三話 市議会議員を一人クビにしてあたしの報酬をもっと上げるべきだと思う。
九月二日。午前七時。
蝉のクソうるさい鳴き声であたしは目覚めた。
「暑い……」
文明を知らないアパートに住むあたしはのろのろと布団から這い出した。寝間着代わりのTシャツを脱ぎ捨て、制服に着替える。普通の魔法少女ものならこの着替えシーンは読者が「待ってました!」な感じのものだと思うけど、貧乏ゆえにまともな食事がとれずに胸元や臀部の脂肪や全身の筋肉を忘れかけているあたしの体は正直言ってエロくない(ごめんね!)。
んで、朝ご飯を食べるために冷蔵庫を(いくら貧乏でも冷蔵庫はあるよ)開ける。中にはパンの耳が一袋(だいたい食パン一枚分)とマヨネーズのチューブしか入っていない……
「ひ・も・じ・い」
ガクリとうなだれながら、あたしはパンの耳を取り出すとフライパンにどばっと入れてコンロにかけた。小麦粉が焼けるいい香りがしてきたら火を止めお皿に移す。これで朝食が完成だ。
「ありえない……グルメ物が流行っている天下のな〇うで食事がこれとか……」
しかし、文句を言っても目玉焼きは増えない(食べたいなー目玉焼き)。あたしはコップに水道水を汲んでブレックファースト(言い方だけはお洒落!)を食べ始める。
「いただきます」
卓上の塩と砂糖をパンの耳に少しだけ振りかけて口に放り込んでいく。モサモサとした食パンの耳ははっきり言っておいしくない。でも、まずくないから我慢して食べる。ちなみに、塩と砂糖は適当にかけて混ぜないのがコツだ。そうすれば食べるたびに少し味が変わる。
「って言っても塩と砂糖だけどね……」
朝なのでローテンションでつっこみをいれ、ついでに残りのパンの耳も口に入れ、水道水で流し込んで朝食終了! うん、とても中学三年生の食事じゃないね!
「さて、学校行くか……」
お皿とフライパンを洗い、セミロングの髪を100均の櫛で梳いて精いっぱいのお洒落。それに魔法少女の変身アイテムである剣のネックレスを首に。これに魔力(まぁ概念的なもので自覚はできない)を流し込むと変身することができるのだ。ただ、変身は一瞬で終わるため某魔法少女アニメのような変身シーンはこれから期待しないでね。というか、昔アレ見て思ったけど敵を前にして変身に三十秒もかかってたらその間にやられるよ? まぁ、フィクションだから敵は待ってくれるけどね。現実の化け物はそんな隙があったらドロドロの粘液やら触手やらで攻撃してくるから。んで、それを魔法少女オタクが撮って拡散するから。あー、怖い怖い。
準備を終えたあたしは家を出た。今日も憂鬱な一日のはじまり。
魔法少女だって学校に行く。このくそったれな現実でもフィクションでもその自然の摂理は変わらない。
ボロボロ自転車に乗って通学路を走る。昔、自転車と恋がどうのこうのっていう歌が流行ったけど、この自転車じゃ恋はできそうにない。いや、まぁ、魔法少女の時点で普通の恋はできないんだけど。
そして学校について机にダイブ! 先生がやってくるまで寝て過ごす。
HRで「最近この近くに盗撮魔が出たから気をつけろー」という先生の注意を聞き(先生ー、パンツもといアンダースコート撮られてネットで拡散されましたー)、たらたらやれ受験受験な先生の退屈な授業を右から左に聞き流し、会話のない給食を食べ、午後の授業はコクリコクリしながら受け、はい学校おしまい。学園ものっぽいシーンに期待した? だって、仕方ないじゃん。ガチレズしか友達って呼べる存在いないんだから。
さて、本来なら出撃から二日続けて非番なのがこの陸の孤島のルーティーンンだけど、今日はちょっとしたイベントがある。
武蔵村山市議会に対する活動報告である。
魔法少女は三か月に一度市議会に予算使用の報告義務があります!
誰だよこんな条例作ったの死ね! と悪態をつきながらやってきました! 陸の孤島委員会もとい武蔵村山市議会! ここではおっさんとババアが陸の孤島が沈まないように日夜政策を練っています。
建前上はね!
待ち合わせていたお水博士と共に議場に入ると、魔法少女報告会の開始三分前にも関わらず議員が半分も着席していなかった。着席している議員も仲のいい議員とおしゃべりしているか寝ているかだ。
(誰だよ……こんなくそみたいな議員選んだ市民は……)
しかし、悪態をついても始まら――
「ただいまより、魔法少女報告会を始めます」
はい、報告会は始まりました。何やら議長っぽい人が何か資料を読み上げ始める。
「本日の欠席者は本田議員、松本議員、高梨議員――」
そのまま実に12人の名前が読み上げられた。おいおい……
「欠席者12名、出席者13名。過半数を超えたためこの報告会は成立します」
おいおい……おいおい……ほぼ半分休んで成立するのかよ……あたしの中学の生徒総会だって三分の二の出席がないと成立しないぞ……
「それでは魔法少女博士のお水博士。直近三か月の魔法少女クリムゾン・レッドの成果報告、および博士の研究成果の報告をお願いします」
議長がお水博士に促す。お水博士は壇上に上がり(あの国会中継で見るやつの小さいやつ)資料を読み上げ始める。
魔法少女報告会は流れとして、直近三か月の魔法少女全般に関する報告、次に質疑応答、最後に今後三か月のプランを話して終わる。
滞りがなければね!
「――以上で私からの報告を終わります」
「お水博士ありがとうございました。それでは議員の皆さん質問はありますか?」
議長が尋ねる。が、出席している議員の半分は寝ている。おいおい。スマホいじってるやつもいる。おいおいおいおい……
まぁ、なんだ、あれだ。あたしの中学の奴らの方がしっかりしている。どうなっとんねん。市議会は。
「議長」
武蔵村山市は近々終焉を迎えるのではないかと思っていると、まだ五十半ばと思われる議員が挙手をした。
「中下議員」
議長が発言を許可する。
「お水博士。魔法少女全般に対する予算ですがいくらなんでも高すぎではないでしょうか?」
は?
「たかだかグリムバグのために年間七千万円の予算は武蔵村山市の税収を考えると大きな痛手です。博士はこのあたりどのように考えていますか?」
ふっざけんな! こっちはその予算が足りないせいで極貧生活してるんだぞ! オラ! てめぇらはたんまり議員報酬もらっているだろうけどな、こっちは健康で文化的な最低限度の生活すら営めているかどうかあやしんだぞ! 死ね! 老害は死んであたしに税金回せ! それかあたしの代わりにグリムバグと戦って死ね!
すごい表情で中下議員(いや、これからはジジイと呼ぶ)を睨んでいると、反論のためにお水博士が立ち上がった。
「武蔵村山市の魔法少女に関する予算は他の市に比べてもかなり低額です。現在は魔法少女クリムゾン・レッドをグリムバグと戦わせるにあたり弊害などは出ていませんが、今後コスチュームの修理すらままならなくなる数字ですよ。これは」
「そうですか。ならば、いっそ武蔵村山市は魔法少女の運営をやめるというのはいかがでしょうか?」
ジジイが衝撃の発言をぶちかました。
「魔法少女の運営をやめれば年間七千万円の予算が浮きます。これを武蔵村山市の陸の孤島問題解決に充てるべきではないでしょうか?」
武蔵村山市陸の孤島問題解決とは? 鉄道も国道も通っていない武蔵村山市にそれらの交通網を通そうとするものである。ちなみ、鉄道に関しては駅のための用地は確保していてもかなり長い間放置されている。なんたって予算がないからね!
「魔法少女なしでどのようにグリムバグから武蔵村山市を守るのですか?」
呆れ気味にお水博士が問う。
「違う市から魔法少女を借りればいいでしょう。実際魔法少女を運営することができない市町村はそうしています」
ジジイが当たり前だというように返す。
東京都の魔法少女は50人しかいない。東京二十三区と多摩地域の市区町村は合わせて50なので(某三町一村は一群として扱い小笠原をはじめとした島々を抜けば)計算上は一都市に1人の魔法少女は確保できる。しかし、二十三区に30人の魔法少女が集中している。そうなると、残り20人しか残らない。多摩地域の中には自分の市で魔法少女を財政的に運営できない市が存在するのだ。
しかし――
「魔法少女を捨てるということは市の財政状況が深刻だと露呈させるようなものですよ!」
お水博士が叫ぶ。
そうなのだ。魔法少女を運営するには年間約一億円超の予算が必要とされる。それをギリギリを通り越した火の車状態で回しているのだ。それをやめるということは武蔵村山市がプライドを捨てることと同異議だ。他の市が運営する魔法少女やグリムバグを足止めするための自衛隊(グリムバグにとどめを刺せるのは魔法少女だけ)に介入されることは普通に考えればメンツの丸つぶれだ。
「そんなものとっくの昔から露呈しているでしょう
ジジイは淡々と言葉を紡ぐ。
「現在、武蔵村山市の財政状況は火の車です! 少子高齢化の波に加えて、交通の便が悪いことから今後の人口増加も見込めない。将来的な税収は減るばかりです! 現にほら、税収の少なさから私たちの議員報酬が減り、モチベーションが下がり、出席率が下がり、こうしてギリギリの人数でしか報告会が成立しないのですよ!」
その時、あたしは大人の汚い部分を見た。
ジジイの後ろで、残り12人の議員がニヤニヤと品のない笑みを浮かべていた。
(こいつら……!)
シナリオが見えた。こいつらは最終的には議員報酬の増額が目的だ。自分たちの生活を脅かすグリムバグの討伐よりも何よりも――
「結局、金なのかよジジイ!」
思わず立ち上がりあたしは叫んだ。
「そうですよ。結局金です。あなたのような痴女にグリムバグを倒してもらうくらいなら、他の市から魔法少女を借りた方がましです。あと、ジジイはいささか口が過ぎますよ」
「うっせー! 誰が痴女だ! てめえらが予算の配分を”意図的”に少なくしているから危険区域に立ち入るパンツ盗撮魔法少女オタクどもの侵入も防げないからだろ!」
「そうですか。それが事実だとしても、魔法少女の予算がなくなることは決定的のようですよ?」
ジジイが振り返る。すると、示し合わせたように――いや、実際示し合わせていたのだろう。議員たちから賛同のヤジが飛ぶ。
(くそったれ……!)
これが行政機関か? どこの幼稚園のお遊戯会だ! 中学生の学級会のほうがマシだ!
「議長。魔法少女報告会では、報告内会で出た問題に対する決議を取ることができますね?」
議長は戸惑いながらも頷いた。反応を見る限り、議長だけは知らなかったのだろう。このクソ老害どものクソにも劣る政治を。
「それでは採決を――」
議長の声がやけに大きく脳内に響く。
隣のお水博士は「慰謝料……養育費……」とうわの空で呟いている。死ね。
(あたしの魔法少女人生も終わりか……)
思い返してみればロクなことはなかった。
食べるものは給食以外、朝食のパンの耳のようなものばかりだったし、住んでる場所はボロいし、気持ち悪いグリムバグと戦っても誰も褒めてはくれない。それどころか友達はガチレズを残して全員失った。
魔法少女になっていいことなんて一つもなかった。
それなら、普通の――いや、貧乏な中学三年生にもどったほうがいいのかもしれない。
そう思い、何もかもあきらめたとき――
「なんですか? この醜態は?」
透明な炎を纏っている。そんな錯覚を覚える女子高生が現れた。
「夕日先輩……」
議場に現れたのは秋空夕日。あたしの先代の魔法少女だ。