吟遊詩人
ちょっと短めです。
この時期、ダレツ隣国のセルデニアには、一人の若者が王室の客分として滞在していた。
放浪の旅の途中だというこの若者は、山中にて狩りの途中、落馬して身動きがとれなくなっていたセルデニアの王女ブリュンヒルデを助けたことが縁で、セルデニア王宮に招かれ、リュートやフルートの演奏を披露した。
その演奏をいたく気に入った国王ライトリッヒは、この若者を宮廷音楽家として召し抱えたいと言ったが、若者は旅を止める気はなく、招聘には応じられないと断った。
不遜であると憤る家臣達にライトリッヒは笑って許すように諭した。
そして、若者にセルデニアの自由通行証を与え、いつでも王宮へ立ち寄り演奏を聞かせてほしいと言った。
そのセルデニアにダレツから使者が来た。
それは、ダレツがブランシュと共にロジリアへ侵攻すると言うものだった。
ダレツ王太子エルゲンベルトは、セルデニアに対して、前線への参戦ではなく、補給部隊の協力を要請してきた。
歴史的にセルデニアはダレツと親交が深い。
民俗的にも言語さえも共通である。
王族間の婚儀も過去は頻繁だったが、現在は「血統が弱る」として「200年条約」と呼ばれる王族同士の婚姻を禁止する条約が締結されていた。
条約で血統を守るほどにこの2国は縁が深かった。
国王ライトリッヒは、ダレツの依頼に直ぐ様軍を編成して送ることを決めた。
反対するものは居なかった。
それはそうであろう。
セルデニアは、ダレツ同様ロジリアから鉄鋼石資源を狙われているのである。
ダレツがロジリアの手に落ちれば、小国セルデニアはロジリアに対抗する術を持たない。
「国王陛下、私も軍に同行させて頂きたいのですが?」
若者はライトリッヒに軍と同行することを願い出た。
「そなたは何故戦場に出る?」
「私はブランシュの出に御座います。戦場にてセルデニアの兵士のみなさんや、ブランシュ、ダレツの皆さんをリュートの音でお慰め出きれば幸いで御座います。」
「しかしまだ二十歳にも満たないそなたが・・・危険であろう?」
「陛下、私は三年もの間一人で放浪の旅をして参りました。途中では賊と闘い切り抜けてきた事も御座います。ご心配は無用です。」
「そうか・・・吟遊詩人たるそなたを留め立てする術は無いのであろうな。宜しい。軍への同行を認める。しかし死ぬでないぞ、帰ってまたリュートを聞かせてくれ。」
「感謝致します。気持ち安らかに御待ちくださいます様・・・」
深々と頭を垂れる若者を見てライトリッヒは、この若者が王侯貴族の列に連なる者であろうと確信した。
セルデニア軍は二日で体制を整えた。
出発の朝、王女ブリュンヒルデが若者を訪ねた。
「ジロー!どうしても行くのか⁉」
「ブリュンヒルデ王女殿下、吟遊詩人の性なれば・・・」
「そうか・・・しかしそなたのリュートを楽しみにしているのは父上だけではないことを忘れるな!」
ジローと呼ばれた若者は18歳、ブリュンヒルデは21歳、男勝りなブリュンヒルデであったが、山中で助けてくれたこの若者に淡い恋心を抱き始めていた。
身分の違いから、その恋心は成就しないとわかっていた。
せめて「死ぬな」と祈るしか出来ないことが歯痒かった。




