第一話「祈年祭」
えっと、初作品です。
つたない文章ではありますが皆様の目にとまって読んでいただけましたなら幸いに存じます。
とある地方の神社の神様と神主のリアルだけどリアルじゃない物語です。
できたら1話完結方式で綴っていければと思ってます。
登場人物などは変わりません。
よろしくおねがいします。
神様と神主のありえそうでありえない物語。
第一話「祈年祭」
春うらら。
冬の張りつめた凛とした空気も少し残っている中、穏やかで暖かな日差しが多くなってきていた今日この頃。日本のとある地方都市のさらに地方。田園風景が広がるこの長閑な町の小高い山の上にある神社。当社、丑寅神社は春の大祭「祈年祭」を斎行している。
―――御本殿に坐し祀る神様に、お祈り申し上げる祭。秋の例祭、晩秋の新嘗祭と並ぶ三大大祭のひとつ。
町で一番大きい道の脇にある赤い朱塗りの橋を渡り、第一鳥居をくぐったら山の斜面に据え付けられた百段と少しの石段を登っていく。第二鳥居が見え、その隣には狛犬が静かに座っている。その先にあるのがこの町に唯一の神社、丑寅神社。
御本殿の御扉を開け、ご神前には、米、酒、鯛、野菜、果物など沢山のお供えがなされている。その前に正座した状態で祝詞を奏上しているのは、俺の父『綾瀬 信一郎』。この神社の宮司を務めている。俺の向かい側には各町内の神社の世話をしてくれている総代の面々が頭を垂れて座っている。俺は、頭を下げ宮司が祝詞奏上している間、作法に則りこうして神様に失礼のないようにしているわけだが…。
(……なんでコイツがここにいるんだ?)
俺の横には平安貴族のような装束を身にまとったおばさん…失礼、お姉さんが胡坐をかいて顎に手を当て、不敵に笑っていた。
『コイツとは失礼な。この神社の祭神である妾にコイツとは失礼極まりない神主じゃの。のう、神楽。』
(心を読むな!今は祭典中だろうが。そもそも、今は宮司が祝詞を奏上してるんだから、神様として御本殿の中にいろよ)
『狭いのじゃよ。うちはボチボチ小さい割に祭神は三柱おるだろう?特にスサノオ。奴は心もでかいが態度と体もでかいからの。一緒におるのは暑苦しいのだ。のう、神楽。』
神楽。それが俺の名前だ。綾瀬 神楽。
さっきから祝詞を奏上している宮司の息子で長男で、所謂、跡取りだ。
俺の心を読んだり、奔放なことを言っている態度のでかいお姉さんは、一応、この社の御祭神の一柱『宇迦之御魂神』。綾瀬家が代々、ご奉仕させていただいている神社、丑寅神社は三柱の神様をお祀りしている。
伊弉諾尊。
素戔嗚尊。
宇迦之御魂神。
その中の一柱だ。
宇迦之御魂神は本来、五穀豊穣をつかさどる農耕の神様として広く信仰されている。だからこそ、この畑と田んぼが広がる地区のお社に御祭神として鎮座いただいているわけだ。
こうして年間行事の三大大祭の一つである「祈年祭」であるにもかかわらず、他の二柱の神様とは違って奔放に拝殿までわ・ざ・わ・ざ・出てきていらっしゃる。
ふと、気づいたら祝詞はいつの間にか終わっていて宮司が自分の位置に着座する直前だった。式次第に則れば次は玉串を捧げる玉串奉奠となる。慌てて、榊の枝に白い紙でもうけた紙垂を取り付けた玉串を取ろうとすると、どこかへ消えたのか宇迦之御魂神の気配はなかった。
それから祭典が終わり、直会が終わり、片付けも終わるまで俺の前に宇迦之御魂神がでてくることはなかった。
宮司である親父は、総代の面々と話し合いがあるということで一足先に社務所を兼ねている家に帰った。すでに夕暮れ時。
『のう。神楽。お疲れさんじゃの。』
そういって、先程と同じ装束に身を包んだお姉さんが声をかけてきた。
「おう。お疲れさん。」
拝殿の屋根の上に座っている神様に向かって顔を上げた俺は、いつも通りのあいさつをした。
「どうしたんだよ。ウカ。こんなに長い事、出てこないなんて珍しいな。」
俺は、この神様、宇迦之御魂神をウカと呼んでいる。恐れ多いとか思われるかもしれないけど、俺にとってはこれが普通…。ウカの事を初めて〝見る〟ことができたのは小学校の時だったかなと思う。
ふと今と同じくらいの時間、夕暮れ時に神社の階段に座ってボケーッとしてたら突然、隣にこの見知らぬ変な女の人が座っていたんだ。
今でも、その時のことは、はっきり覚えている。
屋根から、ふわりと腕組をして俺の目の前に降り立ったウカ。先程の祭りの時の不敵な笑みはどこへやら。神妙な顔もちで境内から見下ろせる田畑を見渡していた。細い道は軽トラックが走り、あぜ道は子供が騒ぎながら遊んでいる。まだ田植えもされていない田からは、緑の雑草が生え始めていた。
『なぜ人は、春に妾達に祈りをささげるのじゃろうな。今では、もう神頼みも必要のない事じゃろう?』
「必要だよ。その年、無事に作物ができるかどうかなんて、科学や技術が発達したところで運頼み、神頼みだよ。だから、人は神様に祈るんだ。」
俺は、ウカの隣に並んで返した。
『そういうものかの。』
「そういうもんだよ。人間はいつだって不安なんだ。今年がうまくいきますように。ってね。」
『強欲じゃのう。』
「そういうもんになってしまったね。」
ケラケラと手に持った扇で口元を隠して笑うウカと他愛のない会話をする。夕暮れ時のそういった時間も楽しい。
『では一つ。妾は、妾の仕事をしてこようかの。』
そういったウカは、軽く地面を蹴り上げ、風に乗って空の上へと舞い上がった。すると彼女は、空を飛ぶように舞い始める。手に持った扇を広げ、まるで美しい神代の時代の舞を奉納しているかのような彼女に俺は、少し見惚れていた。
さすがは神様というべきだろうか。彼女の体から俺にしか見えていないのだろうけれども極彩色の光が溢れ、神社の氏子一円、隅々、くまなく、漏れ落ちることなく、隔たることなく、ウカの御神徳は地上に降り注がれる。これもまた不敬だろうか。本当に神様だったんだな。と改めて感じることができた。
自身の神威を振りまき終わったウカは、スーッと音もなく、見えてるのも俺だけなんだから当然なんだけど。境内の端に立って見惚れていた俺の隣に着地した。
「ありがとう。」
『なに。これが妾の仕事じゃ。』
本当に、普段は何の神様かわからない…本当に神様なのか疑いたくなる奴だけど。こういうのをたまに見ると本物なんだなと。こういう姿を見るとやはり感謝するしかない。
『失敬じゃのう。神楽。』
「だから、心を読むなって言ってるだろ。」
ウカは、祈年祭の最中と同じ不敵な笑顔を向けてくる。
俺は、俺で同じように笑って返す。
『あとは、アマテラスたちの仕事じゃ。』
「そうだな。」
『それよりも…』
いたずらをするときの子供のような顔でウカは、俺の顔を覗き込んだ。
『なんじゃ、妾の舞が気に入ったのか?見惚れておったろう?』
「なっ…」
きっちり自分の仕事と言いながら俺をからかうネタをしっかりと見つけていたウカに対して、気を緩めるんじゃなかった。と後悔したが既に遅い。
『そうか。そうか。妾に見とれて居ったか。お主もあと二千六百年ほど早く妾とであっておればのう。同衾してやっても良かったのじゃが。』
くそ。完全に主導権を握られた。
「大丈夫。二千六百年前に俺がいたとしたら貧相な体つきをしてるからモテなかっただろうからな。ウカにも相手をしてもらってない事だろうよ。」
仮にも、ウカは女神さまだ。ぶっちゃけ、その辺を歩いている女の人よりも美人ではある。昔々は、ポッチャリ系男子がイケメンだったといわれていたと聞いたことがある。
『おや、それは平安のころの話じゃ。妾は、お主であればそれでかまわんぞ?』
「それは、それは、神様に目をかけていただけるなんてありがたき幸せにございます。」
多少芝居がかったやり方ではあるけれどもこれで流す。
「そういえば、話は変わるけど。」
『なんじゃ?』
さっき空を舞っていたウカを見て不思議に思ったことがあったから聞いてみることにする。
「さっきの舞は何?」
『あれは、文字通り妾の神威を舞にのせて、この一円に振りまいただけじゃ。もちろん、姿はお主にしか見えてはおらぬし、何かあるというのが人間に伝わるわけでもない。妾は、ただ、おぬしら神主から祝詞を以って聞いたことを叶えてやろうと思っただけじゃ。』
なるほど。神主になるにあたって勉強していた時に言われ、今でも事あるごとに言われていることがある。
神主とは神と人をつなぐ仲取り持ち。
神主は、神様へ対する言葉、作法を学び、それを以って氏子さん、崇敬者の人たち、お参りに来る人達に神様への願いを届けること。
最近は、彼女がほしい。お金持ちになりたい。成功したい。とか、そういう願いが多い。そういう願いも悪いとは思わないし、時代とともに人の願いが変化していったからこそなのだろう。
昔は、ウカが言う通り、春に田に水を張り、終えれば田植えをし、水草と初夏の暑さと戦いながら夏の日を過ごし、秋の収穫を待っていた。その秋の実りも年貢やらそう言った事で搾取されることが多かった。耕作民は、いい思いをすることが少なかっただろう。それでも、年貢を納めるために、ひいては恙なく一年を無事に終えることができますようにと。
そう願ったのがこの「祈年祭」
『あの舞は、妾がウズメヒメから教わったものじゃ。』
ウズメヒメ。天鈿女命。芸能に深くかかわる神様で、日本の神代、初めての巫女さんともいわれる神様。有名なところで言えば「天の岩戸隠れ」の神話に登場する神様。
「そうだったんだ。てっきりウカのオリジナルかと思ったよ。」
『妾の〝おりじなる〟であったとしたらもっと良い舞を考えるわ。話を元に戻すがの。年というのは、昔、稲のことをさしてもおったんじゃ。』
ウカの言うには、米というのは作るのにおよそ一年かかる。その年の稲の出来高で昔の人は、吉兆を占うこともあったらしい。
米というのは、保存も効くし加工もできる。酒、餅など御神前に供える物の上手には必ず、米の関係のものが準備される。これはどこの神社でも同じだ。それだけ日本人の大切なところに米というものは存在していたのだろう。
「ところで、なんで今回は、俺の前で舞を見せてくれたの?」
『気まぐれじゃ。あの舞を舞うのも気まぐれ。今日、あの瞬間に、お主が居合わせたのは偶然じゃし、妾が舞ったのも気まぐれじゃ。』
「そういうもんか。」
『神様は、気まぐれなんじゃよ。』
「そういうもんだな。お前を見てるとなんだか納得するよ。」
それは、どういう意味じゃ!と俺にムッとして見せるウカの姿も俺からすれは神様と感じるには程遠く。だけど、彼女がこの神社の御祭神であることには間違いはなく。さっきまで自分の氏子の繁栄を願って御神徳を振り分けていたことは事実だ。それを知るのも人間では俺だけなんだけど。
今年も、もうすぐ田植えの季節がやってくる。
秋にはこの地区一円、間違いなく金色の稲穂に包まれることだろう。
「祈年祭」別の読み方で「祈年祭」
前の年の稲の出来高で、翌年を占い神様に、その年の五穀豊穣と地域一円、皆無事に過ごせますようにと祈りを捧げる祭。
きっと、神様は聞き届けて下さっているだろう。
中にはこんな変な神様もいるかもしれないけれども。
お目どまり頂きまして、また最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
作者も主人公と同じ仕事をしております。
作者の私から見たいろいろな事柄を主人公の「神楽」をとおして伝えていければと思って筆を執りました。
何はともあれ、第一作目の第一話をアップロードさせていただきました。
遅々とした筆で書いていきますので目に留まって気が付いたら読んでやって下さいますと泣いて喜べます。
がんばって完結まで神楽とウカとともに進んでまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。