流してくれれば、先に考えていたクルメチア制圧とニコラス討伐の二面作戦を実行できると考えていた。
「いえ、レアンドル陛下はダレツ軍と共にリグラートへ侵攻し、既にリグラートのほぼ全域をロジリアより解放いたしました。」
ヴァレリーはバスチアンの言葉に衝撃を受けた。
「この短期間にリグラートを解放したというのか⁉」
「はい、しかし解放と言っても、ほとんど抵抗らしい抵抗はありませんでしたし、ただ行軍しただけにございます。」
実際、リグラートにおいて、ロジリアは憲兵程度の監視機能しか設置しておらず、ダレツ・ブランシュ連合軍の進軍と共にそれらの組織は雲散霧消していた。
「そうか、では兄上はリグラートに居るのか?」
「いえ、リグラートからロジリアへ入り、現在はロジリア側の国境沿いに進軍中です。ヴァレリー閣下の指示でロジリア本軍の中段に東から攻めいる用意を整えております。」
「さすが兄上!シルベーヌ!作戦を練り直す!皆を集めよ!」
ヴァレリーは、レアンドルの参戦が思わぬ方向からのものとなったため、作戦に一部修正を加えた。
ヴァレリーの会議は、プーリーの円卓会議同様に戦場でもその形式が用いられていた。
「レアンドル陛下が東から当たることによってニコラスは三方から攻撃を受けることとなります。これでニコラスは破れること必定です。」
マルクは地図を指し示しながら現状の状況を確認した。
「果たしてそれで良いのでしょうか?」
オーレリアンが疑問を口にした。
「オーレリアン閣下、どう言うことですか?」
マルクが問うた。
「うん、確かにニコラスを討ち取るには絶好の機会だが、その結果マクシームを利する事になるのは面白くないと思う。」
皆が口々に同意を示した。
「確かにマクシームよりはニコラスのほうが扱いやすいでしょう。放っておいてもニコラスはいずれ潰れると思います。あのような恐怖支配が長く続くとは思えませんからな。」
スバニールの発言に皆が頷いた。
「そもそもこの出兵はクルメチア解放を目的としている。現状、クルメチア全土からロジリア軍は一掃しているに等しい。もちろんこれは我々の戦果ではなくロジリアが自滅したようなものだ。しかし今後を考えれば、ニコラスとマクシームを天秤にかければニコラスのほうが対応しやすいだろう・・・だが・・・」
皆がヴァレリーの次の言葉を待った。
「だが、ニコラスとマクシーム両者が内戦を続けてくれたほうがクルメチアの国力を蓄えるには良いと思う。」
「では目の前の状況を如何するおつもりですか?」
オーレリアンが問うた。
「オーレリアンならどうする?」
ヴァレリーが問い返した。
「そうですね。正直マクシームの軍は詳細がわかりませんし、先のポーン隊のようにこれまでにないような軍勢を整えているかも知れません。ニコラスの戦力を削りながらマクシームにより大きな打撃を与えられれば、両者ともクルメチアどころでは無くなると思います。」
「オーレリアンの言う通りだ。」
ヴァレリーは地図を指し示しながら指示を下した。
「バスチアン、兄上にはニコラスの側面ではなく後背を突き崩し、そのままマクシーム軍の北部を攻めて頂く。アルバートとスバニール将軍には南からニコラスに当たって頂く。私とオーレリアンは西に迂回してマクシーム軍を叩く。何れも深追いは不用、ニコラス軍とマクシーム軍を混乱に陥れ両者を噛み合わせる。機を見て撤収、クルメチアにて合流を図る。以上!」
こうしてブランシュ・クルメチア連合軍の方針は定まった。
◆◆◆◆◆
マクシームは、ニコラスは手玉にとれると思っていたが、側近のルキーチには注意が必要だと思っていた。
重装備歩兵隊を送ったが、最悪無力化されることも念頭にあった。
しかしブランシュ側と戦端が開かれれば、必ず側面が疎かになるだろう。
重装備歩兵隊は捨てゴマとなっても良いと思っていた。
もちろん、やすやすと破れるとは思っていない。
ブランシュ側には重装備歩兵隊で牽制しておいた。
多少はマクシームに対して用心深くなるだろう。
あとは、なるべく早くニコラスを討ち取り、ロジリアをまとめあげなければならないと考えていた。
そしてニコラスとブランシュ軍が戦端を開いたと斥候から報告がもたらされた。
「よし、じゃあ始めようか!」
マクシームはアキーモフに進軍を指示した。
ニコラス軍の側面まで約5km、タワーと名付けられた槍術騎馬隊が先行突撃を開始した。
◆◆◆◆◆
「あれがキミヤスの足を奪ったポーン隊か!」
アルバートは、怒気を体全体に纏いポーン隊を睨み付けた。
「アルバート殿、お気持ちは察しますがここは冷静に。」
一人突出しそうなアルバートをスバニールがなだめた。
「わ、わかっております。わかっておりますが、目の前にすると怒りが溢れるのを止めかねます・・・」
「なにもアルバート殿一人だけが怒っているわけではありませぬ。我らとて同じ。なればこそ段取り通りに。」
「了解した。ではさっそく!」
アルバートとスバニールはそれぞれの配下に合図を送った。
そして一丸となってポーン隊目掛けて突進を開始した。
大量の砂塵が舞い上がった。
ポーン隊は盾を構え、防御の体勢をとっていた。
アルバートとスバニールがポーン隊と激突するかと思われた瞬間、アルバートとスバニールは、隊を左右に割った。
ポーン隊の左右を走り抜ける。
ポーン隊から、キミヤスがやられたのと同じように長槍が突き出された。
しかしアルバートもスバニールも槍の届かぬ距離で馬を走らせた。そして、アルバートとスバニールの後続の馬には、左右を鎖に繋がれた丸太が引かれ、ポーン隊目掛けて勢いよく解き放たれた。
「グシャッ!」
金属がぶつかり合う音と肉が潰される音、その当事者の悲鳴や叫びが入り交じり、なまじ頑丈な重い鎧は、形が歪み脱ぎ捨てることさえ叶わなかった。
そこへ丸太隊の後を走っていた騎馬から、一斉に酒壺が投げ込まれた。
割れて流れ出た液体に、ポーン隊から恐怖の叫びが沸き上がった。
「あ、油だ!油だぁ!」
「逃げろ!焼かれる!」
しかし、重く潰れた鎧は、油に滑り立ち上がることさえ困難だった。
「射よ!」
アルバートの号令で、四方から火矢が打ち込まれた。
瞬く間に火は燃え広がり、ポーン隊を阿鼻叫喚の地獄絵に叩き込んだ。
「酷いものだ・・・」
アルバートは独り言ちた。
キミヤスの敵討ちと火攻めを選択したが、二度とするまいと思わずにはいられない光景だった。
アルバートとスバニールは、ポーン隊を壊滅させ、そのままニコラスの本隊へ向かった。