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次など許さぬ!パコッ!


サボワールからアルバートに率いられた国王軍がヴァレリーの元へ到着した。

アルバートの元へは、レアンドルがダレツ軍に同行するため、国王軍の半数はダレツに入り、そのままレアンドルと合流すべくリグラートを目指すことになったと連絡があった。

レアンドルは、アルバートにヴァレリーの指揮下に入るよう指示していた。

アルバートが陣の幕舎に入ると、ヴァレリーが沈痛な面持ちで座り込んでいた。

挨拶をしても「ご苦労・・・」その一言だけだった。

「どうしたのだ?」

アルバートはそばにいたリオネクに訊ねた。

リオネクはヴァレリー同様に苦渋の表情で、キミヤスの事を話した。

「な!キミヤスが!」

アルバートとキミヤスは、それぞれレアンドルとヴァレリーの配下であり、直接的な繋がりは無かったのだが、レアンドルが言う「二人国王」とでも言うような統治体制を実行するなか、お互いに側近として何度も会合し、その中で意気投合、近しい友人でもあった。

アルバートは、キミヤスの元へ行こうとしたが、リオネクに止められた。

「まだ手術中です・・・」

「命は・・・命は助かるのか⁉」

リオネクは涙を滲ませ、「わかりません・・・」

そう答えるのが精一杯だった。



ブランシュの攻撃を撃退したウクリーナポーン隊は、そのまま進軍を続けることなく、行き先を北にとった

これはブランシュ側には不可解な行動だった。

マルクは独断でポーン隊に見はりを付けた。

ポーン隊が北に向かっても、ブランシュ側には直近の脅威となる事は無い。

しかし、だからこそその狙いが読めなかった。

まるでクルメチア西部を放棄するかのような行動だったのだ。

マルクはポーン隊に見はりを付けたのと同時に、ウクリーナ方面へも偵察を出した。

ポーン隊だけが敵ではない。

更なる軍勢が押し寄せてこないとも限らないのである。


そして、そのウクリーナから、マクシームはロジリアとクルメチアの旧国境ライン沿いに全軍を進めていた。

「ポーン隊は期待した働きを示しております。これならば容易く事が成就されるかもしれません。」

マクシームの側近のアキーモフが言った。

「当たり前さ、ポーンを如何に上手く使えるかが勝負の要さ。ただ固いだけじゃない、タワーにも、ビショップにもクイーンにさえなれる。それがポーンさ。」

「恐れ入ります。」

マクシームの計画は辛辣だった。

マクシームは、自分が編成した部隊をもってすれば、ブランシュなど何時でも叩けると思っていた。

敢えて戦力の少ない時期にクルメチアを死守する意味は無いとも考えていた。

ポーン隊を当たらせたのはデモンストレーションでしかない。

力を見せておけば、ブランシュ側は躊躇するだろう。

「その隙に・・・ね。」

アキーモフに言ったのか独り言なのか。

アキーモフは聞こえぬふりで黙っていた。


ニコラスは、マクシームの行動を完全に疑っていた。

重装備歩兵隊がブランシュに勝てるのなら、そのまま進軍すれば良い。

それをわざわざこちらに派遣するという。

ブランシュに勝てる力が有るならば、ニコラスの軍勢にも優るかもしれない。

「ルキーチ・・・」

「はい、陛下。」

ニコラスは不機嫌な顔で参謀を呼んだ。

いつも不機嫌な顔ではあるが、この時は更に不機嫌さが増しているようだった。

「どうもマクシームの重装備歩兵隊を信用出来ん。ブランシュとの戦闘で矢も剣も役に立たなかったと言うではないか・・・」

「そのようでございます。」

「何か策は無いか?」

「策と申しますと?」

ニコラスは更にイライラとルキーチを睨んだ。

「重装備歩兵隊がこちらに刃を向けたらどうするのだと聞いておる!」

ルキーチは、そんなことかとでも言うようにあっさりと策を話した。

「何も刃物だけが手段では有りますまい。」

そしてルキーチが告げた策にさすがのニコラスも鼻じらんだ。

実はニコラスがこれまで行ってきた粛清の原案は、このルキーチが立てたものだった。

ルキーチは正真正銘の殺人快楽者であろう、ニコラスはそう思っていた。

それだけにルキーチの立てる策は呵責で容赦なく、実行すれば効果は絶大だった。

「この戦争にケリがついたら、ルキーチは殺さねばならない。」

ニコラスは、ニコラスの暗部を知り尽くしたルキーチを生かしておく危うさに寒気を覚えた。


◆◆◆◆◆


「ヴァレリー殿下。」

軍医長が血に染まった術着を脱ぎながらヴァレリーの前へ進んだ。

その顔を見た途端、ヴァレリーはその場から逃げ出したくなった。

しかしグッと奥歯を噛みしめ軍医長の言葉を待った。

側にはリオネクとアルバートも控えていた。

二人も息を呑んで軍医長の言葉を待った。

「手術は一応成功致しました。」

「た、助かるのか⁉」

ヴァレリーは自分の声が、自分のものでは無いように感じた。

軍医長の次の言葉が恐ろしくもあり、聞きたいのか聞きたくないのか分からなくなっていた。

「出血が多すぎました。一命はとりとめましたが、回復するかはキミヤス殿の生命力と精神力次第でしょう。」

「助かるとは言ってくれぬのか?」

遠くから自分の声が聞こえるようだった。

「最善は尽くします・・・」

軍医長は一礼して下がった。

「殿下・・・」

「すまぬ、少しだけで良い・・・一人にしてくれ・・・

私は立ち直れる。立ち直らなければキミヤスに合わせる顔がない・・・

だけど・・・今は少しだけ・・・」

リオネクとアルバートは一礼して幕舎を出た。

「リオネク、ウクリーナの鉄人形は俺が殺る・・・」

アルバートの言葉は殺気に満ちていた。

「しかしアルバート殿、キミヤス殿の刃も通らなかった分厚い鎧です・・・」

リオネクの言葉に返したアルバートの言葉にリオネクは息を呑んだ。

「楽に死なせてやるものか・・・分厚い鎧の中で焼き殺してやるわ・・・」

リオネクは言葉を返せなかった。


◆◆◆◆◆


「レアンドル陛下、サボワールから部隊が到着しました!」

レアンドルはダレツ軍と共にリグラートに侵攻していた。

リグラートには、クルメチア程のロジリア軍は駐屯しておらず、また、クルメチアよりもロジリア王都から遠かったため、クルメチアよりも更に情報不足に陥っており、組織だった抗戦が出来なかった。そこへ更にブランシュ王国軍が増援に到着し、ロジリア側は浮き足立っていた。

「クリストフ、ご苦労だった。」

「いえ、陛下、エルゲンベルト殿下が手配してくれたお陰で楽に来ることが出来ました。」

「うむ、しかしロジリアはよほど人手不足と見えて、ここまでほとんど人的損害がない。この調子だと我々の出番は無いかも知れぬな。」

レアンドルの言う通り、ダレツ軍は、リグラートに侵攻すると、あっという間にリグラート旧首都タルサを掌握してしまった。

そして、ダレツからタルサまでの補給ラインを確保しつつ、東西に軍を進めた。

レアンドルとエルゲンベルトは、東の侵攻をダレツ、西の侵攻をブランシュが受け持つことで合意していた。

ブランシュ軍が到着するまで、ダレツの部隊が守備にあたっていたが、ブランシュ軍到着と共に東部戦線に加勢する算段になっていた。

「セルデニアが補給を受け持ってくれるそうだ。補給を待って西へ進む。この調子だと戦闘らしい戦闘は無いかもしれないな。」

「リグラートを制圧した後は如何されますか?」

クリストフがレアンドルに訊ねた。

「守備要員を残してクルメチアに援軍する。ロジリア本国に入る形にはなるが、この様子ならクルメチアまではそう危険は有るまい。」

「では、計画を立案致します。ダレツ側にも打診して参ります。」

「頼む。」

翌々日、セルデニア軍の補給部隊が到着した。

レアンドルはそこで思わぬ人物と再会することになる。


◆◆◆◆◆


「ヴァレリー殿下、キミヤスが目を覚ましました!」

シルベーヌがヴァレリーの元へ報告に走ってきた。

ヴァレリーは、言葉を発する間も惜しむように幕舎を飛び出た。

そして、そのままキミヤスの居る医療幕舎に飛び込んだ。

「キミヤス!」

ヴァレリーの呼び掛けに、キミヤスは弱々しい笑みを浮かべた。

キミヤスは、手術後、三日三晩高熱を発し眠り続けた。

「殿下、まだ予断は許しませんが峠は越えたように御座います。さすがの生命力に御座います。」

軍医長の言葉に何度も頷き、ヴァレリーはキミヤスの側へ歩み寄った。

「キミヤス・・・」

「殿下、ご心配をお掛けしました・・・」

「ああ、心配したぞ・・・命があって良かった・・・」

ヴァレリーは目頭が熱くなるのを覚えた。

「殿下、直ぐに復帰とはいかぬようです・・・申し訳ありません。」

「良いのだ、良いのだキミヤス、生きていてくれただけで良い・・・」

アルバートも駆けつけてきた。

「キミヤス・・・良かった・・・」

アルバートは人目も憚らず涙を流した。

「アルバート殿、殿下を、殿下を頼みます。」

「ああ、任せておけ!」

軍医長がこれ以上の負担を心配し、面会を打ち切った。

幕舎から出たヴァレリーは、シルベーヌに告げた。

「今後の作戦を立てる。皆を集めよ。」

シルベーヌはそのヴァレリーの顔に覇気が戻って来たことを感じた。


◆◆◆◆◆


レアンドル率いる国王軍は、セルデニアからの補給を受け、西部攻略の準備の最中にあった。

「兄上!」

レアンドルは、「兄上」と呼ぶ声は聞こえていたが、自分のことではないと無視していた。

「兄上!レアンドル兄上!」

さすがに名前を呼ばれては自分以外にはいない。

しかし、ヴァレリーもオーレリアンもクルメチアに居るはずだ。

レアンドルは声のほうに向き直った。

「やっぱりレアンドル兄上だ!」

そう声をかけてきた青年に見覚えがなかった。

いや、どこかで見たような気がする。

「ジロー?ジローなのか?」

レアンドルを兄と呼ぶ男子は三人居る。

次男のヴァレリー、三男のオーレリアン、そして、四男のジローだ。

「そうです!ジローです!懐かしいなぁ!」

面影はあった。

「ジロー・・・」

懐かしさの反面、怒りがこみ上げてきた。

「この大馬鹿者がぁっ!」

レアンドルは自分がどんな顔をしているのだろうかと思った。

ジロー・バルバストル。

正真正銘レアンドルの末の弟である。

現在18歳。

三年前に突然リノから行方をくらませた。

それまでも放浪癖があり、ブランシュ国中フラフラと歩き回ることが度々だった。

三年前、姿が見えなくなったときも、「三日もすれば戻って来るだろう。」バンジャマンは、そう言って笑っていたのだが、一週間経っても、一ヶ月経っても帰ってこなかった。

バンジャマンは、レアンドルに連絡した。

レアンドルは王都バルドーをくまなく探した。

オーレリアンなどは、一ヶ月もの間、ブランシュ国中を探し歩いた。

そして、ジローの行方が知れぬまま三年が経とうとしていたのだった。

「いやぁ兄上、いきなり厳しい。」

「き、厳しいだと?ジロー、お前は・・・お前は・・・」

レアンドルは言葉が出なかった。

「兄上、申し訳ありません。大分ご心配をお掛けしたようです。」

そう言うものの、ジローの態度は飄々として、反省の欠片も無いように見えた。

「はぁ・・・」

レアンドルは、この何を考えているか分からない弟に、怒るのは無駄な労力だと思い出した。

「まあ良い、ジロー、生きていたのだな。」

「はい、途中死にかけたことも有りましたが、こうして生きております。」

「多くの武勇伝が有るようだが、兎に角一度リノへ帰れ。くれぐれもカロリーヌ様に刺激の強い武勇伝は明かすでないぞ。」

レアンドルは、檻に入れてでもジローをリノへ送り返したかった。

「リノへ帰るのはもう少し後にします。レアンドル兄上に従って私もクルメチアへ向かいます。」

「何を言っている?遊びに行くのでは無いのだぞ⁉」

レアンドルはまた沸々と怒りがこみ上げてくるのを覚えた。

「もちろん。これでも多少弓も剣も使えるようになりましたよ。」

レアンドルは、怒鳴りたいのをグッと堪え、ジローに一つ提案した。

「わかった。しかし如何に腕に覚えが有ろうと、戦場で使えなければ意味がない。バスチアン!」

「はっ!」

「ジローと一手交えてみよ。死なぬ程度に叩きのめせ。」

「よろしいのですか?」

「構わぬ。生半可な実力しかなければ皆の迷惑でしかない。」

「怖いなぁ兄上。」

レアンドルは、ジローの軽口には答えず、手合わせの場所を作らせた。

「ジロー、バスチアンは我が軍において三本の指に入る剣士だ。殺されることはないだろうが、腕の一本くらいは覚悟することだな。」

「はぁい!」

レアンドルは、もちろん腕を無くすような事にはならないことを知っていた。

生半可な実力の者を当たらせれば、それこそ大怪我の元である。

実力者だからこそ、怪我をさせなくてすむと思っていた。

「では、始めましょうか、ジロー殿下。」

「うん、始めよう。」

バスチアンは両手で剣を正中に構えた。

それに対してジローは片手で下段に構えた。

構えたと言うよりは無造作に半身になったと言うところであった。

「一撃で終わりそうだ。」

レアンドルは内心そう見ていた。

しかしバスチアンは戸惑っていた。

雑に見えるジローの構えに隙が見えなかったのだ。

バスチアンのこめかみに汗が流れた。

「ねえ、来ないの?なら僕から行くよ?」

相変わらず笑みを浮かべながらジローが切先を上げた。

同時に摺り足で踏み込み突きを放った。

「うっ!」

バスチアンは、辛うじてそれをいなしたが、二の突き、三の突きと連続で突きを放つジローに、バスチアンはたまらず距離をとった。

「さすがですねぇ、僕の突きを交わせるなんて凄いや!」

ジローは器用に剣をクルクルと回しながら言った。

「これは本気で掛からなければ負ける。」

バスチアンは内心舌を巻いた。

意外な展開にレアンドルも戸惑った。

「じゃあこんなのはどうですか?」

ジローがまたしても突きを放った。

バスチアンはいなしたが、二の剣は突いたそのまま右に回転して足を払いに来た。

バスチアンは受け止めるも体勢を崩してしまった。

ジローは今度は左に回り、バスチアンの首筋で剣を止めた。

「ま、参りました・・・」

バスチアンに全く剣を振らせずジローの完勝だった。

「兄上!これで連れていってくれますよね⁉」

「まだだ。私が相手をしよう。」

レアンドルはそう言って剣を抜いた。

「ズルいや!」

ジローはそう言いながらも妙に嬉しそうに剣を構えた。

バスチアンの時と同様に半身になり切先を下げた。

「なるほど、切先が下を向いていると踏み込み辛いな。」

レアンドルはそう思ったが、その瞬間に右からジローの剣を巻き取るかのように剣を絡め、踏み込み様に右肩から体をぶつけた。

しかしジローは、レアンドルの当たりを吸収するかのように身をよじり、レアンドルを右にいなした。

ジローの右、つまりレアンドルは右肩から当たったため、いなされた結果ジローに背中を見せる形になってしまった。

ジローも自身の右にいなしたため、剣を持つ右手が引き手となり攻撃に間が出来てしまった。

と、レアンドルは思った。

しかしジローは器用にそのまま右回転し、円運動よろしく水平に剣を振った。

もちろんお互いに傷付ける気など毛頭無い。

ジローは「勝った!」と思い、レアンドルの首があろうはずの所で剣を止めた。

しかしそこにはレアンドルの首は無かった。

次の瞬間、ジローの視界には空が映った。

体をいなされたレアンドルが後ろ蹴りにジローの足を払ったのだった。

ジローの首筋に冷たい感触が伝わった。

「私の勝ちだな。」

レアンドルがジローを見下ろしながら言った。

「いやぁ、負けました!さすがレアンドル兄上!でも僕も強くなったでしょ?」

レアンドルは剣を鞘に納めながら小さく溜め息をついた。

「良いだろう。同道を許す。しかし私の側を離れるな。身勝手な行動は許さぬぞ?」

「もちろんです!兄上!」

レアンドルは右手を差し出しジローを引き起こした。

「文くらいよこすものだ。皆心配したのだぞ。」

「申し訳ありません。この次は文を書くようにします。」

「次など許さぬ!」

パコッと一つ頭を叩かれたジローだった。

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