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ベルンハルトの決断

レアンドルがダレツを訪れてから一週間が経っていた。

その間、平和条約の根幹が協議され、ほぼ合意を見ていた。

エルゲンベルト等が望んだ港湾租借も、詳細はもう少し詰める必要があったが、概ね合意を見ていた。

そしてレアンドルとマルティナの婚儀についても合意を見ていた。

レアンドルは、マルティナに話した通り国王をヴァレリーに譲り、サボワールに居を構えること、その後にマルティナを迎えることをベルンハルトに話し、了承を得た。

「しかしレアンドル陛下、如何に母后の仰せとあれど、本当に王位を禅譲して立ち行くものでしょうか?」

ベルンハルトは、自身二人の王子の秘めた確執に心を痛めていたため、レアンドルのやり様が理解しにくかった。

「私はその為に長年弟のヴァレリーに国王としての責務を共有させてきました。事実上国王が二人居たと言っても過言ではありません。それだけ私たちは話し合い、信用の基盤を育成してきたつもりです。父の教えでもありますが、国王の首がすげ変わろうと、国民は変わらずに存在するのです。国民に正直であろうとすればするほど王位など借り物に過ぎないと・・・その父の教えは、少なくともブランシュでは真理であろうと思っています。」

ベルンハルトはじっと目を瞑りレアンドルの言葉を聞いていた。

「王位など借り物に過ぎない・・・か・・・」

ベルンハルトは感慨深げに繰り返した。

「マルティナ・・・」

「はい・・・お父様・・・」

「そなた、とんでもなく器の大きな男に嫁ぐのだぞ?覚悟は良いか?」

マルティナは、しっかとレアンドルを見つめ応えた。

「お父様、どんなに器が大きかろうと夫は夫です。器の大きな男がなんの失策も犯さない訳ではありませんでしょう?私はダレツの女として誇りがあります。しかし同時にレアンドル・バルバストルという男の妻としての誇りも持つ事でしょう。そしてレアンドル様は私にその誇りを持たせてくれるただ一人の方と信じております。」

「あまり買い被られると失望させてしまいそうです。」

レアンドルは、マルティナの真っ直ぐな瞳から目を反らさずに冗談めかして言ったが、既にお互いがお互いの最良のパートナーとなることを確信していた。

「ならばもう何も言うまい。」

ベルンハルトが何かに踏ん切りを付けるように言った。

「エルゲンベルト。」

「はい、父上。」

「クラウスを呼んでまいれ。」

「お父様っ!クラウスがまた失礼を重ねます!」

マルティナが諌めようとした。

「いや、レアンドル陛下の前で伝えねばならぬことがある。呼んでまいれ。」

ダレツ第2王子のクラウスは、マルティナの逆鱗に触れてから城の北宮に軟禁されていた。

晩餐会においてレアンドルを襲った犯人は、一時クラウスの画策によるものではないかと疑われたが、調査の結果ブランシュとの小競合いで兄弟を亡くした男の私怨であったことが判明していた。

そう疑われるほどにクラウスはブランシュに対して強硬的だった。

程無くしてクラウスがやって来た。

部屋に入ってもレアンドルと目を合わせることなく押し黙っていた。

「エルゲンベルト、クラウス、マルティナも聞きなさい。」

「はい父上。」

エルゲンベルトとマルティナが返事をするなか、クラウスは黙ったままだった。

「今日この日をもって王位をエルゲンベルトに譲る事とする。」

「父上っ!」

エルゲンベルトが驚きのあまり叫んだ。

「レアンドル陛下に習う訳ではないが、両国の新しい時代を築くには年寄りがしゃしゃり出てはいかんだろう。エルゲンベルト、そなたに任せる。」

「しかし父上!父上はまだまだ・・・」

「まだまだ生きるだけなら生きられよう。しかしダレツを生かす為には私では駄目なのだ。」

「そんなことはおっしゃらないでください・・・」

「決めたことだ・・・エルリッヒ・・・」

「はい・・・陛下。」

「引き続きエルゲンベルトを補佐してやってほしい。」

「有り難きお言葉ながら、陛下が身を引かれるならば、私とて老体に御座います。後進に委ねるのが良策かと存じ上げます。」

「うむ、しかし一度に顔ぶれを変えてしまうのも乱暴であろう。そなたが推挙するものでよい。道筋を整えてから引くがよい。」

「畏まりました。では、譲位の手続きに着手致しますが宜しゅうございますか?」

「うむ、任せる。」

嗚咽する声が聞こえた。

「ち、父上!申し訳ありませんでした・・・」

クラウスが拳を握り締め俯きながら涙を流していた。

「わ、私なりに国のためと思い・・・」

「良い・・・クラウス・・・解っている。そもそも私が前国王の方針を時代の流れも理解しないままに推し進めてきた事が元凶である・・・そなたはわしの意を汲んでくれただけだ・・・エルゲンベルト・・・」

「はい、父上・・・」

「クラウスを導いてやってくれ・・・」

「はい、たった一人の弟です、レアンドル陛下を見習い兄弟でダレツを守って参ります。」

エルゲンベルトはレアンドルに向き直った。

「レアンドル陛下、今日から義兄上と呼ばせて下さい。そして両国の平和と繁栄のため御指導をお願いいたします。」

じっと聞いていたレアンドルが口を開いた。

「指導などと面映ゆい限りです。一緒に精進しましょう。」

更にレアンドルはベルンハルトに向き直って言った。

「ベルンハルト陛下、一つご提案が有るのですが?」

「何なりと。」

「今後ダレツがブランシュの港を利用して貿易活動を推進するに当たって、クラウス殿下をその責任者としていただけませんか?」

皆がギョッとした。

「誤解が無いように申し上げますが、私には一切含むところは御座いません。エルゲンベルト殿下と共にダレツの振興を図るというならば、その責にあるのはクラウス殿下が最適でしょう?」

「そ、そうかもしれませんが、クラウスは・・・」

エルゲンベルトが困惑した顔でレアンドルを見た。

「承知しています。クラウス殿下がブランシュに対して強硬的だったという事でしょう?しかし、だからこそブランシュにお越し頂いて直接海風に当たっていただいて、自身の目で見て、その皮膚で感じて頂ければ、きっと両国に有益な仕事が出来ると思うのですが?」

クラウス自身が一番驚いていたかもしれない。

内心、エルゲンベルトがああ言ったものの、友好国に預けられて事実上軟禁の憂き目に合うだろうと思っていたからだ。

クラウスはこの時初めてレアンドルの目を直視した。

その目には悪意の欠片もないと思った。

「クラウス・・・如何いたす?」

ベルンハルトがクラウスに問い掛けた。

「ダレツの為に働けるなら・・・

ダレツの為に働けるなら喜んでレアンドル陛下のご提案に従いたく・・・いえ、是非、是非ブランシュへ行かせてください!」

レアンドルはクラウスに歩み寄りその手をとった。

「クラウス殿下、ブランシュは貴方を歓迎いたします。両国の平和と繁栄のため、共に働きましょう!」

クラウスの頬に涙が流れ伝った。

翌日から、クラウスをダレツ側平和条約の責任者として協議が開始された。

昨日まで反ブランシュの筆頭であったクラウスだが、いざ協議が始まるとそのような素振りは微塵も見せず、精力的に取り組んだ。

エルゲンベルトは、ベルンハルトから事実上王位を譲られたが、戴冠式まではあくまでも王太子として居ることを望んだ。

そして1か月後に戴冠式を挙行することになった。

レアンドルは、戴冠式に再度訪れることを約束してサボワールに帰る準備をしていた。

そこへ、サボワール経由でヴァレリーから書状が届いた。

「思ったよりもクルメチア奪還戦が進んでいるようだ・・・」

「ヴァレリー殿下は何と?」

アルバートが尋ねた。

「うむ、後詰めに入ってほしいと言うことだが、ここからサボワールに戻って軍備を整えていたのでは時間が掛かりすぎる。しかし他にやり様がないか・・・アルバート!」

「はい!陛下!」

「先行してサボワールに戻り軍備を整えよ、二日で出来るだけで良い。私が戻れなくとも部隊を先行させてヴァレリーと合流せよ。行け!」

「はっ!」

「クリストフ、エルゲンベルト殿下に事情を説明して戴冠式に出られない旨ご了承いただく。ついてまいれ。」

レアンドルは急ぎエルゲンベルトに面会を求め、経緯を説明した。

「ならばレアンドル陛下、この際ダレツもロジリアとの小競り合いに決着を着けさせて頂きましょう。」

「どういうことですか?」

「ダレツの兄弟国でもあるセルデニアは、ダレツと共に優良な鉄鉱石が産出される山脈を待ちます。ロジリアはこの鉄鉱石を狙って過去何度も国境を侵してきました。それは昔ロジリアとダレツの間にあったリグラートがロジリアに併呑されてから始まりました。この際、ダレツはリグラート独立に支援を表明し、ブランシュと共にクルメチア・リグラート解放戦線に参戦いたします。」

エルゲンベルトは真っ直ぐレアンドルの目を直視して言い切った。

まだ王太子ではあるが、事実上国王の重責を担っている。

そのエルゲンベルトの判断に打算はない。

「戴冠式は、戦勝記念式典と共に開催しましょう。」

「本当に良いのですか?」

レアンドルは少し心配になった。

過去歴史上、権力を得て暴走し、国を滅亡に追いやった事例を幾つも知っている。

ダレツがその轍を踏まなければ良いのだが、と思わずにはいられなかった。

翌日からエルゲンベルトは、ロジリア戦役参戦のための調整に入った。

レアンドルの心配を他所に、エルゲンベルトは事細かく関係部署の調整を諮った。

宰相のエルリッヒ、クラウス、マルティナ他、軍の幹部と宰相府の役人、財政府の役人までも集めて自身の思いを伝え、その上で協力を要請し、冷静に実務計画を組み上げていったのだった。

三日後には大まかな作戦案を作り上げ、国王ベルンハルトから許可を得た。

もっとも、ベルンハルトは既にエルゲンベルトに国政を一任していたため否やは無かった。

また、エルゲンベルトはレアンドルにダレツ軍と共に陣にあることを望んだ。

「レアンドル陛下、ダレツ軍はリグラート方面へ進軍し牽制致します。もし、レアンドル陛下ご自身が帯同していただければ心強いのですが?」

レアンドルは少し考えて返答した。

「ではサボワールから軍を呼びましょう。既に半数はクルメチア方面へ進軍しているはずですが、半数は私の到着を待っているはずです。ブランシュ軍の入国を御許可願いたい。」

「もちろんです!」

「私自身は殿下と共に先行致します。クリストフ!」

「はっ!」

「急ぎサボワールへ向かい軍を率いよ!私はダレツ軍と共に先行する!」

「はっ!直ちにサボワールへ向かい、軍を率いて合流致します!」

言うやクリストフはサボワールへ向けて駆け出した。

単騎走り出したクリストフの後を追い、クリストフ騎下の騎士達が追随した。

こうして翌日、ダレツ軍はリグラート方面へ出立した。

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