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司令官の資質

イワンコフはウラジミール達が北へ向かうと、一度ブランシュ・クルメチア連合軍の砦に偵察を出した。

しかし砦から追手がかかる様子は無かった。

物音を消して北上した第2軍だったが、ブランシュ側はそれに気がついていた。

北上するウラジミール達には構いもせず、西へ伝令を向かわせた事が分かった。

これは西への迂回ルートにも待ち伏せがあるということだった。

問題はその待ちぶせ場所が何処かと言うことだった。

「この先30kmほどでロジリアへ向かう街道に出ます。待ちぶせが有るとすればここから街道までの間でしょうか?」

イワンコフの副官アナトリーが進言した。

「ふむ、ここで小休止を取る。偵察を出せ。」

「はっ!」

アナトリーは、長く延びた隊列をまとめ、敵襲に備えながら小休止を取らせる一方、前方後方へそれぞれ偵察を放った。

一時間程で偵察に向かった兵全てが戻ってきた。

敵影は確認できなかったという。

「待ち伏せは無いのか?アナトリー、どう思うか?」

「はっ、現状確認出来ずとも、索敵範囲と時間を考えれば無いとは言い切れますまい。なお慎重に進軍すべきと存じます。」

「そうだな。よし、常に偵察を先行させながら進軍する。進め。」

アナトリーは、15分毎に偵察を出し15分毎に報告を聞いた。

そして一時間ほど経ったとき、戻った偵察からもたらされた報告にアナトリーは困惑した。

「ブランシュ国軍司令官ヴァレリーの腹心と申すものが面会を求めて参りました。」

「なに?一人か?」

「はい、一人でした。その者が申すには、ブランシュ・クルメチア連合軍はロジリアへの街道手前に陣を張っているとのことでしたが・・・」

「イワンコフ将軍、何かの策略でしょうか?」

「分からん、しかし街道まで進めば一戦交えなければならないのは事実のようだ・・・会ってみよう。」

イワンコフは、相手の意図を判断しかねた。

暗殺が目的ならばわざわざ面会を求めてくることはないだろうと思った。

30分程して使者が案内されてきた。

「面会をお許しいただきありがとうございます。ブランシュ王国王弟ヴァレリー殿下が家臣、キミヤス・ダテと申します。」

「見たところ東洋のものか?」

「我が父母が東洋の島国からブランシュへ渡り、私はブランシュで生まれました。血脈は東洋に有りますが、生粋のブランシュ人です。」

「左様か。して用件は?」

「はい、主人ヴァレリーからの言葉を一言一句違え無く申し上げます。」

キミヤスはそこで一呼吸置いた。

「お互い無益な血は流したくない。出来ることならば降服の上武装を解いて頂きたい。」

キミヤスを取り囲んだロジリア兵に殺気が漲った。

イワンコフはそれを左手を上げて遮った。

キミヤスは更に続けた。

「もし了解頂けるなら、ロジリアへの道中一切の手出しはしない。しかし否とするなら一戦あって然るべし。お待ち申し上げる。以上です。」

「・・・捕虜とする訳ではないと言うのか?」

「はい。捕虜としたところで我が方の糧食が目減りするだけですから。」

イワンコフは、ヴァレリーという司令官のクレバーさに驚いた。

戦功を上げ、捕虜を得ることは、後日両国の交渉事に於いて有力なカードを持つに等しいのだ。

それをわざわざロジリア本国へ帰すと言う。

一旦は武装を解除したとして、無傷の兵は後々新な武器を携えて向かってくるのは必定である。

確かに敵国内に於いて大量の捕虜を率いての行軍など糧食も去ることながら軍の行動に制約が生まれる。

ならば一戦して皆殺しにすれば良い。

もちろんただやられてばかりはいない。

多少なりともブランシュ側にも損害が発生する。

そういった要素を全て加味して最善の目的達成手段として不戦を選択すると言う。

さすがに武装を解かなければ後方からの逆撃を喰らう恐れがある。

だからこその武装解除なのだろう。

しかし、だからと言って「はいそうですか」と受けるわけにも行くまい。

勝てないとは限らないのだから。

「使者殿、申し出は承った。されど一戦も交えず引いたとあっては軍人の名折れ。正々堂々と剣を交えましょうぞ。」

「そうですか・・・残念です。」

キミヤスは、一軍の将が「軍人の名折れ」と、名誉に関わる言葉を出したときの翻意は難しいことを知っていた。

自身、遥か東の島国から航ってきた武人の父母の子供である。

幼少から父親に剣技を叩き込まれて育った。

父は、その剣技の技量を買われてバンジャマンのもとブランシュ国軍の剣技教官となったのだ。

また父は、優秀な鍛冶職人でもあった。

極東の国の「刀」と呼ばれる細身の剣を鍛え、王室に献上した。

そんな家で育ったキミヤスであったから、イワンコフの言葉に敬意を払わざるを得なかった。

「では、戦場でお待ち申し上げる。」

立ち去ろうとするキミヤスを兵士が取り囲もうとした。

「手を出してはならぬ!」

イワンコフが兵士を一喝した。

歩み去るキミヤスの後ろ姿を見送りながらイワンコフは呟いた。

「取り囲んだとて討ち取れる相手ではないわ・・・」

最終的にこの判断がイワンコフ隊を救うこととなった。


オーレリアンは、ウラジミールと共に約500騎で駆けた。

残りはデュドネに預け、武装解除したケメルバ第2軍と共に後を追わせた。

ウラジミールは決して優秀な騎手ではなかったが、必死にオーレリアンについてきた。

あと数キロでロジリアへの街道にあたるという所で、前方に軍影が見えた。

同時に砂塵の中、剣戟の音と興奮した馬の嘶きが聞こえた。

「間に合わなかったか!」

ウラジミールが悲鳴を上げた。

「まだだ!」

オーレリアンは馬に一鞭入れて加速した。

ウラジミール等を置き去りにして単騎イワンコフ隊の後方へ突入した。

オーレリアンはイワンコフ隊を引き裂くようにただ真っ直ぐに前線を目指した。

突然後方から突っ込んできた単騎の騎士を確認することも出来ずにイワンコフ隊は道を作るように左右に割れた。

そして遂にオーレリアンはイワンコフ隊を突っ切り最前線に割って入った。

「引け!両軍剣を引け!」

突然現れたオーレリアンに、今当に剣を交えようとしていたキミヤスとアナトリーは左右に飛び退いた。

「何者っ!」

「オーレリアン殿!」

アナトリーは体勢を崩した馬を御しながら殺気を放った。

キミヤスまでが殺気を押さえきれずにいた。

「キミヤス!兵を退かせろ!ロジリアの騎士よ!間もなくウラジミール殿が参る!暫し待たれよ!」

「ウラジミール殿が?」

アナトリーは困惑した。

ウラジミールはバズクールと共に北上したはずではなかったのか?

そこへイワンコフが駆け付けた。

「貴公!名乗られよ!」

「申し遅れた!ブランシュ王国王弟オーレリアンと申す!」

オーレリアンの名は、イワンコフも知っていた。

「ウラジミール殿が来ると申されたか!」

「間もなく到着される!貴公がイワンコフ将軍ですか?」

「いかにもイワンコフだ!」

「ならば申し上げる!ウラジミール殿は我々と共にイワンコフ将軍の故郷でもあるリグラートの独立を目指すためにクルメチア独立に助力することとなった!」

「な!なんと!」

「詳細はウラジミール殿からお聞きください!今は剣を引いて頂きたい!」

オーレリアンの話にイワンコフはもちろん、その周囲に居た兵からもどよめきが起こった。

そしてそこへウラジミールが到着した。

ウラジミールは騎士の称号を持っていたが、実際は文官として職を得ていた。

それが休みもとらず駈け続けた。

結果、イワンコフの前に着いたときには自力で馬から降りることさえ出来ないほど足腰が萎えていた。

「イ、イワンコフ・・・剣を引けぇ・・・」

「ウラジミール殿!これはどう言うことですか⁉バズクールは?バズクールはいかがしました⁉」

「バ、バズクールは死んだ・・・」

ウラジミールは、ブランシュの待ち伏せにあったこと、バズクールが、オーレリアンが情を掛けたにもかかわらず突出し呆気なく討たれたこと、そしてこのままロジリアへ帰れば、どのみちニコラスに殺される事になると判断し、クルメチア解放に助力したうえでリグラート独立の道を模索する事をオーレリアンに申し入れたと話した。

「イワンコフ、そなたは、そなたの部隊は決して弱くないと知っている。しかしブランシュの強さはその比ではない!そなたを失いたくないのだ!私と共にリグラート独立の為に立ってくれぬか?」

「しかし・・・しかしそれは・・・」

本当に可能なのか?

クルメチアはブランシュにとって国境防衛のためにも支援する価値がある。

しかし直接国境を接していないリグラートはどうだ?

「イワンコフ将軍。」

ブランシュ軍の陣営から声をかけられた。

「イワンコフ将軍、ウラジミール殿、初めてお目にかかる。ブランシュ軍を預かるヴァレリーと申します。」

ヴァレリーはオーレリアンの横に馬を並べた。

ヴァレリーの名もまたロジリアでは知るものが多い。

そうであろう、近年のブランシュ進攻をことごとく撃退したのが他ならぬヴァレリーなのだから。

「思わぬ事態となりましたが、血を流さずに済むならその方が良いでしょう?お互いに剣を引いて話し合いませんか?」

「イワンコフ!そうしてくれ!先ず話をしてくれ!」

ウラジミールは必死にイワンコフを説いた。

イワンコフは、こんなに必死なウラジミールを初めて見たような気がした。

いつも故郷リグラートを懐かしみ、文官としての能力は平凡だが、バズクールとの間に入って気を使い、揉め事を起こさぬように調整を図っていた。

惰弱者と陰口を叩く兵もいた。

いつしかイワンコフもウラジミールを軽んじていた。

そのウラジミールが、あんなにも必死な形相をしている。

そうか・・・強さとは武芸だけでは無いのだ・・・あのバズクールがいとも簡単に命を落とした。

そして軟弱者と蔑まれていたウラジミールの必死の形相が周りを、敵さえも動かす。

だからこの方が司令官であったのだ。

イワンコフは目を瞑りホッと息を継いた。

「司令官閣下。私は貴方の部下です。仰せに従います。」

ロジリア兵の間から、おおっ!と響動めきが起こった。

「イワンコフ!ありがとうぅぅ・・・」

ウラジミールは腰が抜けたように座り込んだ。

「天幕を設えましょう。ウラジミール殿は少し休まれたほうが良いでしょう。2時間後、協議に入りましょう。」

オーレリアンが陣の再編と天幕の設置を指示した。

「オーレリアン、ご苦労だった。」

「兄上、少々手に余る次第となり急ぎ駆けました。もうすぐデュドネに率いられたロジリア兵達も到着すると思います。」

「オーレリアンも少し休め。そのあとで話をしようか。」

ヴァレリーにとってもオーレリアンにとっても想定外の事態となった。

クルメチア独立戦争は、ロジリアの植民地独立戦争の様相を呈してきた。

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