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エンジンストール  作者: ホンダ
2/2

エンスト

 朝でした。

 まだ寒い青空の下、木造で建築されたお世辞にも綺麗とは言えない、貫禄あるアパートの階段を、降りてくる男が一人いました。

 さて、今日も職場に向かいますか……

 というような顔をしてアパートの駐輪場の隅に置かれている1台のバイクに近づきました。

 そのバイクは、手で引っ張っても曲がりなんてしない頑丈な鉄製のフレームに250ccのV型4気筒のエンジンが積まれています。

 そのエンジンは頑丈さで有名でとにかくタフです。

 冷却方は水冷式で夏でも安定した冷却をする為オーバーヒートしにくく……

 あっ、バイクを知らない人に分かりやすく説明すると、壊れにくい中ぐらいの大きさのエンジンが載ったバイクで、エンジンが高熱にならないように、水で冷やしながら走るタイプなんです。

 カラーリングはシルバーで、タイプは俗に言うアメリカンタイプのバイクです。

 小さな傷はあるものの、しっかりと手入れがされている為、年式を感じさせないバイクです。

 男がヘルメットを被り、そのバイクにキーを差しました。

 そして、そのバイクを駐輪場から動かしてから股がりタンクをポンポンと叩いて、エンジンをかけました。


 プラグに火が着き、沢山の鉄の部品が集められて出来た鉄塊が動き始めました。


 ――チチチ……ボン!ボボボボボボボボボ……ボボ……ボボボボボボン……ボボ……――


 場面は変わりまして、木造で建築された、そのお世辞にも以下略……の一階の小さな部屋には、男がかけたバイクの音が響いていました。

 そこの小さな部屋には、ベットの上で小さく縮こまっている少女がいます。

 艶やかな長い黒髪、どこか愁いのある顔立ちをしています。

 その素晴らしいアメリカンタイプ特有のアイドリング……いや、少女にとって騒音でしょうね、騒音でした。

 その音で少女が

「んん……」

 と夢と現実の中間から、目を覚ましかけました。


 場面は戻りまして男はバイクに向かって

「※※※※」

 と話しかけました。

 え?バイクに話しかけるなんて変?話しかける人は話しかけない人より長持ちするらしいですよ。

 だって可愛がるから!

 ……そんな話は置いといて、男はアクセルを回しアパートから、朝日に輝く葉桜が生い茂る坂道をバイクで登っていきました。

 そんな1日の始まりでした。

 ーーーーーーーーーーーー

「……最近調子はどう?」

 昼飯後の煙草を吸う男に、付き添いの同僚が話しかけてきました。

「どうした急に?……一緒に5年働いてるんだ、見りゃ分かるだろう?それにどうも無いよ、いつも通りの日々を今日も、この先も過ごすだけさ。」

 それを聞いた同僚が、青空に昇る煙草の煙を見ているのか、青空を見てるのか、それともこの先を見ているのか分かりませんが

 上を向いてこう言いました。

「私、結婚するんだ。本当はもっと早く言うつもりだったんだけど貴方にはなかなか言えなくてゴメンね……」

 その言葉に男は驚き、口にくわえた煙草を落としました。

 嫌気がするほど綺麗な青空でした。

 その時でしょうか、彼の心が自分の意思とは裏腹に何か欠けてうまく動かせなくなってしまったのは。

 そんな風になってしまった、バイク好きな男を例えるのにふさわしい言葉は''エンジンストール''俗称※エンストでしょう。

 ※使用者の意図とは別にエンジンが停止してしまう現象の事。


男は痛感しました。

 望んでいる、いつも通りの日々はいつも通り続くとは限らない事。

 だけど、今日が終われば、明日が来て明日が終われば明後日が来る。

 そして男は未来なんて要らないと考え、今を楽しもうとするのです。

 今日の自分は昨日の未来である事を忘れて。


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